第267話 惨-DispairPain-劇

『う、うがああぁぁっっっ!?!?』


 どこからともなく絶叫が聞こえて来る。

 誰かの叫びが、まるで頭の中に直接響いて来るかのように――。


「悲鳴……!?」


 治療を受ける俺達も驚愕に目を見開き、現場は冷や水をかけられた様に静まり返る。


『い、いやっ!? たすけ……っ!?』

『いだいいだいいだい、いだいィィィっ!!!!!!』


 そんな俺達の傍ら、尚も響き続ける絶叫。老若男女問わず様々な声音が入り乱れる。


「なんだ……これは!?」


 理解不可能。

 何かの悪戯だとしても趣味が悪すぎる。


「“魔族回穿デモンズサーキット”……」

「え?」

「恐らく“古代魔法エンシェント・オリジン”と呼ばれる類の一種だろう。効果は魔族間における無線通信。尤も、使えるのは魔族内でもそう多くないと訊いているが……」


 その答えを知っているらしいセラスの言葉。キュレネさんに支えられながら上体を起こした俺は、噴出した疑問を投げかける。


「そんな便利なものがあったんなら、どうして最初から使わなかったんだ?」

「いや、使っていたはずだ。でなければ、あれほど巧妙に待ち伏せ出来るわけがない。本来当人同士でしか聞こえないやり取りが全方位でオープンになっているという事は、誰かしらが回穿を繋いだまま力尽きたといった所だろう」

「そう、か……。セラスやメイズ達がその通信を傍受する事は出来なかったのか?」

「勇者や先代魔王、お前やマルコシアスが使っている聖剣・魔剣の様に、失われた先史遺産オーパーツと化している事象は多い。“古代魔法エンシェント・オリジン”と呼ばれている術式も正しくそれだ。正直、不確定要素が多すぎて、こちらからではその全貌を知る事は出来ない。マルコシアスが因子の融合について知り得ていた様にな」

「ここまで来ても全て奴の掌の上という事か……!」


 結果、分かった事はただ一つ。

 悲鳴轟くこの現象を引き起こしている元凶が皇族を追って、この場を離脱したマルコシアスだろうという事だ。


『お、お願いします! こ、子供だけでも……っっ!!!!』

『どうして、どうしてこんなァ!?!?』

『だ、誰か助けてぇぇっ!!!!!!』

『俺の腕がァァ!?!?』

『騎士の誇りにかけて……っ、がああぁぁっっ!?!?』

『ち、ちくしょう!! ぢくしょぉぉぉぉ!!!!』

『こうなりゃ、ヤケクソ……ぐ、っぁ!!!!』

『あ、アナタ!? いやぁぁっっ!?!?』

『騎士団は一体何やってんだよ!? ひっ!?』

『あ、脚が……ひっ!? かこまれ……ぐあぁぁぁ!!!!』

『何なんだ! 何なんだよ、お前らはよォォ!?!?』

『し、死にたくない! 死にたくない死にたくない死にたくない!!!!!!』


 恐怖、驚愕、屈辱、悲嘆、痛哭、そして絶望。

 魔族の進軍によって蹂躙される人々が奏でる絶叫。

 外様の冒険者や商人、一般市民、帝都騎士団、神官団――立場、年齢、身分、そんなものなどお構いなしで等しく万物に与えられる死の連鎖だ。

 耳を塞ぎたくなるような叫びが、俺達の心に見えない刃を突き立てる。


「どうして……こんなっ!?」

「もう、止めてよ!」


 キュレネさんが率いていた部隊の面々が口々に悲痛な声を漏らす。


「正義も悪もあったもんじゃない! これでは殲滅戦だ……!」

「こうならぬようにと馳せ参じたつもりだったのだがな……くっ!!」


 メイズ達も沈痛な面持ちを浮かべて悲鳴の音叉に耐え忍んでいる。


 俺もまた、握りしめた時分の拳に力がこもるのを感じていた。

 さっきマルコシアスが放った広域殲滅魔法。あれをもう二、三発撃ち込まれれば、帝都は大地の上から完全に消失するだろう。しんば連発出来ないのだとしても、今の奴には空を舞う四枚の翼がある。

 なら、安全な制空権で発射体勢を整え、眼下に向けて広域殲滅魔法を放つ。臣下を退かせて戸惑う帝都側にそれを繰り返せば、ほぼ無条件で奴の勝利となってしまうというのは想像に難くない。第一、そんな事はマルコシアス自身が最も理解しているはずだ。

 しかし、現状は最適解の真逆を行っている。それは何故か――。


「始めから人間を殲滅するつもりなら、マルコシアスとファヴニールだけで事足りる。なのにわざわざ相克魔族をぶつけて来たって事は……泥沼の戦場も奴の思う通り……“俗事”とはよく言ったものだ!」


 奇しくもマルコシアスの真意の一端を読み取ってしまった事で、烈火の如き怒りが心に湧き上がるのを感じた。

 それと時同じくして未だ響き渡る悲鳴が一変する。


『な……まだ味方の部隊が進行方向に……!? ぐあああぁっっ!?!?』

『どうして、こんな、っ!? 臣下の私達までも討つというのですか……!?』

『■、■■■■――!?!?!?』


 聞こえて来る内容からして明らかに人間のものではない。開戦派として参戦した相克魔族と狂化モンスターの悲鳴で間違いないだろう。


「な、なんなのだ……これはッ!!!!」


 セラスの悲痛な叫びが戦場に響く。

 本来味方であるはずの相克魔族を巻き添えにする形での戦闘行為を強行。普通に考えれば異常な行為だ。気が触れたと言われても何らおかしくない。

 だがマルコシアスの想いを鑑みれば、何ら不思議な現象ではなかった。


「奴にとっての相克魔族は臣下ではなくただの手駒――人間と潰し合わせてどれだけの被害が出ようが関係ない。いや、最後に両方滅ぼすのなら、両陣営に大きな被害が出る方が都合が良いんだろう」

「まさか……ッ!?」

「ああ、俺達はそもそもの前提条件を勘違いしていた。これは人間と魔族の威信を賭けた“戦争”なんかじゃない。マルコシアスが盤上で動き回る駒を見て愉しむだけという目的の為に始められた……悲願達成前の“余興”だったって事だ!」


 この闘いでマルコシアスが語った事。それはほぼ全てが事実だった。


「人間や相克魔族、狂化モンスター――奴からすれば、否定すべき醜い時代の産物。最早、“生き物”ですらない」

「マルコシアスと私達の視点は根本的に違うという事?」

「ええ、だからこそ使い潰しもするし、何人死のうが関係ない。寧ろ狂化因子を吸収すれば自分を強化出来るんだから、味方に至っては死んでくれて結構とでも思っているんでしょう。百万の大軍が押し寄せて来るよりも、奴一人が高みに立つ方が圧倒的に驚異だというのなら……」


 誰もが息を呑んで現場が静まり返る中、比較的冷静なキュレネさんを聞き手に戦争の真相が明らかになっていく。

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