第260話 限界を超えた先へ《Limit Break》

「まずは一撃……奴の防御を抜いて攻撃を叩き込まなければ……」


 善戦止まりの現状を打破するには反撃以外に道はない。現状それが困難を極めるわけだが、道理を蹴っ飛ばして無理を通す以外に勝機はないだろう。故に魔王相手であっても折れずに立ち向かうしかない。


「“青龍雷轟斬”――ッ!」

「“ダークバニッシュメント”――ッ!」


 雷轟と紫天の斬撃が煌めく。


「“ワイズディアブロ”――ッ!!」


 深淵の剛斬が躍動。そして、剣戟が交錯する。

 破壊の波動が周囲を駆け巡り、焦土と化した周囲を更に荒廃させてしまう。ただの斬撃ですら環境に影響を及ぼす規模とあって、双方とも人の身を超越した一撃だ。それでもこちらの攻撃は奴に届かない。


「このっ!」

「ふっ、効かんな!」


 魔王と共同戦線のぶつかり合いは更に激しさを増していく。


「“ナイトプリズム”――じゃッ!」

「威力は大したものだが、我には通用せぬ!」


 騎士団長が魔力を纏った大剣を振り下ろす。しかし、マルコシアスは大剣を逆手に持ち替えて一閃。激突の末に迎撃された前者が吹き飛ばされ、踏ん張る自らの足で地表を削り取りながら地面を滑る。


「貴様らもだッ!」

「くっ……!?」


 同時にルインさん達も吹き飛ばされて、同じような状態に陥った。


「これ以上、好きにさせるわけにはいかないッ!」

「ほう、よく粘るじゃないか!」

「どこまで傲慢なんだ! 貴方は!」


 間髪入れずに焔聖纏う剣と大剣が交錯。高密度の魔力が渦を巻く。


「他者を弄び、他者を見下し、他者を足蹴にして自らは高みに立ってそれを見下ろしている。力ある者の責任を放棄したそんなやり方で一体何が掴めるというんだ!?」

「力こそが是。他は全て無価値よ。そして、我が望むのは全て消え去った後に残る虚無の静寂のみ!!」


 ジェノさんの剣がマルコシアスの戦斧を受け流す。


「まさか……本当に全てを滅ぼそうというのか!? 今を生きる命の全てを!」

「無論だ!? この世界はあまりにも醜い。最早、存在する価値もない!」

「な……っ!?」


 マルコシアスの宣誓に皆が言葉を失った。

 人間を滅ぼして魔族の栄華を取り戻すというのならまだ分かる。実際、ポラリスでの問答の末に明かされたのも、人類根絶と帝都滅亡という二つの括りだった。だが、今回は大きく事情が違う。いや、こちらが本心だというべきか。

 確かに奴が傲慢不遜な武人気質で魔族の誇りを重んじているというのは、これまでに散々思い知らされたし、敵味方問わず容赦がないというのも最早既知の事実だろう。

 しかし、人間だけならず配下である相克魔族を含めた全ての命・・・・を滅ぼすという狂気的とも取れる真の目的をこういう形で明確にされたのだから、驚くなんてもんじゃない。相克魔族を犠牲にしても宿願を果たす――ではなく、彼らも消え去るべき存在だというのだから一入ひとしおだ。

 世界滅亡――いや、生命根絶とでも言うべきか。


「確かに完璧に程遠い世界なのは認めよう。しかし、世界の是非を決める権利など誰にもない!」


 奴と切り結びながらジェノさんが叫ぶ。ここに来て灼熱の燐光フレアが出力を増し、一段と輝きを強くした。全身の燐光フレアと剣に渦を巻く灼熱が、深い真紅へと移り変わる。


「この世界の礎を築いたのは、彼の時代を駆け抜けた我らだ! 腐敗した世界を如何様にするにも我ら次第! 権利の是非を問うなど、笑止!」

「そんな理屈が……!」

「誇り高き先代と復讐すべき勇者もなく、今やこの世界に蔓延のさばるのは、穢れた紛い物と浅ましい下等生物のみ! そんな世界に何の価値があるというのだ!? なんと醜い!」

「何たる傲慢!? そんなエゴをまかり通すわけにはいかないッ!!」


 紅蓮渦を巻く長剣が勢いを増し、深淵の大剣と激しく打ち合わされる。複数人で防戦一方だったさっきまでが嘘のようだ。ここに来て“原初魔法ゼロ・オリジン”の基礎出力が大幅に上がっている。

 そして、ジェノさんとマルコシアスは、互いの想いをぶつけ合わせながら斬り合いを興じていく。


「憂いを断ち、捨て身となったか!? 良い覚悟だ! ではその気概がいつまで保てるのか……この我が直々に見極めてやろう!」

「ここまで来て……どこまでも今を生きる者を愚弄するのか!? 力有る者が責任を放棄して暴虐の限りを尽くすなど……!」

「否! 力が有るからこその暴虐だ! 弱者になど何の価値もない!」

「力無き弱者の醜さは僕も認めよう! だが、大きな力には相応の責任が伴う。将を名乗っていた貴方も身に染みて理解しているはずだ! それを無視した挙句、関係ない他者までも踏みにじって全てを滅ぼすなどと許されるわけがない!」


 灼熱の燐光フレアは太陽の如き熱さと輝きを放ち、視覚でもはっきりと分かる程に激しく力を増している。

 さしものマルコシアスもこれには驚きを抱いたのか、勢いに対応するように剣戟と魔法を織り交ぜて反撃していく。恐らくジェノさんを最大の脅威と認識したのだろう。


 実際の所、この異常な出力の上り幅についての説明自体は、それほど難しくない。そもそも現在ルインさん達が発動している“原初魔法ゼロ・オリジン”は、魔力循環を実戦投入に足りえる出力に調整して安定させた形態であると訊いている。一言で示すとすれば、火力・防御力・機動力の上昇値よりも、燃費と持続時間に重きを置いた実戦仕様・・・・であって、彼らの最大出力・・・・ではない。安定性を取った結果、負担を抑える為に制限リミッターを課したような状態なわけだ。

 限界を超える神話への回帰に制限が課されているなんて皮肉も良い所だろう。だが今の“原初魔法ゼロ・オリジン”は、ケフェイド攻防戦でルインさんが見せた疑似発動形態よりも格段に消耗を抑えて各能力の上り幅の増大を実現させている。故にこちらサイドの切り札足りえたわけだ。有用性は、これまでの戦闘で大いに証明されている。

 そんな中で、今のジェノさんは限界を乗り越えつつある。要因は何か――マルコシアスの言葉通り、魔力循環を最大まで引き上げて大幅に出力を向上させた事にあった。

 しかし、制限リミッターを外して魔力循環をするという事は、疑似発動形態以上に自らへの負荷を度外視するも同然。制御不能になって自爆――という様な危険性を大いに孕んでいる無茶な行動に他ならない。というか、それが出来なかったのだから現状の運用に落ち着いたはずだ。

 だが、ジェノさんはそんな無茶を自らの糧として力を発揮し始めている。限界を超えた更にその先へ――。

 言うなれば、“原初魔法ゼロ・オリジン”を超えた形態、第二段階――いや、“原初魔法・赫刃突破ゼロ・オリジン・オーバードライブ”とでも称するべき形態なのだろう。


「ならば、貴様らの力を以てその正しさを証明するがいいッ! 出来れば……の話だがなァ!!」

「無論だ! これはその為の力なのだから――ッ!!」


 混沌渦巻く戦場で二つの強大な力が激突する。

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