第272話 焔-LostBlaze-滅
スクーロ家とそれに連なる者。
武装蜂起した住民達と裏で糸を引く
騒乱に巻き込まれる事となった、それ以外の民間人。
襲撃者である賊と狂化モンスター。
全てが入り乱れる混沌とした戦場において、最終的にはジェノさんを除く命が死に絶えた。少なくとも、人間に関しては間違いないのだろう。
家族や幼馴染の少女を目の前で失い、両親の誇りを穢された。挙句、味方だったはずの市民にまで裏切られた。その上での略奪を図ろうとする賊、異形の生命である狂化モンスターとの戦闘。
そして、焼け焦げて喪失した故郷でたった一人だけ生き残ってしまった。
そんな惨劇は、無垢だった少年の心に一体どれほどの傷を負わせることになったのだろうか。
一体どれほどの絶望を味合わせたのだろうか。
実際に体験したわけではない俺達には、そこにある筆舌し難い想いを伺い知る事は出来ない。
「――これこそ人間が自らの欲望のままに行動した結果、偶発的に引き起こされた災厄。いや、ある意味人災か……。それを間近で見た僕だからこそ、自らを律しながら誰かを守れる力を得よう。そう誓って歩いて来た
そうして明らかになったジェノさんの過去。胸に秘めていた誓い。
「後は皆が知っている通りの僕かな。こんな事を話すつもりはなかった。一応、墓場まで持っていくつもりだったのだが……最期に気が触れた……か」
「な……ッ!?」
誰もが言葉を失う中、張本人の口から鮮血が滴り落ちる。
「なんで……止まらないのッ!?」
「ふざけんな! 最期なんて……!」
「
ここに来てジェノさんの容体が急速に悪化していく。それを見た
「何か手立てはないの!?」
アリシアが彼女らしからぬ狼狽したぶりを見せながら周囲を見回すが、それに応える者は誰もいない。ルインさんやセラスも沈痛な面持ちで俯き、リリアやデルト――その他の団員達も無力を噛みしめる様に視線を逸らす。
既に重傷者であるランドさんと騎士団長の治療をしている以外の術者は、全員がエリルのサポートに回っている。残されたのは戦闘員のみ。それが答えだった。
「くそっ……!」
この手に宿ったのは破壊の力。言うなれば、ただの暴力。冒険者だの騎士団だのと取り繕おうとも、その本質は変わらない。
故にどこまで行っても、俺に出来るのは戦う事だけ。誰かを殺す事は出来ても、傷ついた誰かを助ける事は出来ない。己の無力さに打ちひしがれ、固く握った拳が震えるのを感じた。
「――エリル、君達の
「え……?」
「もういい。これ以上は、本当に無意味な行為だ」
突然の――そして二回目の申し出を受け、エリルと彼女に魔力を供給しているストナの表情が凍り付く。それは多分、癒しの波動の中にあっても、ジェノさんの容体が急速に悪化していくのが分かってしまった事と合わせて二重の絶望。
文字通り手の施しようがないという事。
「だが、希望は潰えていない。立ち止まるのは、少々早計だな」
しかし、当の本人だけは悲嘆に暮れている様子をおくびも見せず、寧ろその表情には清々しさすら宿しているようにすら見受けられる。
「魔王が新たな力を得たとて、無敵になったわけじゃない。僕達の刃は、まだ彼にも届くはずだ」
「しかし、先ほどの戦いでは……」
「――僕は一時的に限界を超えただけ……。きっとまだ、僕
狂竜と多くの魔族の力を宿したマルコシアスの強さは異常だと断言出来る。正直まともに戦っても勝ち目はない。そんな奴の驚異を直接感じ取ったのは、戦場で相対した俺達自身。それでも、ジェノさんの瞳はまだ死んでいない。
永きに渡る自問の末、“迷う”という段階なんてとっくに乗り越えた境地に至っているのだろう。“揺るぎない覚悟”――ある種、俺の求める強さの形がここに在った。
「だから、希望を棄ててはいけない。限界に挑み続ける事を諦めるな。そうすれば……まだ見ぬ地平の先、自らの手で未来を切り拓いていけるはずだ。君達の、力なら……ッ!」
「ジェノさんッ!?」
エリルの悲鳴と共に、止まりかけていた鮮血が溢れ出す。まるで、ジェノさんの命が零れ落ちていくかのように――。
「もし力を得られたとして、それをどう使うのかは自分次第。
「――力を手にした日から、今度は自分が誰かを泣かせる者となる」
「そういう事だ。アーク・グラディウス……」
力強い朱色の瞳に正面から射抜かれる。命の灯はいつ消えてもおかしくないというのに、その瞳の奥には爛々と気高い赫炎が宿っていた。
この人は自らの命と世界の行く末を天秤に掛け、迷う事なく後者を選択した。自分一人が生き残るよりも、戦力を残すべきだと判断したが故の行動なのだろう。
それはつまり、俺達という存在に未来を切り拓く希望を見出したという事。これほどまでに気高く、熱い想いをこんな所で途絶えさせるわけにはいかない。受け継いで――背負って前に進んでいく。そんな想いを胸にジェノさんの双眸を受け止め、俺は小さく頷いた。
「ふっ……なら、もう僕から伝えるべき事はない。今度こそ、最期だ……」
「ふ、ふざけんなッ! これで終わりなんて認めねぇ!」
他の面々も思い思いの表情を浮かべてジェノさんの言葉を噛み締める中、リゲラが声を張り上げる。その声音は普段の快活さなど皆無であり、痛ましいほどに震えていた。
「アンタは俺の憧れだった! アンタは俺に居場所をくれた! アンタは生きる目的をくれた!」
リゲラの頬を雫が伝う。
「俺はまだ何も返しちゃぁいねぇ! まだ何も見せられてねぇ!! それなのに……アンタが俺より先に死ぬんじゃねぇぇッッ!!!!」
悲痛な叫び。
必死の訴え。
それはきっと、リゲラの魂の鼓動。
「私だって皆に出逢って……貴方のおかげで、一人じゃないと思えるようになった! 父さんの事があっても……また笑えるようになったの! それなのに……こんなッ! お願いだから消えないでッ!!!!」
エリルもまた、同様――。
その涙には一体どれほどの想いが込められているのだろうか。一体、どれほどの――。
「そうか、こんな僕にも遺せたものがあったのか……。それも……こんなにも尊いものを……」
だがリゲラやエリルの想いは、ジェノさんに伝わった。それだけは確かなはずだ。
「リゲラ、エリル……こんな僕に……ついて来てくれて、ありがとう。もっと成長して、本当の意味で大人になった君達の姿を見られない事を残念に思うよ」
「そんな……だったらッ!!」
「ジェノさんッ!」
命の炎が揺らめく。
ジェノさんが紡ぐのは、最期の言葉――。
「キュレネには、本当にいつも面倒をかけるね」
「全くよ……本当に……」
その瞳が見据えるのは、彼の
「未練はある。それでも胸を張って逝ける。全てを喪って絶望の淵に立っていた僕にそう思わせてくれたのは、間違いなく君達だった。君達にはそれだけの力があるはずだ。だから、僕に囚われずに前に進め……」
赫炎滾る瞳から光が喪われていく。ジェノさんの命が尽きていく。
「――父さん、母さん……レイラ……これで僕、は……」
そして、焔聖ノ騎士は愛しき者達の名を呼びながら空に手を伸ばし、静かに命の鼓動を止めた。世界の命運を巡る大戦の最中、志半ばで――という所での出来事。それでも苦境の中で未来を見据え、希望を遺した。
誰に恥じる事のない気高い最期だった。
「くそっ!? こんな……くそぉぉっっっ――ッッッ!!!!!!」
「うそ……っ、いやぁぁぁ――ッッ!!!!!!」
戦士達の慟哭が戦場に響く。
誰もが悲嘆に暮れる中、主を失った紅銀の長剣が悲し気に輝きを放っていた。
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