第257話 揺るぎない覚悟

 突きつけられたのは残酷すぎる真実。

 紫の瞳が揺れる。


「私は……」


 セラス・ウァレフォル。

 セリエル・ケリス・ヴァラファール。


 ファミリーネームまで含めた名前の響きは確かに似ている。これまでの状況を鑑みる限り、セラスが神話の大戦で名を轟かせた最上級魔族の直系子孫であるという可能性は非常に高いのだろう。

 というか、これまで一貫して相克魔族を使い潰す姿勢を示しているマルコシアスからすれば、この局面で荒唐無稽な嘘を並び立てる必要性など皆無。信憑性は高いと判断していいはずだ。


「真実を知って尚、我に刃を向けるつもりか? 最早貴様にその理由はないというのに?」

「なに、を……」

「アレは気に入らぬ女ではあったが、その力は本物だった。貴様にもその誇り高い血が流れている。他の者とは違う穢れ無き本物の魔族の血がな。ならば、貴様も在るべき場所に還るといい」

「在るべき、場所……?」


 意図的に隠され続けてきた真実。そこに正誤、善悪は関係ない。

 ただ、自らが周囲と違う異端の存在であるという事。

 それを周囲に秘匿され続けてきたという事。

 自分にとっての常識が丸ごとひっくり返されたようなものだ。周囲の全てが虚構であり、何も信じられなくなっても不思議じゃない。ましてや自分の意思すらも――。それがどれほどの衝撃であるのかを自分に置き換えた場合、想像するのもはばかられる。

 それこそ足元から世界が崩れ去っていくかの様な感覚を味わっているのだろう。


「貴様は他の紛い物共とは根本的に違う存在だ。そして、その身に流れるのは多くの人間を屠った魔族の英傑の血脈。故にその力は、真なる魔族・・の為に使うべきだろう?」


 本当の意味で“魔族”と定義出来るのは、この二人だけ。いつになく饒舌なマルコシアスの眼差しがセラスを射抜く。


「理由はどうあれ、貴様の祖先が人間と相対したのは事実。同時に貴様は出来損ないの木偶共とも刃を交えた。ならばこそ、双方に敵視される貴様が人間や紛い物を守ろうとするなどお門違いも良い所なのではないか?」


 お前の戦いに意味はない。

 実質的に魔族の生き残りであるお前を消すのは本意ではない。

 だから戻って来る事を許す。


 マルコシアスの言い分はこうだった。


「……っ!?」


 傲慢不遜極まりない言い分だが、セラスから反論の声は上がらない。いや、反論など出来るはずもない。

 もし全てが真実だというのなら、奴の言い分は筋が通ってしまうのだから――。


「諸国漫遊の旅はもう十分……英雄ごっこも堪能したはずだ。次にどうするべきか理解出来ているのだろう?」


 マルコシアスがセラスに向ける眼差しは敵意を宿していない。

 紫天が四散した槍斧ハルバードの穂先は、既に下に向けられている。


「さあ来い、セラス・ヴァラファール・・・・・・・。貴様は我と共に歩むに相応しい!」


 確かに筋が通っている。言い分は間違っていない。“魔族”としてのセラスを想うのなら間違いなく――。

 だが、それでも――。


「な……っ!? アーク!?」

「ほぉ、これはまた!」


 俺は双翅の加速を以てマルコシアスに肉薄。処刑鎌デスサイズから換装した長剣を振り下ろせば、深淵の大剣と鍔是り合わされる。


「貴様の相手なら後でしてやる。今は部外者の出る幕ではない」

「部外者か……確かに間違いじゃない。でも、それはアンタもだ」

「なんだと? 真なる魔族であるこの我が……」

「関係ないさ。本来のアンタは既に死んだ者で、この時代からすれば異端の存在。それに……これはセラス・・・の問題だ!」


 激情と義憤が俺の中を駆け巡る。錬鉄を溶かす程の灼熱が俺を突き動かす。


「確かにアンタの言う事も一理ある。だが、所詮はそれもお前の望み。セラス・ウァレフォル・・・・・・の意志が介在しない……ただの押し付けでしかない! 人間やアンタが紛い物と呼んだ連中がやろうとしていたのと同じ事だ!」

「人間風情が、知ったような口を叩くなッ!!」

「種族云々が関係あるものか!」


 “ミュルグレス”の腹で大剣を滑らせて勢いのままに剣戟を繰り出すが、今度は戦斧に阻まれる。奴とまともに打ち合う事はしない。巨大な戦斧の本質は叩いて壊すというもの。重量も軽く、打撃系の武器ではない長剣で正面からぶつかり合うには分が悪すぎる。

 先ほど以上に注意を払いながら攻撃を受け流し、双翅の推進力で僅かに浮遊して回避。そのまま旋回しながら懐に入って剣戟を叩きつけようとするが、一瞬の内に引き戻された大剣に受け止められる。


「魔族の箱入り娘が自らの意志で出奔し、同胞と刃を交えてまで戦争を止めようと尽力するようになった。人間と相克魔族、双方の為に……。他の相克魔族達やお前からすれば、全く予想外の出来事だったはずだ! なら、それこそがセラスが自ら導き出した覚悟こたえ! セラスの意志に他ならないはずだ! 誰に植え付けられたわけでもないセラスだけのな!」


 目を見開いて驚愕を露わにしているセラスに聞こえるように叫びを上げる。

 俺を突き動かす灼熱――それはセラスの精神性や想いを否定し、彼女の立場や血筋、才能のみを自らの欲に利用しようとする者達への怒り。それはある種、無職ノージョブだった俺の真逆、いや似て非なるもの。


「セラス本人が自分の意志でお前に降ると選択したなら、それはどうしようもないだろう。だが、セラスの想いを踏みにじって、強制的に従わなければならない環境を押し付けようとするお前のやり方を許すわけにはいかない!」


 だから俺は、これほどまでに奴への怒りを覚えているのだろう。


「いや、それだけじゃない。俺達に想いを託した者や倒れていった者達……ルインさんがこの闘いにかける想いも……紛れもない本物の覚悟だ! そして、俺の旅路も……決してどうでもいい通過点なんかじゃない!」


 マルコシアスの一言で否定されたのは、ルインさんやセラスの想いだけじゃない。

 これまでの俺の旅路やそれを支えてくれた人、刃を向け合った者達――。この闘いに参加した者や現代いまを生きる生命いのち有る者達――奴はそんな全てを否定した。そして、自らこそが至高であり、他は無価値であると嘲笑しながら何もかもを意のままに滅ぼそうとしている。


「皆が抱いた覚悟だけは絶対に否定させない! 例え誰であろうとも!」


 例え神話の英傑が相手であっても、そんな滅びを認めるわけにはいかない。それだけは絶対に許してはいけない。

 だからこそ、俺は奴の独善エゴを否定する。

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