第252話 全てを背負う覚悟

「臆病者がよく動くじゃねぇか!」

「貴様こそ、デカい図体の割に姑息な手を使うのは相変わらずのようだな!」

「はっ! 言ってろ!」


 姿を見せたのは巨漢の魔族――ニエンテ。その近辺には飢えた狂化モンスター達と数名の相克魔族。

 恐らく奴らは俺達の視覚外から建造物を打ち壊し、魔法攻撃に物質的質量を加えた一撃を放ってこちらの連携を遮断。その後に魔族、狂化モンスター間の連携で俺達を一気に殲滅するというシナリオの元、その機会が来るのを虎視眈々と待ち構えていたのだろう。

 そして、事前に察知したメイズが奴らの不意打ちを防いでくれたといった状況だ。


「副族長!」

「私達に構わずお前達は前に進め! それ以外の者は散開して対処に当たるんだ!」


 セラスが鍔是り合うメイズを援護しようと武器を執るが、即断で返って来たのは拒否の言葉。一瞬硬直するセラスを置き去りにする様に、メイズに従っていた魔族達も各所に散らばり、他の魔族や狂化モンスターと戦闘を開始していく。


「闘争の終局を願うものなくば、この世界は終わりだ! だからこそ、皆がお前達に想いを託した! 我らの想いも……願いも……全てを託す!! 立ち止まるな! 前に進めッ!!」


 戦場に響くメイズの叫び。それは命を懸けた願い。これまでの皆と同様に、俺達の背中を押す為の言葉。

 対する答えなど、決まり切っている。


「了解しました。ご武運を!」


 セラスはさっきまでのセルケさんやクリーク達に対して俺達が返答した様に、闘っているメイズや同胞達へ言葉を紡ぎ、迷うことなく踵を返す。この戦域を離脱するべく隣を走る彼女は、どこか吹っ切れた様な表情を浮かべていた。



 再び戦場を疾駆する俺達――。

 先ほどのニエンテ達が魔族側の最終防衛ラインだったのか、敵対勢力と遭遇する事なく荒れ果てた帝都を直走る。


「――二人共、構えろ。状況は予想よりも悪そうだ」


 そんな中で計算外だったのは、俺達が最終決戦を想定していた本陣――アヴァルディア宮殿よりもかなり手前――巨大な瓦礫が山のように積み重なって視界が遮られている向こう側で、凄まじい密度の魔力同士が何度もぶつかり合っているという事。

 ここまでですら命が幾つあっても足りない激戦の連続だった。だが、今から俺達が挑もうとしているのは、恐らくこれまで以上に困難を極めるであろう闘い。それこそ、以前マルコシアスと刃を交えたポラリスでの戦いとは、全く別次元の領域に突入する事だろう。

 でも、俺達も奴の前で力尽きたあの頃とは比べ物にならないほど強くなった。多分、力も心も――。


 実際あの頃の俺は、自分の誓いが刷り込みに近い強迫観念であった事すらも理解していなかった。そんな不安定な想いを自らの誓いと定めてそれに縋り付き、心のどこかで自己の破滅を願いながら狂気的に前に進み続けるだけの生きる骸だった。

 だが、今の俺は違う。自らの生きる理由を確かなものにして闘う為の覚悟を決めた。


 呪いの盟約の果て、隣歩く事を誓った人。

 数多くの出逢いを経て、護りたいと思った人達。

 ここまで歩んで来た中で背負った命懸けの想い。

 俺がこの手で廃してきた者達の命と覚悟。


 これはもう俺一人の戦いじゃない。それが分かっているからこそ、俺はまだ折れずに武器を執っている。

 今の俺が完全な人間だなんて思ったことは一度もないし、最強無敵なんて概念には程遠い。それこそ、ただの一人の弱者でしかない。それでも、自分自身の事で手一杯で周りが見えていなかったあの頃とは比べ物にならない領域へ至ったはずだ。


 これまでの戦いや努力は、俺の旅路は全て今日この時の為――。


「大丈夫、覚悟の上だよ。私はこの為に戦って来たんだから……」

「ああ、全ての決着を付けよう。でなければ、ここまで送り出してくれた者達に申し訳が立たん」


 隣を疾駆する二人も頼もしい言葉で返してくれた。二人の眼差しに宿るのは、出逢った頃とは別次元の光を帯びた眼差し。

 それはつまり、皆がそれぞれの覚悟を抱いて前に進んで来たという事。強くなったのは俺一人じゃない。

 俺は一人じゃない。


「さあ、行こう」


 そして、戦場を疾駆する俺達は、煌びやかな装飾が煤で汚れた街並みを抜け、眼前にそびえる巨大な瓦礫を飛び越えた。

 その先に広がるのは、今も死闘が繰り広げられ続けている光景。


 俺達はいよいよを以て、真に闘うべき相手と相対する事となった。

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