第251話 憎しみの向かう先
戦火から逃れた俺達は、再び地獄の様相を呈している戦場を疾駆する。そんな俺達の間に会話など皆無であり、纏う空気はこれ以上ないくらい陰鬱。葬列もかくやという重厚感に溢れていた。
しかし、メイズの口から突いて出た言葉によって、そんな雰囲気が断ち切られる。
「――我々は少しばかり人間という存在を見誤っていたのかもしれん」
「副族長?」
「さっきの者達を見て、そう思わされたよ」
首を傾げるセラスや他の面々とは裏腹にメイズは饒舌だった。
「人間とは浅ましく弱く、数の多さだけが取り柄で不完全な生命。その事に関しては私も紛うことなき事実だと思っていたし、今も否定するつもりはない。それでも自らの命を懸けて強大な敵に立ち向かっていく彼らの誇り高さは尊敬に値するものだったと言えるだろう」
いくら緊急で同盟を結んだとはいえ、セラスが信頼を置いてくれているであろう俺達に対して、という所が決めての要因として大きかったはずだ。それにも拘らず、メイズは見ず知らずの人間相手に自分達の戦力を犠牲にするほどの肩入れをした。
そんなメイズに驚いたのはあまりに記憶に新しいが、その選択を決断させた原動力は彼の胸の内に湧き上がった想いからなのだろう。
「そういった一面は確かにあるかもしれません。実際、御話で訊いていた人間という存在と実物の差異は確かに大きかった。良くも悪くも……ですが」
「ふっ、セラスが言うと随分と説得力があるな」
二人の魔族は複雑そうな表情を浮かべ、俺とルインさんに視線を向けて来る。セラス達の双眸に宿る想いの内を窺い知る事は出来ないが、俺達と接していく内に魔族が抱いていた人間という種族に対する不変的だった認識が変化したと理解して良いのだろうか。
どう答えたものかと俺とルインさんは顔を見合わせるが、こそばゆさこそあれ嫌悪すべき感情は湧き上がって来ない。
「――人間の事を少しは信用する気になってくれたなら嬉しいが、それはこっちも同じだ。マルコシアス達とセラスという両極端しか知らなかった俺達にとって、貴方達や今回戦った魔族と交わした言葉は自分自身の認識を大きく変えるものだった」
「うん、魔族にも色んな考えを持っている人が居て、皆必死に生きている。そういう事を教えてくれたのは貴方達だったね」
人間と相克魔族――異邦人同士の交流は互いに意図したものではなかったはずだ。しかし、結果的に双方の意識が大きく変革したのは事実。多少複雑な面もあるが、寧ろ喜ばしい感情の方が大きかった。
そもそも今にして思えば、ルインさんが“魔族”であるセラスを受け入れたのは驚くべき事だろう。彼女の過去を鑑みれば、魔族という存在そのものに拒絶感を覚えてセラスの言葉や心境に耳を傾けようなどとは思わないのが自然だ。寧ろ、以前のボルカ・モナータの様に積極的に排除しようとしても何ら不思議じゃない。それなのに今や二人は戦場で背中を預け合う程に互いを信頼し合っている。
術者間の連携が高次元にまとまっていなければ発動しない“
だが、ルインさんが復讐心を忘れたというわけではない。それは彼女の近くにいた俺だからこそ断言出来る。では、なぜ彼女は魔族という存在そのものを拒絶しなかったのか。
それは彼女自身が凄惨な過去の呪縛を乗り越えつつあるから――という事なのだろう。
怒りと悲しみに駆られて刃を向けるのではなく、自らの意志で戦うべき相手を見定める。それは視野の狭い
以前までの虚無と慟哭の中で藻掻き苦しんでいた俺がそうだったように――。
「賞賛すべき人間もいるが、救いようのない人間もいる。そんな中で奮起して変わっていける者もいれば、心を閉ざしてしまう者もいる。それは魔族だって同じ……きっと、そういう事なんだろうな」
人間も魔族もピンからキリまで様々な者がいる。
それこそ騎士団長やマルコシアスの様に他者を統べる資質と能力を備え、後世の歴史に名を刻むであろう者から、平々凡々で取るに足らない一般市民まで本当に様々だ。
だからこそ、安易に相手を信用するという行為は、大きな危険を伴うのだろう。しかし、一部の極端な例だけを見て善悪を判断するのも、同様の危うさを孕んでいるのかもしれない。
誰にだって言い分がある。行動する理由が――生きる理由があるはずだ。ならば、自らと出会った小人数を全体像と捉えて他を全否定してしまうのは、そうではない他の誰かを廃するという事ではないのか。
もし敵と捉えている中に自分と同じ思想を抱いている者が居たとして――刃を向け合うのではなく、対話を試みれば戦う事なく分かり合える可能性があるのではないか。俺達とセラスがそうだった様に、クリーク達とメイズがそうだった様に――。
互いを貶し合い、滅ぼし合うのではなく、対話の輪を広げていく事が平和への一歩に繋がっていく――俺はそんな可能性を信じたい。
無論、自分の想い込みと身勝手な正義感――自己保身の弱さが故に、その輪を広げていくという事が困難を極めるのは言うまでもない。そして、理屈ではどうにもならない相手がいるというのも事実だ。だからこそ、俺達はこうして今も武器を執って戦っている。
アドアを始めとした倒れていった魔族や、俺達の存在を受けて損害を被った者、これから先の未来で刃を向け合う事になるだろう者達――そんな彼らの想いを踏み躙ってまで自分の意志を押し通すのだから、俺達も痛みや苦しみを背負って当然。無傷で進めるなんて端から思っていない。
故に彼らの存在を忘れてはならない。そして、俺達に想いを託した者がいるという事も同様だ。そんな彼らの存在を胸に刻み込んで前に進み続ける。それこそが、これからの俺達に求められるものなのだろう。
俺達が忘れてしまった時、俺達が歩みを止めてしまった時――彼らの存在が本当に無に帰してしまうのだから――。
「ふっ……良い
「何を……」
そんなやり取りで少しばかり空気が弛緩した時、おもむろにメイズが言葉を紡ぐ。だが、戸惑う俺達を抜き去る様にメイズが先行して
真っ二つに裂ける大き目の家屋。散開する影――。
最後まで残っていたのは巨大な人型。メイズの
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