第273話 Final Order

 術者達による治療を終え、俺達は晴れて全快状態のコンディションを取り戻した。意識こそ戻っていないが、ランドさんと騎士団長も一命を取り留め、現場はひとまずの落ち着きを見せている。だが、歓喜の表情を浮かべる者もいなければ、会話を繰り広げる者すら誰一人としていない。聞こえてくるのは、啜り泣く声ぐらいのもの。


 指揮官だとか、年長者だとかは関係ない。ただ苦楽を共にした仲間を喪った。きっとそういう事なのだろう。


 巨星墜つ――俺達が喪ったモノは、あまりに大き過ぎた。


 だが、ジェノさんの想いを無駄にしない為にも、今は成すべき事を――。


 俺達は重傷者と治療で魔力切れを起こした術者を残して行動を開始。戦闘が繰り広げられているであろう、より大きな悲鳴のする方向へ向けて直走る。


「――キュレネさん」

「アーク、どうしたの?」


 移動開始から程なくして、俺はキュレネさんに相談を投げかける。これからを揺るがす重要な内容の――。


人間コチラ側の指揮を引き継いでお願い出来ますか? 騎士団長まで倒れてしまった以上、今の俺達は指揮官不在ですから……」

「それは構わないけれど……私でいいのかしら?」


 キュレネさんも察してくれたのか、いつも通り・・・・・の様子で受け答えをしてくれている。例え、動揺を押し潰そうとするポーカーフェイスや空元気なのだとしても、言及はしない。互いに今は必要な儀礼だった。

 そんなキュレネさんの視線は俺を通り過ぎた後、相克魔族の方へ向けられる。


「ええ、さっきまで後ろの連中を率いてくれていたわけですし、間違いなくキュレネさんが適任でしょう。相克魔族側は引き続きメイズが主として指揮を出し、人間側との間をセラスに取り持ってもらう形がベストかと……。それとアリシアは、そのサポートを頼む」

「私も……?」

「“原初魔法ゼロ・オリジン”を使えるキュレネさんの火力は、戦いの中で間違いなく必要になって来る。此方の戦力が心許ないというのを抜きにしても確実にな。そうやってキュレネさんが前線に突出した時に指揮官が居なくなるし、アリシアはこういうの得意そうだったからな。任せられるか?」

「了解。そういう事なら、期待に答えなきゃね」


 こちらの切れる持ち札カードは依然として多くない。寧ろ、戦闘開始時よりもかなり減らされている。故に取れる手段が少なく、各々の役割も必然的に定まって来るし、それを割り振るのも容易だ。

 若輩の俺が――とも思うが、事態は一刻を争う。無礼は承知で、次々と指示を出していく。


「向こうには特大の鬼札ジョーカーが二枚残されている。その代わり、主だった戦力は殆ど削り取れたはずだ」

「うん。直接対決ってなると、数の多いこっちの方が相手を翻弄するには有利だね。でも、あの人相手だと……」

「纏めて蹴散らされるのが関の山か……」


 俺の言葉にルインさんとセラスが続く。

 常軌を逸脱した力を持つマルコシアスと未だ奥の手を隠しているだろうレスター。この二人だけでこちらの戦力総量を上回っていると称して差し支えない。どんなに取り繕ってもこれが事実だ。何をするにも、まずそれを認めるところからだろう。

 その上でどう行動するかが重要になって来る。


「マルコシアスとレスターは俺達が対処する。リリアやメイズ達はそれ以外の連中を頼む。それから道中もな」

「心得た。連中と君達の戦いは我々と次元を異にするものだ。奴らの下に辿り着くまでに君達が消耗するのは、こちらとしても本意ではないからね」

「私も異論はない。出来る事があるのなら、何でも言って!」


 メイズとリリアも指示を反故にすることなく快く頷いてくれた。

 マルコシアスとレスターに相対するにあたっては、最低でもSランクに比肩する力量が必要になるだろう。それどころか、“原初魔法ゼロ・オリジン”ですら心許ないレベルの戦いとなる事は想像に難くない。

 そこに及ばない面々に関しては、はっきり言って戦力となり得る可能性は薄いだろう。その上、最早数で押してどうこう出来る段階や相手じゃない。今必要なのは、“究極の一”――揺ぎ無い力だ。

 だから、一般の団員と相克魔族達に露払いを委ね、さっきまでマルコシアスと戦っていた面々にキュレネさんとエリルを加えて本丸と相対する。これが一番勝率の高い戦法だと判断した。


「後、相克魔族と正規の団員はいいとして……それ以外の人達にも訊いて貰わないといけない事がある。」


 最後はそれ以外――特に名家を始めとした個人で別の勢力に属している面々について。


「見ての通り共同戦線の指揮系統はズタズタだ。だが、俺達のすべき事は変わらない。故に貴方達もキュレネ・カスタリアをトップとした現状の指揮下で役目を全うしてもらう。基本は今まで通りの小隊分けで行動。元々からしてフォリア、ファオストといった区分けだったんだから文句ないはずだ」


 まだ戦いは終わっていない。こんな所で心が折れる事など許しはしない。


「当然グラディウスの面々も同じだ。当主や後継者が倒れ、こんな状況になったとしてもそれは変わらない」


 託された想いを無駄にするわけにはいかないのだから――。


「ユーリ・グラディウスが長子――アーク・グラディウスの名において命じる……この戦いにおいて、お前達は俺の麾下きかに入ってもらう。異論は認めない」


 その為になら、本当の意味で再びグラディウスを名乗ろう。どんな詭弁も偽善も押し通して見せる。その覚悟を秘め、本来なら臣下となっていたかもしれない者達へ双眸を向けた。

 連中が俺に対して何を思っているのかは知らないが、突然の指示を受けて息を呑んだのがはっきりと理解出来る。


「――御意っ!!」


 だが返って来たのは、頼もしさに溢れた予想外過ぎる返答。恐らくは父さんとジェノさん達――誇り高き戦士達の輝きに触発され、自分達の立場と力への自覚が芽生えたという事なのだろう。

 俺を含め、この極限状態が皆を急速に成長させた。何という皮肉なのだろうか――。

 だが、考えるのは後だ。今は前に進むしかない。


「そうか……感謝する。と言っても、俺がお前達に指示を出す事は殆どない。基本的にはキュレネさんかアリシアの指示に従ってもらうとは思うが……任せたぞ」


 俺はグラディウス家の間者達を見据え、彼らの決意を受け取った。


「――アーク君」

「ええ、戦場は目前……このまま突っ切ります」


 程なくして、戦争開幕時に俺達が闘っていたのと逆側の城壁付近――多くの悲鳴が木霊し、鮮血が舞い散る戦場が間近に迫って来る。

 これが本当に最後の戦い。背負った想いを胸に秘め、俺達は大地を駆ける。

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