第279話 蹂-Pope-躙

 数十人単位で次々と繰り出される多段斬撃。押し寄せる波の様な連携攻撃がレスターを斬り裂く――はずだった。


「――先ほどの攻撃で勢いづいたか……単純な奴らだ」


 まずは大刃と二振りの多関節延伸アームから斬撃魔法が放たれ、北、西、東方面からの三部隊が一撃で薙ぎ払われる。容易く陣形を崩されるという甚大な被害ではあるが、ここまでは織り込み済み。レスターの真後ろには奴が他の斬撃に対処する間に展開された部隊が既に配置されており、流れる様に飛び掛かっていた。

 これこそが多人数を効率よく配分し、対処不可能な連撃によって相手を討つというコンセプトを持つ“四方吶喊陣しほうとっかんじん”の真髄。例に漏れず団員達も相手の死角からの連撃を放ち、その刃は確かにレスターを捉えたが――。


「な、にッ!? 刃が通らない!?」


 鋼鉄同士が激突により、炸裂音を響かせながら次々と斬撃が弾かれてしまう。レスターの背を守る盾にされているのは、巨大な背外殻バックパック。アレの発生条件や構成物質は、俺の“死神双翅デスフェイザー”と同じく奴自身の魔力だろう。であれば、その効力にも近しい部分があって然るべき。

 つまり今のレスターは、全身に自動オートで鎧を纏っているようなものだという事だ。形状と役割から鑑みるに可動性や取り回しの良さは双翅の方が上なのだろうが、レスターの背外殻バックパックはあの分厚さだ。正面の攻撃への耐性だけであれば、“死神双翅デスフェイザー”以上かもしれない。


「真上に飛んだ、だとォ!?」


 レスターは攻撃を意にも介さず、“死神双翅デスフェイザー”と同じ原理で瞬間の内に上昇。“四方吶喊陣しほうとっかんじん”を難なく振り切ってしまい、団員達の手が届かない上空に佇んでいる。


「散れ、愚かな者達よ……」

「――っ!?」


 あくまで冷静。無機質で硬質な視線が眼下に向けられている。あのまま上空から広範囲攻撃で一斉に薙ぎ払われてしまえば一巻の終わりだ。そして、眼下の者達を嘲笑うかの様に三剣尖に宿った闇の刃が増大し、激流壁を打ち破った三重斬撃――絶望が空から墜ちて来る。


「未来ある者達の灯を潰えさせるわけにはいかんッ! “シュラーゲンインパクト”――ォォッ!!!!!!」

「この魔法……次から次へと……っ!!」


 そんな時、彼方より巨大な魔力球形が飛来。レスターは眼下に向ける筈だった三重斬撃で迎撃せざるを得ない。

 直後、三つの剣尖が放たれた拳撃・・を突き破り、彼方の大地を大きく消し飛ばす。だが、皆無事だ。


「一端体勢を立て直せ!! “マジェスティッククェーサー”――ッッ!!!!」


 更にこれもまた見覚えのある魔力砲撃が彼方より飛来。レスターの三つの刃によって斬り裂かれるが、砲撃の推力によって制空権から奴を追い出して見せる。

 斃すには至らない。でも、危急は避けたといった所か。


「大丈夫かァ!? 息子達よッ!」

「はっ、親父ィ!?」

「全く、騒がしい人だ」

「お、お父様まで!? どうしてここに!?」


 二つの巨大攻撃を放ったのは、それぞれファオスト、マジェスト家の当主一派。突然の来訪を受け、子息達が驚きを露わにする。


「そこの二人が外に出たおかげで、帝都内部での戦闘は大分盛り返して来ている!」

「つまりこの戦場が瀬戸際。全精力を以て立ち向かうしかないという事だ」


 まさかの援軍に驚きを隠しきれないのは俺達も同じ。更に理由を訊いてみれば、帝都内での乱戦は収束しつつあり、彼らが走り回る必要がない程までに戦況が回復しているというもの。俺達が大きすぎる犠牲を伴いながら最悪の状況の中を駆け抜けて来たのとは、あまりに対照的な情報。ある意味、この戦争内において最大の朗報だったのかもしれない。

 此処での戦闘結果が、全ての勝敗を分かつ。

 名家当主たちの存在は、その事実が確かなモノとした。


「ふっ、互いに被害が甚大で戦闘自体が鈍って来た……の間違いだろう? どの道、我らと残存戦力で全てに方が付く。何も変わらない」


 しかし、それが互いにとっての共通認識である事には変わりない。レスターは援軍の存在を受けながらも、顔色一つ変えることなく彼らに刃を向ける。


「総員、撃てぇぇっ!!!!」

「攻撃が来ます! 近づかせないで!」


 次の瞬間、メイズとリリアの指示により、闇と火球、魔力弾の嵐が再びレスターを強襲した。さっきまでの動きを見る限り、近接格闘クロスレンジでは万に一つの勝ち目もない。そう判断したが故の遠距離攻撃の選択。


「もうそれは見飽きた。私には通用しない!」


 闇の魔力が吹き出し、レスターが急降下。そのまま荒野を低空で跳び、猛然と迫り来る。


「迎撃しろッ!」

「は、はぃ!!!!」


 マジェスト家当主に指示によって上空を向いていた砲門の数々が下に向けられるが、時すでに遅し。レスターの移動速度は人間達を優に凌駕し、大量の弾幕が空を切る。


「この戦いも……これで終わりだ」


 巨影が迫り、三剣尖の間で魔力が増大。特大砲撃が差し向けられる。一瞬で発射体勢が整っており、回避は不可能。このまま真正面から焼き払われれば、部隊は壊滅する。絶体絶命――。


「行くぞ、息子よッ!」

「おうさっ!!!!」


 二つの影がレスターに肉薄。それぞれ左右の腕に収束した魔力を解き放った。


「“ダブルシュラーゲンインパクト”――ォォッ!!!!!!」


 親子間での“合体魔法ユニゾン・オリジン”。

 二つの巨大拳撃が折り重なり、威力を倍増させながらレスターに迫る。凄まじい出力。これなら、あるいは――。


「“デルタレイバニッシャー”――っっ!!!!」


 対するレスターも先ほど放った砲撃魔法から斬撃魔法に切り替える形で術式を起動。ファオスト親子の二重ダブル奥義を迎え撃つ。

 閃光と炸裂は一瞬。

 闇の三重斬撃が巨大な球形を貫き、共同戦線を強襲する。


「これ以上好き勝手はさせん! 闇よ、在れ――! “カースオブサイレンス”――ッッ!!!!」

「■、■■■――!!」


 今度はメイズが上段から剣を振り下ろし、闇の斬撃で迎え撃つ。それを援護するかのようにレリティスも大火球を放った。結果は言わずもがな。二人の間を威力が減衰した三重斬撃が突き進む。


「私の後ろには、帝都が……皆がいる……! “ズウェートカテドラル”――ッ!!!!」


 更にリリアが立ち塞がり、巨盾から白き障壁を顕現。激突の末、レスターの三重斬撃を空へと弾き返した。


「ぐ……ァっ!?」


 しかしその代償は大きい。体勢を崩されながら吹き飛ばされ、激しく地面に叩きつけられる。満身創痍――誰もが傷だらけだった。

 そんな皆を見下ろす冷徹な悪魔が一羽。


「よく粘る。だが、ここまでの様だな」

「お、親父ぃぃっ!!!!」


 父親の拳によって地面に叩きつけられたデルトが叫ぶ。その視線の先には、アームで身体を貫かれている彼の父親の姿。魔力衝突の最中、レスターの攻撃から息子を庇って重傷を負ったという事なのだろう。

 そして、悲鳴はもう一つ。


「無事……か?」

「お、お父様……!?」


 腹部に大穴を空けたマジェスト家当主が娘の前で膝を付いている。これもまた、ファオスト家当主と同様の現象。

 異なるのは彼を射抜いた原因、レスターのもう片割れのアームがその先端をはさみの様に開き、射撃形態に移行して攻撃を加えたが故というもの。


「一筋縄でいく相手ではなかったが、余りに脆い。所詮、私の敵ではないな」


 そんな時、ファオスト家当主を貫くアームの先端にも縦に亀裂が走る。


 もしあの片割れにも射撃形態が存在するのだとしたら。

 人体を貫いているこの状態で、そんな稼働のされ方をしたらどうなるのか。


 凄惨な光景が脳裏を過る。


「散れ、人間……!」

「お、親父ぃぃィっっ!!!!!!」


 そして、アーム先端がはさみの様に開いていき、ファオスト家当主の肉体を内側から無理やり両断した。


「――まだ、だ……まだ、希望は遺っている」


 彼のそんな呟きと共に――。

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