第277話 斃れぬ者達

「そう易々と突破させるわけには……ッ!!」


 レスターの進軍に際し、真っ先に反応したのはアリシア。身体を反転させ、後方へ向けて矢を連射する。

 近接格闘を繰り広げている俺達から距離を置いていたが故の反応速度。燐光フレアを纏う矢がレスターを猛追していく。


「何をボサッとしてるの!? 後衛部隊は弾幕を張って! 残りは連携してその魔族を塞き止めなさいッ!!」

「は、はいッ!!」

「へっ! 漸く面白くなってきやがったぜ!」


 それからワンテンポ遅れる形でキュレネさんが前線から後退。両刃槍ツインランスを振り回し、二つの穂先から連続で斬撃を放つ。

 指揮官二人掛かりによる咄嗟の援護と指示――だが反応出来たのは、リリアとデルトぐらいのものであり、その多くが迫り来る異形の魔族を前に踏鞴たたらを踏んでいる。敵前において思考停止で固まるなど自殺行為。ましてや相手がレスターほどの実力者なのだから、尚更致命的だった。


「脆弱にして惰弱……所詮、人間か……」


 レスターは荒野を駆けながら、長剣に魔力を収束していく。

 現時点の分析ですら、レスターには周囲一帯を焼き払う術があると断言出来る。そうなれば、共同戦線側が甚大な被害を受ける事になるのは想像に難くない。

 その上、現在は“古代魔法エンシェント・オリジン”を発動して、全く未知な形態に至っている。あの大推力で突撃された挙句、密集地帯で高出力魔法を使われでもすれば、こちらが被る損害は想定を遥かに超えるものとなるはずだ。


「一先ず障害物貴様らを蹴散らし、その栄華の象徴たる帝都を焦土にしてやろう!」

「来るッ!!」


 リリアが大盾に魔力を纏わせ、デルトが拳を構えた。しかし、レスターは眉一つ動かす事無く吶喊とっかんしていく。まるで彼女達の存在自体を意に返していない様な行動だ。最悪の光景が脳裏を過る。

 しかし、そんな俺達の後方で二色の光が奔った。


「だから、好き勝手させるわけにはいかないのよ!!」


 アリシアの矢が空中で多弾分裂。レスターの進行方向を塞ぐ様に地面に着弾し、各々の矢が水流の柱に変化する。それは宛ら水流の牢獄。砕けた地面から迸る最終防衛線セーフティーネット


「水陣よ、逆巻きなさいッ!!」


 更に二重の蒼刃が飛来。地面深くに剣尖を突き立て燐光フレアを拡散、新たな魔法術式を起動する。


「“イヌンダシオンアイアス”――っ!!!!」


 拡散した蒼刃と地面から突き立つ柱が折り重なり合い、巨大な激流壁が生成された。それは新たな“合体魔法ユニゾン・オリジン”。危急にも拘らず、絶妙なタイミングでそびえ立つ激流壁がレスターの行く手を阻む盾と化す。


「これは! なかなかどうして……大した硬度だな!」


 対するレスターは回避する事もなく激流壁と正面衝突。その進撃が押し留められ、衝突の直前に突き出された闇の大刃と二重の蒼壁が火花を散らす。

 直進における大出力を用いた加速は確かに脅威だ。一度勢いに乗せてしまえば、本当に手が付けられなくなってしまう。だが、直線加速が優れている要因が大出力によって増加した重量を補うものであれば、細かい制動が利かないのは自明の理。故にレスターは激流壁を回避して突破する事が出来なかった。

 無論、レスターが大出力で突貫して来る以上、突破力は計り知れないものがある。その突進を塞き止められている要因に関しては、同属性を主運用する二人だからこそ生じる相性の良さが下地にあるのは言うまでもない。


「ふっ、手こそ焼かされるが……進撃を諦める要因とはなり得ないなッ!!」

背外殻バックパックから……隠し刃!?」


 しかし、レスターも一筋縄でどうにか出来るような相手じゃない。レスターは巨大な背外殻バックパックの下部から二本の多関節延伸アームを起き上がらせ、激流壁に向けて突き立てる。

 まるで腕の様に稼働する二本の多関節延伸アーム。その先端には、大振りな刀身が装備されており、手持ちの大刃と相まって三本の角を突き立てているかのようだ。更に牙翼までも展開され、突破力が限界まで高められていく。


「“デルタレイバニッシャー”――ッ!!」


 斬撃魔法が起動。三剣尖が激流壁を突き破り、そのままレスター自身までもが再び荒野を疾駆。凄まじい推力でリリア達との距離を詰めていく。


「突破されたッ!?」


 エリルが戦闘の合間を縫って反射的に背後に火球を撃ち放つものの、フリーになったレスターは推力を上げて進軍。そんな奴に片手間に放った射撃が当たるはずもない。

 そして、今度ばかりは援護射撃を放ったキュレネさんやアリシアを含め、俺達も手を離せない状況にある。いよいよ万事休すかと焦燥感が込み上げるが――。


「“ファイアボール”――ッ!!」

「“ウインドクラッチ”!!」

「“ウォータークラスター”!!!!」

「“アースクエイク”――っっ!!」


 俺達の動揺を他所に、色とりどりの遠距離魔法がレスターへと迫っていた。


「よっし、俺も!」

「デルト君はまだです! 他の皆さんも近接選任以外の人は、一緒に弾幕を張ってください! たおせなくてもいい! あの人の足を止める事だけを考えて!」


 混乱に駆られていた団員達を立て直したのは、引っ込み思案が服を着て歩いているかのようなリリア・フォリア。何と最前線で全体指揮を執っている。キュレネさんが指示した内容をそっくりそのまま周知させているだけと言ってしまえばそれまでだが、この局面で同じ事が出来る人間はそうはいない。

 彼女もまた、父親の死を乗り越えて新たな地平を見据えているという事なのだろう。


「まだ向かって来るとは……だが……」


 しかし、今のレスターは全身に超圧縮した魔力の鎧を纏っているようなものであり、魔法の散弾など意に介す事なく突き進む。動きを妨げない非手持ち武装である多関節延伸アームによる対空防御も、進軍速度の上昇に輪をかけていた。


「皆、弾幕を切らすな! “シュトロレイダーク”――!!」

「了解! “ノワールスレイブ”!!」

「“ダークバーン”!!」

「■■■■――!!!!」


 斬撃、刺突、矢、魔力弾、竜の火球――メイズを筆頭に相克魔族達も魔法を撃ち飛ばし、レスターの進軍を阻もうと全力で立ち向かっていく。だが、これだけの波状攻撃を加えても、レスターが揺らぐ事はない。多少の回避機動こそ行っているが、勢いそのままに突き進む。

 しかし、例え効かずともそれでいい。この波状攻撃の本質は陽動でしかないのだから――。


「――チャージは?」

「じ、十分です!」


 脅威レスターが突き進む先――共同戦線の最前線で巨大な魔力が発光する。リリアの隣に立ち、杖先に球形の魔力を押し留めているのは、その巨大な光と打って変わって頼りなさげで小さな影。


「行きます! “マジェスティッククェーサー”――ッッ!!!!」


 ストナ・マジェストが放つ奥義――彼女の砲撃魔法がレスターに向けて放たれる。

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