第265話 竜騎士顕現

 果てしない力の奔流が戦場を駆け巡る。

 空が、陸が、世界が揺らぐかと錯覚させられる程の炸裂。俺達も得物を地面に突き刺して必死に耐える事しか出来ないでいた。


「……っ!?」


 程なくして力の奔流が止んだ。周囲に立ち込めるのは、途方もない熱気と黒煙。


 さっきの一撃に宿っていたのは、ジェノさんや俺達の想いだけじゃない。事ここに至るまでに命を懸けた者達の想いの全てが宿っている。

 そして、極炎の剣は確実にマルコシアスの身体に届いた。例え掠っただけでも全身が蒸発して然るべきであろう凄まじい破壊力。何があろうとも致命傷は免れないはず。


 それを証明するように爆心地は地面ごと大きく抉り取られ、見事な巨大クレーターと化しているのが黒煙越しでも視認出来た。更にそこから幾重にも地割れが奔っており、各所に向かって深々と大地が断裂している。焦土と化した――そんな言葉では表す事の出来ない凄惨な状況だろう。

 その上、目につく範囲だけでも各所で物体が融解しており、劫火の余波が溶岩の様に堆積して黒煙を上げている。まさに災害級の一撃。同じ魔法でも次元が違う。

 後は視界が戻るのを待つだけだったが――。


「これは……!」


 グニャリと視界が歪み、思わず立ち眩む。しかし、それも一瞬の事。

 何事かと目を凝らせば、同じ様に驚きを隠し切れない仲間達の姿。そして、空の光を奪った闇が、より一層深みを増したのが見て取れる。


 致命的な決定打を与えても、未だに光が戻ってこない。

 それを認識した瞬間、不吉な予感と共に背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「――まさかここまでとはな」

「――ッ!?!?」


 尊大に響く声音。鼓膜を震わせる聞き覚えのあり過ぎる声を受け、俺の脳裏に最悪の展開が過る。


 吹きすさぶ深淵の突風。

 膨大な殺気。


「一瞬でも反応が遅れていたら、我とて無事では済まなかっただろう」


 翼が羽撃はばたき、勇往な影が空へと昇って征く・・・・・・・・


「まさか今代の人間如きを相手にこの姿・・・を見せる事になろうとは……。本当に面妖な連中だ。面白いッ!」


 頂に立つマルコシアス。奴の出で立ちはこれまでとは大きく異なっている。


 全身に纏うのは、物質化した魔力の鎧。

 その背には、どこか見覚えのあるシルエットをした雄大な双翼。


 呆然と空を見上げる俺達を尻目に各所で光が瞬く。

 淡い闇色の光。篝火かがりびの様に揺らめく様は幻想的ながらも、どこか不気味な光景だった。


「なんだ!? 闇の光が集って……!?」

「死した骸達の全てが我の糧となる! 例えそれが紛い物や低俗な魔獣如きでもなァ!」


 しかし、闇の瞬きが数多の光条となって、次々とマルコシアスの元に集う。光の一筋がマルコシアスに宿る度に肩口から深々と切り裂かれた大きな傷が癒えていき、寧ろ奴自身の存在感が増していく。その光景は、宛ら闇光の雨。

 そんな中、一際巨大な闇の光がマルコシアスに着弾。竜の咆哮と共に鈍い光が戦場を包む。


「何が……起きている!?」


 それを最後に光の雨が途切れ、全ての黒煙が吹き飛ぶ。そして、覆い隠された全てが露になった。


 闇色の鎧は更に鋭角に洗練され、所々に竜の装飾が成されている。背の翼も二対四枚へと変質。上部二枚の大翼が紫、下部二枚の小翼が翡翠色を彩っている。

 これまで以上に異質な姿。

 竜騎士――そんな言葉が相応しい。

 勇者、騎士の宿敵である魔族に対しての敬称としては皮肉もいい所だが、他にかける言葉が見つからなかった。


「“古代魔法エンシェント・オリジン”……なの、か?」


 魔力を必要最低限の容積に超圧縮して身に纏う鎧とする。それ自体は現在進行形で俺もやっている事だし、これまでの戦いで一部の相克魔族が用いた戦闘手法とも酷似している。だが大きく異なるのは、魔力の鎧に込められた出力と規模。

 少なくとも、俺達が知る“古代魔法エンシェント・オリジン”とは別次元の領域に至ったというのは明らかだろう。

 あれこそが奴の隠し玉――真の全力という事か。


「ほう、紛い物とはいえ、中々のものではないか。あの邪竜を犠牲にしてしまったのは少々誤算だったが……」

「紛い物……邪竜……自らの糧になる……まさか!?」


 具合を確かめるように空いた手を握るマルコシアスを前に、俺の脳裏に二種類の光景が過った。

 一つ目は、ラセット・ランサエーレが家族を喰らって、槍の狂獣と化した事。

 二つ目は、ダリアとユリーゼが統合された事で、堕ちた聖母が生み出された事。


「破損した狂化因子を呼び寄せて全て融合。自らの力に変えたという事か!?」

「如何にも……」


 マルコシアスに降り注いだ光の雨は、倒れていった魔族やモンスターの狂化因子。それはこれまでにも体験した狂化因子同士の融合現象。一際大きかった最後の光はファヴニールの因子であり、鎧や翼に竜の意匠が現れているのはその為なのだろう。

 驚きに固まってしまうが、よくよく考えれば奴自身も魔族だ。融合現象が起こる事自体は当然なのかもしれない。

 だが、これまでとは明確に異なる点も存在している。


「なら、どうしてそんなに平然としていられる!? それに離れた所から狂化因子が寄って来るなんて……!」

「我は王だ。有象無象の紛い物共がいくら集おうとも正気を失うはずもない。そして、弱き者は強き力の元に集う。故に貴様らとは、格が違うのだ。致命的なまでにな!」


 絶対的な強さ――ただそれだけだと一蹴されれば、反論のしようもない。

 今現在、俺達を苦しめているのも、その強さに他ならないからだ。

 漸く抉じ開けた突破口――それを無理やり塞がれた俺達の表情は険しい。


「ぐ……ッ!?」

「ジェノさん!?」


 そんな時、マルコシアスの足元で膝を付いているジェノさんが咳き込んだ。口元からは鮮血が伝う。


「ここまでやっても届かないのか……!」


 相手は“古代魔法エンシェント・オリジン”と狂化因子融合の重ね掛け。

 対する俺達は、ほぼ限界まで消耗しきっている。


 これ以上ない程までに最悪の状況だった。


「よくやったと褒めてやろう。貴様らは彼の時代の英傑共に並ぶ真の戦士だ」


 天高くかざされる大剣。

 剣先へ球形状に集う魔力。大きさこそそれほどではないが、膨大な魔力が一転に収束されていくのが見て取れる。

 明らかにこれまで見て来た魔法とは様相が異なる。思い当たる節はただ一つ。


「アレはまさか、広域殲滅魔法……!?」


 数十人、時には百人規模で起動する大規模魔法。

 一定範囲内の敵を等しく殲滅する儀式。


 回避は間に合わない――。


「深淵の底へ沈め! “ジャガーノート”――ッッ!!!!」


 大剣の切っ先が下に向けられ、スパークする闇球が地面を喰い破る。

 そして、俺達は闇の光に呑み込まれた。

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