第269話 代-Sacrifice-償
焦土と化した爆心地における生存者発見の報。
ずっと脳裏の片隅にあったここに居ない二人の存在。
緊張の面持ちで声の方に視線を向けるが、その場の誰もが目を見開いて凍り付く。そこにあったのは――。
「医療班は最優先であっちに回りなさい! エリルっ!!」
二ヵ所に広がる大きな鮮血。其処に沈むのは見覚えのある人影。
一人は崩壊しかけた壁面に寄りかかる様に立っているジェノさん。
もう一人は切り立った地面に横たわっている騎士団長。
その光景を前に誰もが言葉を失っていたが、キュレネさんの指示に従って医療班がそちらへと駆けていく。
「嘘……こんな事って!?」
エリルを始めとした医療班が治癒魔法による癒しの光を生成。二人をそれぞれ包み込むが、術者達の表情は驚愕と悲嘆に染まっている。
何故なら、二人の負傷度合いが重症で済ませられる域を超えているからだ。
「騎士団長さんは腕と足の止血を最優先にしてください! 術式が干渉し合わない様に三人で散って!」
「は、はいっ!」
まず目に見えて負傷度合いが大きいのは騎士団長。右腕の肩口から先、同じく右足の膝から先が喪失しているのが見て取れた。その近くには砕け散った大剣の破片が散らばっている。
だが、らしくない怒鳴り声で指示を出したエリルの鬼気迫る表情が向けられているのは、寧ろもう一人の方。
「ジェノさんは私が……ッ!!」
“リザレクションオーダー”――習得難度Sランクの最上級治癒魔法。
エリルの技量と相まって、他の面々の治癒魔法とは一線を画す光量を放っている。
「ぐっっ、ぅ……!!!!」
光の波動が勢いを増す度にエリルの頬を汗が滴り、苦悶の声が漏れ始めた。補助魔法に明るくない俺でも知っているような超高等魔法術式――それを全精力で操っているのだから、術者であるエリルへの負担も
同時に今のジェノさんの状態は、エリルが自身の消耗を度外視して高等魔法術式を即断で発動させる程までに悪いという事を示している。
「血が足りないッ! 臓器の再生が……回復が間に合わない!? どうやったらこんな怪我の仕方を……ッ!?」
ジェノさんが寄りかかっている壁面全体――赤黒い鮮血が五メートルは上の箇所まで飛び散っている。その全身も鮮血に染まっており、顔以外は傷の無い箇所を探す方が困難というレベルでの負傷。
外側から見てもそれだけ重篤な状況なのだから、その内側がどうなっているかなど俺たち程度には想像が及びもつかない。いや、瞳を揺らしながら呼吸を荒げて魔法を行使しているエリルの表情が答えなのだろう。
ジェノさんとパーティーを組んで行動していた俺達は、
「お願い……止まってッ!!!!」
注ぎ込まれる膨大な魔力。それは宛ら津波の様。
しかし、エリルの技量を以てしても進行を遅らせるのが関の山。根本的な解決には至らない。それが全ての答え、つまりは――。
「――エリル、もういい。魔力を無駄に消費するな」
「な、何を言ってるんですか!? 今止めたら……!」
「魔法も、万能の力じゃない。自分の状態は分かっているつもりだ」
もう手の施しようがないという事。
「でもッ!」
ジェノさんの言葉を訊いて、エリルの瞳から雫が流れ落ちる。現状を理解しながらも、諦めたくないと思う気持ちが一番強いのは恐らく彼女だ。込み上げる思いは人一倍大きくて然るべきだろう。
「こんだけ治療魔法を使える奴らがいるんだッ! 俺達なんて後回しにして全員治療で取っかかれば!!」
リゲラが声を荒げる。その先に迫るものが分かっていながらも、どこか達観したジェノさんの言葉が許せない。信じたくないのだろう。
世界から弾き出されたリゲラやエリルに居場所を与えたのは、ジェノさんとキュレネさんだ。互いに利用し合う
俺達を担当していた術者もエリルの補助をし始め、ジェノさんが制した治療の手は先ほど以上に盤石になっている。だが、誰一人として安堵の表情を浮かべる事はない。それすらも所詮は延命処置に過ぎないと、誰もが心のどこかで分かってしまっているからだ。
そんな中で俺もまた、憤りを隠しきれないでいた。
「どうして……どうして、あの一撃から身を挺してまで俺達を護ったんですか!? 貴方一人であれば、自分の身を守るか避けるか出来たはずなのに!?」
いくら爆心地に近かったとはいえ、“原初魔法・
しかし、現実はこうなっている。それは何故か――。
ジェノさんが広域魔法の威力を減衰させての被害を抑えたからに他ならない。それこそ、本来なら回避・防御行動に割くリソースを攻撃面に振り切ってまで――。
もう一人の重傷者である騎士団長は、その補助ないし、意識のないアリシア達を守ってくれていたのだろう。
マルコシアスの広域殲滅魔法を脱した直後に感じた周辺被害の少なさという違和感――その正体を理解してしまったが故の憤りが俺の心を焼き焦がす。
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