第256話 真実の血《Truth Blood》

 槍斧ハルバードと戦斧が交錯。戦場に破砕音を響かせる。


「何を……言っているッ!?」


 距離が空いている俺ですら、どこか言いようのない違和感を覚えた。ならば接近戦を演じているセラスがそれに気づかないはずがない。激情に駆られるセラスの表情には、これまでに見られなかった困惑が入り混じっていた。


「セリエル・ケリス・ヴァラファール――この名に聞き覚えはあるか?」

「何の話だ!? そんな世迷言で私の気を反らそうなどと……!」

「嘆かわしい話だ。いや、やはりというべきか……」


 対するマルコシアスは眉をひそめるセラスを他所に、どこか憐憫交じりの声音で呟いた。やはりこれまでの奴とは、どこか様子が違う。


「彼の時代、我と共に四天将の一柱を謳われ、先代魔王の左腕と称された女傑。それが奴だ」

「だからそれが何だというのだ!? 今更昔話など、何の意味もないというのに!」


 セラスの口調が苛立ちを帯びる。あれほど凄惨な真実を堂々と明かされた挙句、更に知った風な口ぶりをされれば、神経を逆撫でされるのは当然だろう。

 だが、マルコシアスの紡ぐ言葉は俺達の想定の遥か上を超えていく。


「ほう、お前が奴の血を引く純血の子・・・・であると知ってもか?」

「何、を……!?」


 セラスの攻め手が緩まり、マルコシアスは戦斧を斬り払う反動で二人の女戦士から距離を取った。

 瓦礫の上に立つマルコシアスは神妙な面持ち浮かべ、視線を向けられたセラスは動揺を隠しきれないでいる。最前線のルインさんや援護に徹していた二人も程度の差こそあれ、同様。無論、俺も――。


「己の存在理由と価値も知らぬとは嘆かわしい事だ。生存の為に数を減らした魔族勢力が散り散りとなり、血脈や伝承が半端に途絶えてしまったが故の弊害……否、魔族勢力最高幹部である奴の系譜を守る為に名を変えた・・・・・事が原因なのだろうな」

「敵の言葉を信じるとでも……!」

「貴様の髪や出で立ち、何より大局を見透かすかの様な忌々しい瞳――一目見た時からまさかと思っていたが……」

「黙れっ! これ以上、世迷言を叩けぬようにまずはその口を塞いでやる!」


 世界の命運をかけた戦闘の最中、理解出来ない事をつらつらと述べられて憐れまれるなど屈辱以外の何物でもない。

 俺達もまた、全てマルコシアスの掌の上で動かされているかの様な感覚を味合わされている。当然話の中心で最前線に居るセラスも例外ではなく、槍斧ハルバードの穂先に魔力を収束させていくが――。


「ふっ、現状の相克魔族上役共が貴様の血筋に・・・・・・ついて知っている・・・・・・・・のだとしても、我の言葉を一蹴しようというのか?」

「な、ん……だと?」


 セラスの目が驚愕に見開かれ、穂先に集った魔力が四散する。


「上質な暮らしと自己鍛錬の為の洗練された環境――有象無象の紛い物共が貴様だけを特別扱いしていた事を疑問に思わなかったのか? 他でもない貴様だけを……」

「それ、は……」

「尤も血筋故か要らぬ知識を吸収し、予想を超えて成熟してしまったのは奴らにとっても計算外だったようだが」

「他の者……? 計算外……?」

傀儡くぐつとするには、貴様は少々賢過ぎたという事だ」


 あのセラスが戦闘中に魔力制御が疎かにするなどありえない。それはきっと致命的な心の乱れ。離れている俺にもセラスの動揺が伝わって来るほどだ。

 少しずつ事実が明かされる中、マルコシアスが言わんとしている内容が俺の脳裏で組み上がっていく。


「セラスを傀儡くぐつに……立場の重要性……まさか……ッ!?」


 勢力が回復し、戦力的にも充実しつつあった魔族内には、元から人間を廃したいと思っている開戦派が存在していた。それは当時のトップであった非戦派に付き従わなかった者が多数いる事からも明らかであり、それ自体にマルコシアスの有無は関係ない。あくまで奴の存在は、相克魔族間での対立を急速に煽っただけだ。

 そんな魔族状況において、セラスは唯一の純血魔族――それも彼らから見て英雄の血を引く直系の子孫ともなれば、彼女の重要性や置かれるであろう立場は容易に想像がつく。


「つまりは戦争を起こしたい連中も、そうでない連中も、セラスを旗頭に魔族内での権力を掌握しようとしていたという事か……!? どいつもこいつも腐ってるぜ!」


 何故マルコシアスに目をかけられる程までにセラスが重要視されているかと言えば、話題の焦点になっている彼女の血筋が要因だろう。

 セラスが成長すれば、必然的に彼女は魔族勢力のトップに祭り上げられる。もし魔族の女帝となった彼女が人間を討ち滅ぼすと命じれば、相克魔族勢力としての基本指針は人類殲滅へと向き、開戦派が主流となるのは当然。

 しかし、相克魔族のトップであった当時の族長や副族長メイズに関しては、間違いなく非戦派だ。では、彼らを出し抜き、他の魔族達が自分の思う通りに闘争へ行動指針を向けるにはどうするか――それこそが全ての答え。

 物知らぬ少女を洗脳――自らの思想に染め、傀儡くぐつとして自陣のトップに据える。それが開戦派の狙い。人間も魔族も所詮は、その程度――汚い大人の理屈だ。


 だが、逆も然りだろう。非戦派とてセラスの立場を利用し、彼女を囲い込んで自陣を盤石のものとする意図が少なからずあった事は恐らく間違いないはずだ。

 つまりセラス・ウァレフォルは、魔族内の権力闘争における最重要人物。政略の道具とされていたという事。故に双方の勢力にとって重要な存在であるセラスは、複雑な状況下の中で図らずも大切に育てられたわけだ。尤も神話の英雄足るマルコシアスの存在によって、その大きく勢力図は変わってしまった。それでも尚、彼女の重要性は高い。それが今の状況に繋がっている。

 一応ではあるが、メイズや彼に付き従っていた面々からは下賤な感情を一切感じなかった為、少なからず彼女個人を守ろうとしたが故の行動だと信じたい。いや、そうでなければ、あまりにもセラスが救われない。


 唯一の純血であるのにも拘らず、魔族を裏切った者。

 結果、自分達の計画をぶち壊した張本人。

 更には英雄――マルコシアスから一目置かれている存在。


 今にして思えばダリア達からセラスへ向けられた敵愾心は、元仲間に対してとは思えない程に狂暴過ぎた。だが、良くも悪くも敵を作りやすい環境があった上で、これまでのセラスの行動と考えれば、状況は分からないでもない。

 何より魔族である事に誇りを持ち、人間を憎んでいた彼ら彼女たちなりの義憤があったという事なのだろう。

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