黒銀ノ死神～職業無しなのでパーティーを追放されたが、特異職業“処刑者”だった事が判明。処刑鎌を極めたら最強になりました。今更戻って来いと言われてももう遅い。拾ってくれた美女とパーティーを組んだので！～

第275話 牙戟闇咬《デスペラードディナイアル》

「――先ほどまでとは、また顔つきが違うな。何が貴様らをそうさせる！？」

「託された想いを無にさせない。その為の戦いでもあるという事だッ！！」

　降り注ぐ魔力弾の雨。

　マルコシアスは一端空中に逃れようと翼を躍動させる。大きなダメージはなくとも、流石に煩わしく思ったのだろう。だが既に双翅の加速で奴の背後に回り込んでいた俺が上段から斬撃を放って退路を塞ぐ。

　攻・防・速・魔、そして戦闘経験値――俺達が単体でマルコシアスに勝っている所は一つとして存在しない。だからこそ、先ほど以上の連携で奴を追い立てていくしかない。

「ここに顔を見せぬ二人……なるほど！　彼奴等の犠牲の果てに死に損なったという事か！？　数奇な悪戯……いや、最後の意地といった所か……これはまた、最高の俗事に相応しいッ！！」

「ぐっ……！？」

　拮抗は一瞬。闇の魔力が眼前で弾け、凄まじい圧力が押し寄せて来る。

「ふざけんなッ！　あの人の想いは、テメェが愉しむ為のお遊びに使われるようなもんじゃねぇんだよォ！！」

　その一方、俺と打ち合うが為にマルコシアスの半身が僅かに開いた所で、リゲラが逆サイドから強襲。凄まじい魔力を集めた拳を次々と突き出す。そんな猛ラッシュの中、リゲラの出で立ちはこれまでとは明らかに一線を画すものへと変化していく。

「テメェがどこの誰で、どんだけ偉いかは知らねぇがなァ……！！　好き勝手やった落とし前は付けてもらうッ！！　絶対になッ！！！！」

　リゲラが全身に纏うのは、荒々しい橙色の燐光（フレア）。

　その力強い光は、正しく“原初魔法（ゼロ・オリジン）”に他ならない。他の三人に比べれば練度こそ落ちるが、実戦運用に足る形態にまで達しているのは確実。リゲラもまた、この局面で急速な進化を遂げ、新たな境地に至ったという事だった。

「威勢が良いな！　小僧ッ！！」

　だが出力の上昇とは裏腹に、攻撃が受け止められるという結果が変わるわけではない。そんな事は最初から分かり切っている。

　しかし、俺達（・）――であれば話は別だ。

「限界に挑み続ける！　それが私達のすべき事ッ！！」

「貴方だけは……許すわけにはいきません！」

　空色の燐光（フレア）を纏う濁流の矢。

　藤色の燐光（フレア）を纏う乱流の魔力弾。

　アリシアとエリルが放つ遠距離攻撃の出力が増大し、マルコシアスに襲い掛かる。これもまた、“原初魔法（ゼロ・オリジン）”。リゲラと同様に限界を超えた証明。あの人が遺してくれた未来への希望。

　例えどれほど相手が強大であろうとも、誰一人として諦めている者はいない。

「これほどの力！　これほどの進化！　本当に面妖な者達よなァ！！」

　巨剣が振るわれ、闇が舞う。全身の瘴気（オーラ）を含めて守勢を取られてしまえば、迫る魔力弾も意味を成さない。やはり遠距離（ロングレンジ）からの攻撃では火力が足りないと言わざるを得ないだろう。

「上から目線の男は嫌いなのよねッ！」

「いつまでもそうして嗤（わら）っていられると思わない事だ！」

　激流の刺突と紫天の薙ぎ払い。

　下方に回り込んだキュレネさんとセラスが左右から魔力斬撃を放ち、マルコシアスを挟撃する。

　強大な力の炸裂と共に爆炎に包まれる漆黒の空。

　邪竜の翼が躍動し、無傷のシルエットを浮かび上がらせた。それでも、俺達は攻撃の手を緩めない。何度でも攻撃を叩き込む。

「お前だけはここで……」

「絶対に討つ！」

　黒雷天燐双破斬（ユニゾン・オリジン）――目くらましとなっている黒煙越しに融合斬撃を叩き込む。

「はっ！　良き力だッ！！」

　ディスペアーインフェルノ（深淵大裂斬）――底の見えない闇を纏う斬撃が飛翔。再びの大激突と相成った。

　直後、俺達の斬撃が掻き消える。同時に津波の如き闇も真っ二つに引き裂かれ、四方に飛んだ魔力が僅かな破壊を齎（もたら）すのみ。

　相殺――直接ダメージこそ与える事こそ出来なかったが、攻撃の無力化には成功したといった所か。

　程なくして黒煙が晴れ、俺達は睨み合う。

「“デストリオフューザー”――」

「――っ、ッ！？」

　そんな時、彼方の方角から闇の砲撃が次々と飛来した。俺達は背後に飛び退く形で砲撃を回避、臨戦態勢のまま出所の方角へ視線を向ける。

「あのヤローは……」

　視界に捉えたのは、砲撃の噴出口となったであろう闇の牙々。これまで静観を保っていたレスターの姿。救助活動をするリリア達や戦闘中の俺達を尻目に悠然と佇んでいた奴の行動を受け、誰もが動きを止めた。

「魔王様、俗事の最中申し訳ございませんが、一つお耳に入れて頂きたい事が……」

「――構わん、申してみよ」

「はっ！　こちらの戦力損失は大きく、戦況に手広く対応するのは厳しくなって来ています。ですので、忌々しい皇族共も含め、数名を取りこぼす可能性が……」

「ふむ……では、背後の有象無象共は貴様が滅せよ。皇族さえ生け捕りにすれば、後はどうなろうが構わん」

「了解致しました」

　よくよく考えれば、マルコシアスを介した開戦派魔族同士のやり取りを間近で見るのは初めての事だ。相克魔族をあれだけこき下ろしていた割には、何とも普通の会話。流石に奴の右腕だけあって、レスターには信頼を置いているという事か。

　恐らく俺達に対してそうであったように、レスターはマルコシアスが認める力量の持ち主であるという事なのかもしれない。実際、奴の力の片鱗は俺も垣間見た。であれば、これは最悪の状況だ。

「皇族に連なる者以外は滅殺……早急に処理致します。私に人間を滅ぼす愉しみを奪われたと小言を言われなきようにと願いますが……」

「ふっ、それは貴様の働き次第だな」

「悪い人だ、全く……」

　あの（・・）マルコシアスと軽口を交わしながら、レスターは自らの力を解き放つ。

　大地より闇が溢れ出し、奴の全身を包み込む。

　その背中にはどこか流線型で甲殻を思わせる巨大な背外殻（バックパック）が出現し、真上、斜め上、斜め下と垂直三段階に湾曲した横面に平たい牙の翼が隣接。そのまま二対四枚の翼が折り畳まれるように収納された。

　更に奴の腕には、魔導の鎧が手甲（ガントレット）の様に生成。腕の付け根には俺の鉤爪（エッジ）を逆にした形状を取る小型の牙が装着された。

「吼え立てよ……牙戟闇咬（デスペラードディナイアル）――」

　異形の魔導戦士――そんな言葉が相応しいのだろう。

　そうして新たな姿を顕現させたレスターは、鋭い双眸を帝都へ向ける。同時に奴の視線の先――進軍方向にあるのは、リリア達を始めとした他の多くの団員達の姿――。

　俺達はマルコシアスを抑え込むので精いっぱい。他に回す戦力はない。

「拙い……ッ！？」

　つまり“古代魔法（エンシェント・オリジン）”を発動させたレスターによって、帝都の人々が蹂躙される事を指し示していた。