第258話 魔王の恐怖、王の威光
「ほう……この我を前に大した啖呵を切ったようだが、覚悟は出来ているのだろうなァ!?」
これまでの問答が奴の譲れない琴線に触れたのだろう。眼前のマルコシアスから猛々しい魔力が迸り、遥かに威圧感を増す。意識していなければ、今にも膝を折ってしまいそうな程の殺気。これが神話の大戦を生き抜き、単身魔王の座を手にした暴君――いや、真なる歴戦の戦士。
そして、俺達が戦うべき相手。
「覚悟なら最初から出来てる。舐めないで」
「私も戦おう。自らの意志でな」
長剣から
「考えを改める気はないと?」
「元よりそのつもりで此処に来た。これは自ら考えて出した結論。私が何者なのだとしても、今は立ち止まる理由にはなり得ない」
「実に嘆かわしい事だ。偽りを信奉するなど、なんと醜い」
「貴方が何と言おうと関係ない。私達の気持ちは……ずっと胸に抱いてきた色んな想いは貴方の掌の上で転がされるほど安くない。だから私達も自分の想いのままに戦うと決めたの。他の何を疑ったとしても……それだけはきっと、偽りなんかじゃないんだから!」
ある種、ダメージが大きかっただろう二人だが、再び闘志を取り戻したようだ。
「ふぉ、ふぉっ! 頼もしい若者達じゃのぉ!」
「ええ、まだ僕達の未来が潰えたわけじゃない。立ち止まるには早すぎる」
ここで死闘を演じていた二人も再び武器を構える。その遠く背後には瓦礫に寄りかかる数名の人影――。
「アリシア、それにリゲラも……!?」
「ちっ、ランドさんまで!?」
その中にはよく見知った顔も三人ほど混ざっており、血濡れの状態で意識を失っているのが見て取れる。アリシアはジェノさんと行動を共にしていたという事もあって、ここに居る事自体は不思議じゃない。寧ろ姿が見えず、心配に思っていた。
リゲラに関してもファヴニール戦の最中、セラスと別行動を取ってこちらに合流したと考えれば、ここに居るのはそれほど不自然な事じゃないだろう。ランドさんに関してはこの場に居て当然の存在だ。だが、どうしてこの三人が血に塗れて倒れているのか。
その光景を目の当たりにした瞬間、再び怒りの灼熱が俺の中を
「安心せい、心配するな……などと言えるような状態ではないが、ギリギリ間に合った。今は気をやっている場合ではないぞ」
「ああ、君達が来るまで尽力してくれていた三人の想いを無駄にするわけにはいかない。無論、他の戦士達もね」
しかし、元々戦っていた二人の言葉によって少しばかり冷静さを取り戻すことが出来た。つまりアリシア達は、本陣に突っ込んできたマルコシアスや狂化モンスター相手に奮戦するも、かなりの深手を負って戦闘不能。この場で戦っていた他の連中と同様に、戦闘の余波で行方知れずになってしまったが、結果的に俺達の乱入が時間稼ぎになって騎士団長の治療が間に合ったという事だ。
「一先ず致命傷は塞いだ。まだ暫くもつだろう。流石に全快にしてやる事は出来んが、この状態であれば医療班に診て貰って何とかなるはずじゃ」
「そうですか……なら尚更立ち止まるわけにはいかないね」
二人が命を繋ぎ止めていた事に思わず胸を撫で下ろすが、ルインさんの言う通り予断を許さない状況なのは何一つ変わっていない。
双方被害が甚大の中でも戦争は続いているし、アリシア達の命が尽きるのも時間の問題。
何より、最大の驚異は俺達の目の前に立ちはだかったままだ。だがどの道、奴とは闘うつもりでいた。刃を向ける理由が増えただけ――。
俺達は瓦礫の
「ふん、貴様らを下し、反抗の芽を摘み取るまでだ。無論、力を失った皇族共もな」
「皇族……そういえば……!」
崩壊した本陣に目を向ければ、こちらの王たる皇族の姿が見当たらない。アリシア達の事を最優先に考えられないくらい余裕がなかった事もあって、意識から吹き飛んでいたが、由緒正しき皇族が討たれるという事も帝都陥落に匹敵する重篤事態。こちらの敗北条件の一つだった。
「皇族の方々はどうにか逃がした。犠牲は大きかったがな。護衛も付いているし、僕達がやる事は一刻も早くこの戦闘を終結させる事だ」
しかし、ジェノさんの言葉を訊いて少しばかりではあるが、心持が穏やかになった。
皇族と言っても最前線に立ちもせず、魔族の王であるマルコシアス相手に脱兎の如く逃げ去るなんて役に立たないと思わないでもないが、本来の王とはそういうものだ。寧ろ、マルコシアスや騎士団長の様にゴリゴリ攻めまくる
何より王が討ち取られてしまえば即敗北に等しいのだから、前線に出る前提が間違っている。どうしてたかが数名をここまで重要視するのかと言えば――王とは自軍の象徴であり、ある種の偶像――一言で表すのなら皆の心の支えに他ならないからだ。万が一皇族が討ち取られたなどと戦場に情報が駆け巡ったとすれば、帝都所属側の戦力は総崩れで機能不全を起こし、栄華の象徴を失った民衆も絶望する。そうなれば当然、冒険者側にも影響が出ないわけはなく、全てが折り重なってこちらの敗北――という状況は想像に難くない。
要は彼ら自体に大した能力が無くとも、生きているだけで意味がある。故に双方の勢力にとって超重要人物足りえるという事だ。
確か勇者の伴侶となった聖女は皇族の生まれだったと訊くが、今代の面々は平々凡々というか、あまり優れた王とは言い難いのも事実。これまでの帝都内情は定かじゃないが、護りの要である騎士団の腐敗と弱体化を許していた時点でたかが知れているだろう。尤も今代ではなく、長い時間をかけての腐敗だったのだろうが――。
「――そうですね。それなら少しは気兼ねなく戦えそうです」
だからこそ、はっきりした事が一つある。真に自らが望む未来を切り開く力を持っているのは、魔王の恐怖や王の威光なんかじゃない。
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