第253話 魔王再び

「お主らは……」

「ほう、あの包囲網を抜けて来たか!」


 俺達が戦場に姿を現した事で、戦域の面々の意識がこちらに向けられる。

 僅かな驚愕と歓喜――戦闘を繰り広げている面々の表情こそ千差万別だが、恐らく内包している感情はほぼ同種。強いて言うのなら、マルコシアスには相克魔族に対しての落胆が見て取れるといった所か。

 しかし、今は四の五の言っている場合じゃない。この戦場において俺達の力を最大限発揮するにはどうするべきかと状況を分析、思考を巡らせようとするが、予想以上に深刻な現状を受けて言葉を失ってしまう。


「これは……」


 ジェノさんは“原初魔法ゼロ・オリジン”を発動中。同様に騎士団長も疑似“原初魔法ゼロ・オリジン”と言うべき形態を執っている。

 そんな二人と相対するマルコシアス。


 この戦場を大まかに表すとすれば、こういう構図となるのだろう。だが、状況はそう簡単なものじゃない。


「この荒れ果て様……くそっ!?」


 皇族含め高貴な者達が過ごす最上級エリアは戦禍の影響で荒れ果て、中央で何か巨大な力の発現が起こったかの様に一帯全てが吹き飛んで空白地帯となっている。そこに立つのは、歴戦の戦士のみ。

 俺達が乗り越えてきた鋭利で巨大な瓦礫の正体は、戦闘の余波を受けて中央から押し出される形で広範囲へ散らされた建造物や地面の破片だったのだろう。帝都の中でも栄華を極めていたであろう区画が、それはもう惨憺さんたんたる光景へと変わり果てている。

 何より目を引くのは、見覚えのある上役や上級狂化モンスター達の骸が無残にも転がっている様。躯体が保てない程に損傷している彼らの亡骸は、魔力除けの保護処置が成された帝都そのものを破砕し尽くす規模で繰り広げられている戦闘の激しさを物語っていた。


「ジェノさん!」

「援護に来てくれたのはありがたいが……! ぐっ!?」


 凄まじい重圧を放つ巨大な剣と焔聖ノ剣が激突。鍔是る剣の間から波動の様に余波が飛び、周囲一帯に破壊の息吹を撒き散らす。

 マルコシアスが上段から振り下ろした闇の大剣――それはまるで光が喰われた大空がそのまま落ちて来たのかと錯覚させられる強靭な一撃。“原初魔法ゼロ・オリジン”で出力が大幅に増したジェノさんですら鍔是るのがやっと――いや、少しずつではあるが圧され始めている。

 剣戟の交錯――強大な出力同士が激突した事によって、帝都が、この世界そのものが悲鳴を上げているかの様だった。


「ふははっ! これはまた、役者が勢揃いではないか!」

「この状況で減らぬ口じゃのぉ!」

「はっ! 我がこの程度で動じる訳も無かろう!」


 今度は騎士団長がジェノさんの逆サイドから突っ込み、援護するかの様に大剣を振り抜いた。しかし、焔聖と鍔迫り合いをしている剣を片手に持ち替え、もう片方の腕で虚空を掴む。出現したのは、俺にとっても苦い記憶を呼び覚ます戦斧。巨大な刀身に底知れぬ闇を纏って振り下ろされる。


「老いぼれとは思えぬ動きだが!」

「ぐ、おっ!?」


 とても刃物同士とは思えない破砕音を響かせながら、二人の武器がぶつかり合う。再び撒き散らされるのは破壊の波動。強大な力同士の競り合いを受け、俺達は思わず踏鞴たたらを踏んだ。


「やはり見どころのある者達だ。彼の時代においても、貴様ら程の使い手はそうそうお目にかかれるものではない。俗事としては、中々の獲物ではないか!」


 恐らくはその躊躇が功を奏したのだろう。


「だが、所詮は俗事……我が覇道の敵ではない!!」


 魔を宿した得物が振り下ろされて地を砕く。その瞬間、二つの斬撃に込められた魔力が破壊の激流となって俺達の眼前を駆け抜ける。


「――ッッ!?」


 目の前で煌めく闇の深淵。

 攻撃の域を超えた超斬撃。


 光と衝撃が収まった後、俺達の前には底が見えないほど深く、地平線の彼方まで続く二つの地割れが出来上がっていた。

 大海を裂くかのような斬撃。まさか斬撃の進路上にいた二人は巻き込まれて――。


「ほう、今のを躱すか……」

「ギリギリだったがな」

「全く、年寄りには少々ハードじゃのう」


 破砕され尽くした地面の上――黒煙の中に佇むジェノさんと騎士団長。外から見る限りは五体満足であり、無事な姿を視認出来た事で思わず胸を撫で下ろす。

 ほぼ零距離である鍔迫り合いの姿勢で放たれた斬撃だったが、刃を受け流して直撃を回避。細かい破片や余波は、全身の燐光フレアで消し飛ばしたといった所か。どんな方法で回避したにせよ、素晴らしい反応、判断だと感嘆の念を抱かざるを得ない。

 無論、二人が倒れるという最悪の状況が避けられたというだけで、問題自体は何一つ解決していないわけだが――。


「ちっ、滅茶苦茶やってくれるな」

「化け物だな……本当に!」


 一刀一斧――本来ありえない組み合わせの超重量級武器をそれぞれ片手で振り回す膂力には、驚愕を通り越して軽く呆れすら抱いてしまう。まるで息をする様に放たれた超斬撃に対しても同様。

 以前ファヴニールを戦略級だと例えたが、恐らく現状・・のマルコシアスも優にその域に至っている。初見の剣戟の応酬は、一個人が持ち得るには強大すぎる戦闘能力をまざまざと見せつけられる結果となった。

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