第254話 残酷な真実

 これまでの俺達はマルコシアス打倒を目的に掲げて戦ってきたわけだが、その実奴に対しての情報は殆ど知りえていない。こちらが掴んでいる情報と言えば、他の魔族と同様に闇の魔法を行使するという事、戦斧と大剣を主兵装としているという前回の戦闘で見たそのままのものでしかない。

 その上で特筆事項を挙げるとすれば、あの巨大な大剣は奴が最も信頼している武器である事と戦闘スタイルもそれに追随する事ぐらいだ。尤もこの戦争内で存在が判明した“古代魔法エンシェント・オリジン”まで加味すれば、安易にそれを信じるのは危険すぎるわけではあるが――。

 ただ一つ言えるのは、今の奴は戯れと称した前回とは違って明確に俺達を殺すつもりで戦いに臨んでいるという事だろう。既に剣を抜いているのがその証拠。その脅威度合いは最早考察する必要もないが、逆に考えれば俺達と奴とで、正面から“闘い”が成立しているという事でもある。

 つまりはここが最後の鍔際。相手の力がどれほど強大であろうとも、俺達が退く道理はない。


「援護します! 連携を!」


 双翅の加速を以てマルコシアスに肉薄。

 “絶・黒天新月斬”――処刑鎌デスサイズの一振りと共に黒閃を叩き込む。


「余程力を蓄えたのか、良き太刀ではないか。以前とは雲泥の差だ」

「その割には余裕そうだが!」

「当然だ。俗事如きに真剣ほんきになるわけもなかろう? ましてや矮小な童如きになどあり得ぬわ!」


 処刑鎌デスサイズと大剣が交錯。炸裂音と共に四散する魔力が衝撃波となって周囲を駆け巡る。


「ぐっ……!?」


 撃裂轟閃。

 凄まじい力を内包している大剣を処刑鎌デスサイズの刀身を滑らせるようにして受け流し、背後に跳びながら距離を取る。いや、取らざるを得なかったというのが正しいだろう。


 身体強化を施した自らの脚力での加速。

 双翅を用いての二次加速。

 処刑鎌デスサイズ基部から魔力を放出しての三次加速。


 ある種、俺の十八番とも言える高速機動からの加速斬撃を以てしても奴の出力がそれを上回っていた。だからこそ、自らの意志で跳ね返ったわけだ。というよりも、咄嗟に間合いを空けなければ、今頃俺の胴体は武器ごと真っ二つ斬り裂かれていた。


「俗事……貴方にとってこの戦いは遊びだとでもいうつもり!? 人間と魔族の戦いで一体どれだけの犠牲が出たと思ってるの!?」

「こちらも……中々研ぎ澄まされた太刀ではないか」

「質問に……答えてッ!!」


 今度は金色の戦姫が距離を取った俺と入れ替わる形でマルコシアスに肉薄。攻撃の終わり際を狙って斬撃を繰り出していく。


「貴方が魔族達を扇動しなければ、こんな戦いが起こる事はなかった! ううん、それ以前に二つの種族の境界線は保たれたままだったはず! その所為で多くの街が……人々が戦火に晒され……私の仲間達は……家族はッ!!!!」


 全身に燐光フレアを纏ったルインさんによる怒涛の連撃。紡がれるのは、血を吐く様な叫び。

 力及ばず倒れたポラリスでの戦いから――いや、それ以前からずっと溜め込んで来たであろう怒りと慟哭――。

 これまでのルインさんは、そんな筆舌しがたい悲しみを自らが前に進む為の糧とし、滾々こんこんと牙を研ぎ続けて来たのだろう。そんな日々の中、彼女が研ぎ続けてきた牙は今や大陸最強の領域に至る程、切れ味を増して巨大な刃に成長した。

 そして漸く目の前に現れた元凶の喉元へと、その牙を突き立てようとしている。俺達も意図せず単独先行ワントップとなったルインさんを援護するが、そんな彼女の問いに対する返答に受けて戦場全域に激震が走る。


「ふっ……こんな戦いは所詮通過点。我からすれば、全て取るに足らない俗事に過ぎん。それがどうかしたのか?」

「な、ぁ……っ!?」


 さも当然であるかの様に眉一つ動かさず紡がれた言葉。それはこれまでの俺達の歩みを全否定するにも等しい内容であり、この戦争を根幹から揺るがしかねない衝撃的なものだった。


 人間と魔族が互いを憎み、滅ぼし合う構図。

 今も続く戦争。

 凄惨たり得る地獄のような現状だが、この状況を引き起こした張本人であるマルコシアスに言わせれば、これまでの魔族の動向全てが“どうでもいいただの通過点でしかない”という事。


 一体この戦争にどれほどの者が命を懸けたのだろう。

 一体この戦争でどれ程の命が喪われたのだろう。


 覚悟と信念を持って刃を交えた者。

 俺達の進む道を命懸けで作ってくれた者。


 マルコシアスの言葉は、そんな彼らすらも否定するものだ。俺は自らの心の内に激情の炎が燃え上がるのを感じた。


「貴方は……貴方だけはッ!!」


 それを訊いたルインさんも激昂。連続で繰り出される斬撃は、雷轟乱舞と称して差し支えないほどに激しさを増す。刃に宿る感情は、これまでの彼女からは考えつかない程の途方もない怒りと憤り――。

 だが、ルインさんが憤るのも当然だろう。いや、魔族の襲撃によって全てを喪った彼女だから、というべきか――。

 元々からして魔族勢力の動きが活発になった要因はマルコシアスにある。この戦争や命を懸けて闘っている者達すらも俗事、俗物なのだというのなら、それ以前の魔族達の行動も同様となってしまう。つまりルインさんは、“取るに足らない俗事”とやらで家族や友人知人、生まれ育った街の全てを焼かれて失ったという事を元凶足る張本人に突き付けられたわけだ。

 己の人生と大切な人達を最低の形で踏み躙られて怒りを覚えないわけがない。これを屈辱と言わずして何という。

 雷轟瞬く刃が闇の大剣と激突した。


 そして、ルインさんに負けず劣らず激情に駆られたのは、もう一人――。


「どうでもいい事、通過点……? ふざけるなッ!! 貴様だけはッ!!」


 セラスは大地を蹴り割る程の勢いで踏み込み、一気に加速。紫天の燐光フレアを舞い散らせながら、マルコシアスに向けて突貫した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る