第266話 帝都滅ス

「この至近距離で広域魔法を!?」


 巨大化した闇球体の中で広がる破壊の乱流。一瞬でも気を抜けば、全方位から押し寄せて来る魔力の波によって全身が押し潰されるだろうというのは想像に難くない。

 最早脱出は不可能。生き残る為には、歯を食いしばってこの乱流を耐えるしかない。


「ぐっ……!? がぁ、っ、っっ!?!?!?」


 俺の身を守るのは、翼を閉じて全身を覆う盾と化した“死神双翅デスフェイザー”。換装した長剣を地面に突き刺して膝を付き、苦悶の声を漏らしながら必死に終わりを待ち続ける。

 しかし、マルコシアスが放った攻撃の威力は凄まじく、漆黒の翼が徐々にひび割れていく。双翅コレを失った先に待っているのは、“死”という絶対の真理。


「まだ、何も、果たしていない! こんな、所で……死ねるか……ッッ!!!!」


 この戦争を止める事も出来ず、自らが立てた誓いを果たす事も出来ず、こんな中途半端な所で倒れるなんてありえない。いや、赦されない。

 残った魔力を“死神双翅デスフェイザー”に追加供給して破損個所を修復。同時に行う過剰供給によって双翅自体を強化し、防御に全力を尽くす。


「――ッッ!!!!!」


 一瞬にも永遠にも感じられた時の果て――闇球体に込められた膨大な魔力が大気に還元されていく。それは全身を押し潰さんばかりに押し寄せて来た破壊の波からの解放を意味しており、力みからの脱却で凄まじい倦怠感が一気に押し寄せて来た。

 時を同じくして、身を守っていた“死神双翅デスフェイザー”が砕け散る。更には魔力制御の乱れからか、知らず知らずの内に全身に帯びていた魔力までもが一気に四散していく。


「くそっ……」


 急激な魔力欠乏によって思考は散漫、呼吸が荒れて視界も定まらない。状況を把握しなければと周囲を見回すが、既にマルコシアスの姿は消えていた。

 一体どれほどの時間が経ったのか、戦況がどうなっているのか――そして、皆が無事なのかどうか。今の俺には何も分からない。そんな中でただ一つだけ確かな事は、今も俺が生きているという事だけだった。

 何にせよ、このまま膝を付いているだけでは話にならない。とにかく皆と合流しなければと立ち上がろうとするが――。


「な……っ、力が……ッ!?」


 中腰になったところで“ミュルグレス”の柄から手を滑らせてしまい、そのまま崩れ落ちていく。普段ならあり得ない現象だが、今は全く体が言う事を聞いてくれない。立ち上がろうと指令を出した思考に傷付いた体の反応が追い付いてこないのだろう。何とも歪で、思議な感覚に襲われながら倒れ込んでいく。

 しかし、いつまで経っても土の感触と倒れる痛みが襲ってこない。代わりに去来したのは、柔らかく暖かい感触。


「――アーク、しっかりしなさい!」

「キュレネ、さん……?」

「ええ、そうよ……。生存者を見つけたわ! 術者を一人こっちに回しなさい!」


 抱き留められた誰か――キュレネさんの顔を見上げ、呆然と呟く。


「保護出来た人からエリルや他の皆が治療してくれているわ。因みに今のところは、アークが一番軽症ね」


 駆け寄って来た共同戦線の術者が長杖を掲げ、治療と同時に魔力を譲渡される。そのおかげもあってか、少しずつ体調が快復に向かい始めた。


「……生存者は……ぐ、っ!?」

「少し落ち着きなさい。まず見つかったのは、ルインちゃんとセラス、アリシアとリゲラ、それからうちの上司の五人。もれなく全員酷い怪我だったから治療中だけれど、後者三人が重傷。特にランドさんはね。何とか命に別状はないようだけど……」


 意識が覚醒し始めた事もあって思わず跳ね起きようするものの、全身に痛みが走った所為で満足に動く事すら叶わない。その後、辛うじて上体を起こした所でフラついてしまったが、キュレネさんに支えられながら現状の説明を受ける事となった。


「そう、ですか……」


 ぼんやりと周囲を見回せば、辺りにあるのは瓦礫と破片で覆い尽くされた虚無の空間。帝都の栄華は失われ、俺達の半径数百メートル圏内の空間そのものが切り取られてしまったのかと感じる程だ。


「それから、アークの知り合いの仲間とセラスの仲間って人達も一緒に連れて来たわ。今は救助活動に力を貸してくれてる」

「俺の知り合いと……セラスの仲間……リリア達とあの連中か……」


 この光景と現状――俺の心中には言いようのない感情湧き上がって来る。


 名前の出なかった二人は無事なのかどうか。

 そもそもマルコシアス本人はどこへ向かったのか。

 あの規模の広域殲滅魔法が炸裂したにも拘らず、何故この程度・・・・の被害で済んでいるのか。


 それこそ帝都の半分が吹き飛んでいてもおかしくなかったはずなのに――。


「っ……アーク、君……」

「――とんだ生き恥だな。全く……」


 そんな事を思考していると、金色と紫の髪が視界の端で揺れ踊る。目を向ければ、上体を起こしたルインさんとセラスの姿。当然ながら、それぞれ治癒魔法の光に包まれている。傷の度合いは俺より少しマシといった所だ。

 だが、キュレネさんの話を訊く限り、二人の治療は俺よりも先に始められたとの事。それで俺よりも少しマシ程度なのだから、二人共かなりの深手を負っていたのは間違いないのだろう。

 想像以上に悪い状況に対して内心で毒づいた。


「――一応だけど……どさくさに紛れてアーク君に抱き着かないでくれるかな?」

「治療行為だものノーカンよね?」

「キュレネさんは何もしてないでしょ!? さっさと寝かせて上げて!」


 しかし、そんな重苦しい感情は姦しいやり取りによって弛緩してしまう。普段なら悶絶物のやり取りだが、この時ばかりは俺達よりも余力がありそうなキュレネさんの存在を有難く感じざるを得ないだろう。

 あのままだったら、少しばかり空気がヤバかったしな。


「あら? それもそうね」

「ちょっ!? キュレネさんの膝の上じゃないよ!」


 いや、前言撤回すべきだろうか。


 とはいえ、今の俺に抵抗する力など残されておらず、キュレネさんにされるがままだ。今回ばかりはルインさんも動けるような状態ではなく、セラスからはどこか棘のある蔑むような視線が注がれた。いつも通りのやり取りのおかげか、死闘からの停滞で失っていた冷静さが少し戻ってきた気がする。

 何にせよ、動けるようにならなければどうにもならない。俺は自分の近くに突き立てられた“ミュルグレス”をぼんやりと眺めながら姦しいやり取りを聞き流していたが、少しの安寧も許さないとばかりに絶望をもたらす災厄の音叉が響き渡った。

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