第289話 護りたい世界

「故に我が清算しようというのだ! この業を……醜い世界のなれの果てをなァ!!」


 奴の言葉は否定しようもないものだった。

 何故なら、その一端は俺自身が体験してきた事だから。


 いや、それだけじゃない。


 ルインさんは家族や友人、顔見知り全てを生まれ育った街ごと目の前で焼かれた。

 キュレネさんやジェノさんは、余りに身勝手過ぎる権力闘争に巻き込まれて家族を殺された。

 セラスもその生まれ故に重すぎる業を背負う事となり、エリルは命を賭して人々を助けた父親を歪んだ正義感で喪ったばかりか、実質的に育った村から追放された。

 リゲラもまた、世間体を気にする家族や閉鎖社会との軋轢によって居場所を失い、若くして放浪の身となったと訊いている。


 俺達は無職ノージョブであると蔑まれ、存在すらも否定された。

 逆に才能や権力を有しているが故に迫害された者達も存在する。


 個人が備えている能力は千差万別。

 それを振りかざして、嘗てのガルフの様に自分達だけが特別などと思い上がるつもりはないし、自らが神聖な存在なんて思った事は一度もない。誰だって不条理に晒されて大人になって行く。程度は違えど、俺達だけの苦しみではないと理解しているからだ。感情を備えた生命が入り乱れる世界で、全員が幸せになどなれるはずもない。大なり小なり、誰かが不利益を被るというのも致し方ない事ではある。それらの人々を犠牲に、“普通の社会”は正常に機能しているのだから――。だが、それも世界の歪みに他ならない。

 そして俺達の存在は、世界に全否定されるほどまでに間違っていたのだろうか。生きているだけで罪だったのだろうか。


 力を得ようと手を伸ばしても、そこには何もない。

 生まれ持った力は消しようがない。


 その上、ボルカやロレルの様に力や生まれに苦しんだ者もいる。アドアやレスター――多くの相克魔族もまた、自分ではどうにもならない大きな運命の輪の中で藻掻もがいて来た。

 だが、“何故にそんな事になってしまったのか”という問いへの答えは既に出ている。人間・相克魔族に限らず、“普通の人々”とは違う――ただそれだけの事だ。

 なら、俺達はこのどうにもならない現象に対して、どうすればよかったのか。きっとそれに関しては、答えの存在しない問いなのだろう。


 世界を動かしているのは、力有る者。

 世界に溢れるのは、普通の人々。

 両者を隔てる大きな壁がある。時には同じ立場の者同士でも、互いを蔑み合う。


 自らが他者を見下して気持ちよくなりたい。自らが他者に見下ろされる事が許せない。

 容姿・魔法・商才・家柄――その全てにおいて、他者より先へ、他者より上へ――そんな意志の元、皆が互いの足を引っ張り合う。

 自分は悪くない。自分さえ良ければそれでいい。その果てに他者が傷付こうとも構わない。

 一般市民、名家に連なる者、冒険者、騎士団、相克魔族――ここまで来る中で俺の瞳に映ったのは、数多くのそんな人々の姿。歪な世界だった。


「貴様はこの戦いに何を視る!? このような無価値な世界の為に、何故抗おうというのだ!」


 マルコシアスが携えている両手の剣と牙翼の切っ先が俺の方を向く。直後、剣尖を砲門に闇色の光が火を噴いた。


「これは……レスターの……ッ!?」

「“デストリオフューザー”――!」


 先の戦闘で見た連続砲撃。しかし、術者の出力差もあってか、威力も連射速度も桁違い。どうにか躱していくものの、これまでの影響もあって次第にこちらが押され始める。

 攻撃の性質上、流石に一撃で追い込まれる事はないが、足を止めて防御などしようものなら近づかれて終わりだ。正面から受け止めるのは拙い。闇の光条に対して双翅を寝かせて宛がい、表面を滑らせる様に砲撃を受け流す。

 しかし、マルコシアスの腕の牙までもがこちらを向き、先端が光を帯びる。そして、光条の嵐が更に勢いを増す。


「ぐっ……っ!?」


 マルコシアスの間合いに入らない様に回避・防御行動を取り続けるが、双翅の表面を光条が擦る度に衝撃が加わり、俺への負荷も跳ね上がっていく。宛ら、終わりの見えない破壊の嵐。


「――確かにこの世界は歪んでいる。護る価値なんてないのかもしれない」

「それを理解していながら、貴様はどうして我の前に立ちはだかろうというのだ!? 徒労に終わると判っているのに……!!」

「ぐ……ッ!?」


 そもそもからして、俺は人間という生き物が嫌いなのだろう。無職ノージョブになって、これまで接して来た多くの者達を思えば、世界に生きる全ての人々を尊ぼうなどとは到底思えない。

 だからこそ、“世界なんて滅びてしまえばいい”というマルコシアスやレスターの言葉に対して、明確な否定の言葉を紡げない。心の奥底には、今もそんな感情が渦巻いているから――。


 俺は確かに過去に決着をつけた。後は誓いを果たす為に疾走するだけだ。

 しかし、無職ノージョブ時代にされた事の全てを許せるかと言われれば、そういうわけじゃない。乗り越えて過去にしたというだけ。無力な自分への怒りや惨めさ、苦しさは今も胸に残っている。多分、一生消える事はない。

 その上、直接言葉を交わしてぶつかり合った父さんやガルフ相手であっても、元の関係には戻れなかったのは事実。実質、事態とは無関係であり、俺に対して危害を加えなかったリリアとですら同じだった。ならば、自らの肯定感と欲求を満たす為だけに、無関係の俺を蔑み、憂さ晴らしに使った者達に対してどうなのか――など言うまでもないだろう。

 別に今更過去を蒸し返して、どうこうしようとは思わない。そんな低次元な復讐にかまけている暇など俺には皆無だからだ。

 しかし、俺が曲がりなりにも帝都の先槍として数えられていると連中が知った時、掌を返して笑顔で取り入って来る――なんて事があれば、流石に感情を抑えられる自信はない。

 俺は聖人でもなければ、神様でもないのだから――。


 そして、人間がそんな醜い二面性を持っているのも事実。

 相克魔族に関しても、レスターを始めとして現状に不満を抱いている者が多数存在している。

 いくらマルコシアスが大戦の英雄だとは言え、若く力溢れる者の殆どがあちら側に付いたというのは、些か異常だ。それも完全な恐怖政治というわけではなく、大多数が自らの意思で――。しかもセラスの扱いに関しても、解せない所は多々見受けられた。マルコシアスの台頭、レスター達の離反、セラスの追放――これらの劇薬とも言える事態の数々によって、漸く浮き彫りになった相克魔族の実態。先の帝都騎士団の様に、根深い問題が散見されているはずだ。


 それこそが世界の歪み。


「――この世界に護る価値はない。でも、護りたい世界はある」


 だとしても、俺は戦う。

 どれほど世界が歪んでいようとも、醜かろうとも――。


「受け継いだ想いが! 貫くと決めた覚悟が! 失いたくない人達が、世界此処にいるッ!」


 俺が護りたい人達モノは、この世界でしか生きられないのだから――。

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