第271話 炎-Tragoedia-夜

「誰もが寝静まる夜真っ只中、突如として屋敷に魔力の矢が降り注いだ。それが開戦の合図となり、真夜中の街が悲鳴に包まれる事となった」

「民間人との戦闘行為……」

「ああ、突然の狂報に誰もがおののき、最悪の形で刃を向け合う事になってしまった」


 正規の戦闘訓練を受けた戦士とはいえ、所詮は自警団。自都市の民間人との戦闘など想定しているわけもない。それは味方であり、守るべき存在と刃を向け合うなどあってはならないという大前提があるからだ。故に混乱が広がって然るべきだろう。理性という防波堤セーフティーを超え、もう何が起こってもおかしくない状況にあるという事。


「民意の押し付けによって、こちらの心に負荷をかけて大幅な弱体化を図る。それが奴らの狙いだったのだろう。質ではこちらが、量ではあちらが……といった状況だったが、開戦当初はかなり押されていた」

「自警団の人達は?」

「常駐していた衛兵と共に駆けつけてくれた者も多くいた。いや、戦わざるを得なかったというべきか……」


 聞けば聞くほど最悪の状況が浮かび上がる。


「それは何故? ジェノさんの言う一斉蜂起は、彼らにとっても突然の戦闘のはず。戦えなくなって然るべきですし、餌に釣られて逆に叛意を抱く理由にもなり得ると思いますが……」

「自警団は腕利きの集まりであり、常に危険とは隣り合わせだ。よっぽど経営が上手くいっている商人を除けば、給金も高い部類に入るのだろう。つまりスクーロ家の恩恵にあずかった者達という見方も出来る」

「報復の対象は……まさか……!?」

「そういう事になってしまったね」


 それも留まる事を知らない程の――。


「おい!? つまりどういう事になったんだよ!?」

「つまり平常業務を終え、プライベートな時間を過ごして眠りに就いた自警団の家にも、旧家の魔の手が迫ったという事だよ。当人だけではなく、その家族にまで……」

「はぁ!?」


 リゲラの声が周囲に響く。内包されている感情は凄まじいまでの憤怒。だが、それも無理はない話だ。

 その状況を帝都で置き換えるとすれば、共同戦線の寝込みを市民が集団で襲うようなもの。それも家族や恋人も込みで標的ターゲットにされるも同じ事。常識外れというか、道徳倫理からも逸脱しきっている。正直、外道の極みと言って差し支えない。


「おかげで誰もが闘わざるを得ない状況となり、中盤では戦線を押し返し始めるまでに至ったよ。多大な犠牲を払う事になったが……」


 ジェノさんもまた、嫌悪感に溢れる表情を浮かべて皮肉交じりで言葉を紡ぐ。この人のこんな表情は、今まで見た事がない。それだけの激情を内に秘めているのだろう。

 だが、ジェノさんの声音が更に硬質さを帯びていく。


「しかし戦闘の中盤頃、都市の周囲に潜んでいた賊が乱入してきた事によって事態は一変した」

「そうか! 自警団の役割は都市の治安維持。同時に他勢力への抑止力としての役割も兼ね備えている。街中に火の手が上がった事で混乱を悟り、火事場泥棒にでも来たと?」

「恐らくはね。その上、どこから現れたか数体の強力なモンスターまでもが街に押し寄せて来たんだ」

「他勢力への抑止力――それはつまり、人間相手だけに働くものじゃない。しかも、自ら確かな意思を持ってダンジョン外を徘徊し、強力な戦闘力を持つモンスターともなれば……」

「ああ、確実に狂化モンスターだろう。それに……モンスターに指示を出していた何者かが居た」

「まさか……魔族!?」

「恐らくは……尤も当時は知る由もなかったがね。そして、スクーロ家に連なる者とそれ以外の市民、仕掛けてきた旧家、略奪を働こうとする賊と狂気の刃を振り回すモンスター……全てが入り乱れる泥沼の戦闘と相成った」


 同時に悲劇の夜の幕開けがここからであるという事を示していた。


「黒煙と炎に包まれて燃え盛る街。響き渡る悲鳴と怒号。そして、声にならぬ咆哮。より良き物を自分の為に……人の飽くなき欲望が引き起こした戦い。僕の目の前に広がったのは、この世の地獄のような光景だった」


 各々の立場に立ってみれば、自らの利を追求しようという気持ちは分からないでもない。だが、願望を抱くのと実行の是非は別問題。人生を賭して街を平定したスクーロ家や、命を賭けて人々を守って来た自警団――彼らを犠牲にする事が前提の利など、一体何の価値があるというのか。本当に失ってしまうものを見誤った先に待つ未来が幸福なのだろうか。

 それでも人間――いや、魔族や他のモンスター達も、間違っている行動を正当化して自らの為に突き進んでしまう。それが弱さ。正誤では定まらない“感情”という名の異常バグ

 戦争・平和・革命――こうして歴史は紡がれていく。どんなに愚かで醜かろうとも――。


「両親は狂化モンスターの牙の前に倒れ、多くの臣下もそれぞれ命を落としていった。それだけじゃない。昨日まで何気なく隣り合って歩いてきた人々が自分達に悪意を向けて来る。関係ない人々までもが犠牲になっていく。そんな光景をまざまざと見せつけられた。そして、泥沼の動乱によって予期せぬ形で家を追われた幼馴染の少女は、僕の目の前で心臓を貫かれて絶命した。鮮血を撒き散らし、冷たい骸と成り果てた。他ならぬ住民の剣によって……!」


 文字通り血を吐くようなジェノさんの独白。俺達の脳裏にも惨たらしい光景が過り、それを理解出来ないとばかりにリゲラが叫ぶ。


「おい……嘘、だろ……。それじゃ同士討ちじゃねぇか! しかも反乱に参加してない子供まで巻き込んで……!」


 絶句する者。

 義憤を隠し切れない者。

 憤怒を抱く者。


 ジェノさんの語った過去は、世界の終わりとも言うべき凄惨そのものだった。


「――結局、貴方はどうなったの?」

「勿論、戦ったさ。成人の儀を終えていないとはいえ、多少なりとも訓練は積んでいたからね。両親や臣下に守られながらだったのは言うまでもないが……」


 驚愕冷めやらぬ中、この中で最も付き合いの長いキュレネさんがジェノさんに総括を促す。


「そして、夜が明けた。何がどうなって、そう至ったのかは覚えていない。誰が生き残って、誰か死んだのかも分からない。ただ、そこには地獄が広がっていた。僕一人だけがそこに佇んでいた。家族、生まれ故郷、幼馴染……全てを失って……。最後には多くの骸の上に立ち、朝日に照らされながら荒廃した街だったモノを呆然と見つめていた。そんなつまらない御話おはなしさ」


 そう言葉を紡ぎ、ジェノさんは空を見上げながら瞑目した。

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