第255話 凄惨な真実

 槍斧ハルバードと戦斧が交錯。その余波を受け、戦場から少し離れた場所で辛うじて形を保っていた時計台が崩落した。しかし、そんなものなどお構いなしとばかりに紫天の連続斬りが繰り出されていく。


「あの下僕達の覚悟……だと? そんなものこそ、我にとっては取るに足らぬ事よ。所詮は紛い物――魔族の血を穢した者どもなど、本来存在する価値もないのだからなァ! 寧ろあのような倦怠の中で、高貴な魔族の血を腐らせ続けてきた愚か者達に道を示してやったのだ。感謝こそされ、非難されるなど筋違いも良い所だな!!」

「な……貴様ァッッ!!!!」


 またも紡がれるマルコシアスの言葉を受け、セラスが激昂。剣戟が激烈さを増す。


「過去の亡霊でしかない貴様が、我らの在り方を語るなど……!」

「牙を失った木偶共に何の価値がある!? 否、誇り高い魔族の血を受け継ぐ者が人間風情に気をやり、影に生きるなど許されるはずがないだろう!?」

「そんな傲慢! 結果、人間も魔族も……何もかも滅ぼうとしているのだぞ!?」

「だから言っただろう? それがどうした・・・・・・・、とな!」

「ッッ! ぐ、っ!?!?」


 人間よりも相克魔族が優れている部分も存在する。

 人間が相克魔族よりも優れている部分も存在する。


 故に互いの尊厳を尊重し、決められた領分の中で生を謳歌する。それが相克魔族に伝わっている彼らの在り方。勢力を取り戻すのに多大な時間を要する中で得た生き残るための術――結果としてそれが、力有る者の責任と矜持ノブレスオブリージュとも言うべき誇りとして根付いたのだろう。

 今回の戦争で開戦に手を貸した面々の様に少なからず憤りを感じていた者もいたようだが、相克魔族の在り方はそんな彼らに対しての抑止としても作用していたはずだ。

 だがマルコシアスは、そんな彼らの在り方――いや、相克魔族という存在そのものを全否定し、虫けら同然弄んで切り捨てるとのたまった。それもマルコシアスを慕い、奴の覇道に命を懸けた者達まで、その中に含まれている。相克魔族側からすれば、培ってきた歴史や誇りを踏みにじられる事に他ならない。


「貴様らだけが悪いとは言わん! 魔族の名のもとに命を懸けて神話の時代を駆け抜けた貴様らをの誇り否定するつもりもない。ましてや我ら相克魔族を迫害し、滅ぼそうとした人間を許すつもりもなど毛頭ない! だが……今になって貴様が言う台詞かッ!?」


 自らの為に他者を足蹴にする。臣下の命すらも駒として扱う。それ自体は、王の在り方として間違っていない部分もあるだろう。仮にも名家の一員だった俺としても、全く心当たりがないわけじゃない。だが、忠義を果たそうとした者達への敬意や憐憫の感情が王の側に微塵もないとすれば、それはどれほど残酷な事なのだろうか。

 しかも“相克魔族”という存在、歴史、思想――全てが紛い物であり、無価値であり、存在価値すらないのだと彼らにとって英傑の一人であるマルコシアスに断言されてしまった。セラスからすれば、これまでの人生や自分という一個人を相克魔族の名ごと否定されたも同じ事。ルインさんが感じた義憤や怒りと非常に近い部分があるのだろう。

 マルコシアスの号令によって相克魔族間の争いが勃発。復讐と粛清を錦の御旗とした争いによって多くの仲間や恩師を喪い、セラス自身も命を落としかけた。更に状況は進み、今度はそんな同胞達が新たな悲劇を生み出し続けている。

 その上で、さも当然の様に凄惨な真実を叩きつけられたセラスの憤りは、一体どれほどの――。


「貴様の為に散った多くの命があった。命を懸けて貴様の覇道に付き従った者達がいた。他の何者がどんな理屈を並べ立てて彼らを非難しようとも……例え彼らの道が間違いなのだとしても! 貴様は……貴様だけは、奴らの覚悟を否定していい道理など……あっていいはずがないッ!!!!!!」


 セラスの魂の叫びが戦場に響く。

 彼女と敵対した魔族達がどんな関係性でこれまでどうやって過ごして来たのかという事に関して、俺達は詳しい事を知らない。だが、セラスにとってアドアやダリア達は間違いなく同胞であり、どんな形であれ同志で仲間だったはずだ。


 人間の味方ではない。

 魔族の領分を逸脱した者達と敵対したいわけでもない。


 両勢力の狭間に立たされたセラスの立ち位置は非常に複雑なものであり、その事に関して彼女はずっと葛藤し続けてきたはずだ。

 そんな中で相克魔族という概念だけではなく、自分の人生を投げ打った者達すらも否定されるなど、あまりにも彼らが報われない。セラスの心中を渦巻く感情は、悲しみや屈辱――などという言葉では片づけきれない筆舌に尽くし難いものがあるはずだ。

 故に彼女の刃には、途方もない慟哭と憤怒が乗せられているのだろう。


「そんな事が、赦されてたまるものかッ!!」

「ほう……良い気迫だ!」


 右手の大剣でルインさんを左腕の戦斧でセラスを捌くマルコシアスだったが、舞い散る紫天の燐光フレアに目を細める。傲慢不遜を地で行く奴の表情に、漸く本当の驚きが混じった瞬間だった。


「流石に血は争えんというわけか」


 だがその驚きは、本当にセラスの猛攻に対してのものだったのだろうか。セラスを見る奴の眼差しは、彼女でない別の何か・・・・に向けられているようにも感じられた。

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