第264話 闇穿ツ極炎

「狙ってやったわけじゃない……それに援護がなきゃ、ギリギリ間に合わなかったしな」


 “ミュルグレス”を支えに立ち上がろうとする俺の左腕――肩口までを覆う鉤爪エッジひび割れて砕け散る。


 あのタイミング、あの局面でそのまま戦斧を振るわれていたら間違いなく俺は両断されていた。それはマルコシアスの言う通りだ。

 では、何故そうならなかったのか――その理由は二つ。


 一つ目は、当然ながらルインさんが割り込んで来てくれた事。

 二つ目は、今俺が携えている長剣にある。


 さっきの激突の際、ルインさんが割り込んで来る寸前に俺がしたのは武器の換装。絡め取られてデッドウエイトとなっていた処刑鎌デスサイズを引っ込めて鍔迫り合いから脱出し、双翅の機動力で攻撃圏からの回避を図った。

 しかし、ルインさんが片方を抑えてくれているとはいえ、もう大剣側がフリーになってしまっていたのは事実。故に逃げる所をそちらで追い立てられたわけだが、俺も長剣と鉤爪エッジを同時展開。弾かれながらも脱出に成功したというわけだ。

 尤も辛うじて直撃は避けたとはいえ、奴の刃が接触した鉤爪エッジは一撃で砕け散ってしまった。もし少しでも何かが噛み合わなかったら――俺は間違いなくお陀仏だった事だろう。


 だが俺にとっては、そんな事よりも驚愕せざるを得ない現象が目の前で起こっていた。


「……攻撃が通った?」


 マルコシアスの頬の傷は、弾き飛ばされる寸前に逆手に持った“ミュルグレス”を振り抜いた時に付いたもので間違いない。たかだか掠り傷を負わせただけだと思うかもしれないが、あれだけ大技を連発して無傷だった奴に攻撃が通ったという事実は驚愕に値する。


「ほう……我に傷を付けるとは、何とも忌々しい聖剣よ。低位ではあるが、腐っても我ら魔族に苦渋を味合わせた人間の切り札よなァ!」


 マルコシアスがわらう。視線の先には、俺が支えにしている長剣。

 グラディウスに伝わる宝剣――“ミュルグレス”。遥か太古から存在している聖剣の一振りだ。その起源は神話の時代までさかのぼる。


「――聖剣なら有利に戦える? 差し詰め魔族特攻ってところか……でも……!」


 奴らが使う闇の魔法に対して、聖剣自体に内包されている光の波動は毒となり得る。他の属性間でも相性があるのだから、それ自体は自然な現象なのかもしれない。

 人間の上位生命体とも称せる魔族に対し、明確な弱点が見つかったという事自体は朗報だった。


「所詮は勇者の聖剣を模倣して過去の人間が生み出した贋作デッドコピー。これまで蹴散らした有象無象と大差ないわ!!」


 しかしマルコシアスの言う通り、この聖剣一本では反撃手段カウンターパートになり得ないという重大な問題を抱えている。グラディウスも所詮は名家止まりであり、彼の勇者には遠く及ばない。奴が言う所の最強の聖剣ならともかく、“ミュルグレス”にそこまでの格を期待するのは土台無理な話だろう。

 なら最初から全員に聖剣を装備させればよかったのではという疑問も噴出するが、そうならなかったという現状がその答えとなってしまう。長い歴史の中で聖剣の製法は失われており、新たに生み出すことが出来ないという現状の――。

 故に現代に伝わる聖剣と呼ばれる武器は、“ミュルグレス”の様に脈々と受け継がれてきた骨董品のみ。神話の時代に何本作られたのかは定かじゃないが、戦闘に耐えうる状態で現代に残っている聖剣は数える程だろう。とはいえ、人類の総本山である帝都には、残された多くが集まっていたはずだ。

 その上での現状――。

 つまり数々の人造聖剣が全く通用しなかったという事を意味している。だからこそ、魔族に対して“ミュルグレス”の相性の良さが判明した事は朗報だが、所詮はそこまででしかない。

 しかも奴に聖剣を保持している事を明確に認識されてしまった以上、“ミュルグレス”を前面に押し立てる作戦はセカンドプランはおろか、緊急時のサードプラン程度にしかならない可能性が高いという事も証明してしまっている。


「ぬんっ!」

「きゃっ!?」


 直後、幾度か斬り合って弾き飛ばされたルインさんが俺の隣に吹き飛ばされて来た。しかし、間髪入れずにセラスと騎士団長が斬りこんでいく。


 連撃を途切れさせて奴に好き放題動かれたら終わり。

 フィニッシャーとなり得る可能性を秘めているのは、限界を超えたジェノさんだけだ。

 そこが大きな共通認識としてある以上、勝てないと分かっていても必死に食らい付いていくしかない。俺たち自身としても、傷つき倒れているアリシア達の事を考えても、残された時間は残り僅かなのだから――。


「混沌の戦場に吹き荒べ、黙示録の闇よ! “アルカディアゲイザー”――ッッ!!!!」


 燐光フレア纏う紫天が槍斧ハルバードに集い、闇の巨大斬撃と化す。しかしファヴニール戦とは異なり、斬撃が放たれることはない。刃に全ての力を結集させたまま、マルコシアスに差し向けられる。


「倒れていった者達の想い。これから紡ぐ未来……貴様なんぞに消させはせんっ!! “ナイツオブグローリー”――ィッ!!!!!!」


 騎士団長もまた、魔力を纏って刀身が五倍以上に巨大化した大剣を振り抜いた。ただでさえ巨大な刃が更に迫力を増しているが、見た目の差異以上に途方もない魔力が超圧縮されているのが見て取れる。

 左右それぞれから二重の巨大斬撃がマルコシアスを強襲するが――。


「“ダルク・エル・ディアブロ”――ッ!!」

「――ぐッ!?」


 二振りの得物が闇の魔力を纏って振り下ろされ、激烈な衝撃が戦場を駆け巡る。

 爆轟の剋割斬――セラスは大剣、騎士団長は戦斧の一撃によって弾き返されてしまう。だとしても、道は拓けた。

 俺とルインさんは戦場を疾駆。残った魔力を開放しながら、互いの魔力を融合させる。


「閃光撃滅――! “黒雷天燐双破斬”――ッッ!!!!」


 邪竜ファヴニールを討った闇雷の極大斬撃。

 大技を放った直後の硬直を狙い、マルコシアスを強襲する。


「悔いて滅せよ、“ディスペアーインフェルノ”――ッ!!!!」


 対するマルコシアスは地面に戦斧を突き刺し、柄を支えに腕の力で無理やり体を持ち上げて体勢を変化。直後、戦斧の柄から手を離して両手で大剣を構える。そして、上段から剣を振り下ろして斬撃魔法を飛翔させた。

 この斬撃魔法には見覚えがある。間違いなくポラリスでの戦いで奴が繰り出した魔法に他ならない。俺の苦々しい記憶を呼び覚ます闇色の極大斬撃。

 ただ前回と異なるのは媒介となったのが戦斧ではなく、奴にとって真の主兵装である大剣であるという事。手を抜いていた以前とは別次元の破壊力を以て、俺達の“合体魔法ユニゾン・オリジン”と激突。爆風と衝撃に襲われる。


「ぐっ……!?」


 熱気と圧力、戦場に咲き誇る爆炎の華。

 その余波で俺達の足元までもが砕け散り、黒煙の中で思わず身を強張らせる。

 類を見ない激突に身を強張らせたのは勿論だが、何より超火力の三連攻撃でも有効打を与えられないという現実を突き付けられたが故の苦悶だった。

 でもこれでいい。最後を決めるのは俺達じゃない。


 焔聖ノ騎士が戦場を疾駆する。


「吼え立てよ、極炎斬舞!」


 天高く瞬く劫火の渦。

 その中で深い燐光フレアが弾け、“プロメテオンセイバー”――焔聖の剣が獄炎を纏って研ぎ澄まされていく。更に刀身に纏った渦状の燐光フレアも凝縮され、鍔から湧き上がる極炎と融合。高速で循環して破壊力を何倍にも引き上げる。

 その様は、正しく闇を穿つ灼熱の太陽ヒカリ。俺達にとって最後の希望。


「“デストラクトプロミナート”――ォっ!!!!!!」


 この世界の奪われた太陽ヒカリを取り戻さんばかりに燃え滾る一閃――ジェノさんは上段から剣を振り下ろし、突き出された戦斧を両断。マルコシアスの肉体に焔聖の刃が突き立てた。

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