第250話 背負って征くのは、命懸けの想い

「な……アンタ達は……!?」

「おうおうおう! 何か随分久々に会った気がすんなァ! ガキ共!」


 戦域に姿を現したのは、俺達とも面識のあるクリーク・アロエを先頭とする三群の部隊。

 主戦力を城壁外へ、それ以外を街へと配置したこちらの陣形を鑑みれば、三群である彼らがここに居る事自体はそれほど驚くべき事じゃない。彼らが生き残っていたのを喜ぶべきか、場違いな戦場に乗り込んで来てしまった事を呆れるべきか――。


「何という能天気なのだ!」

「こっちはシリアス真っ盛りなんだけどなぁ……」


 味方と合流出来たというのに、女性陣も冷めた目を向けている。まあ、さっきまでの緊迫感溢れる空気を一変させてしまったのだから、その気持ち自体は分からないでもない。何なら魔族側すらも微妙な表情を浮かべながら攻撃に対処していた。

 しかし、黒煙が晴れて完全に三群連中の姿が露になった事で、そんな浮ついた空気は消し飛んでしまう。現れたクリーク達は身体の各所に傷を負っており、とても無事と言えるような状態ではなかったからだ。


「その傷は……」

「たはは……俺らはお前みたいに上手くやれるほど器用じゃねぇ。生憎と生き残るだけで精一杯だったのさ」


 傷の具合は掠っただけの軽いものから、四肢欠損などの重傷まで様々。共通しているのは、全員が血を流して何かしら負傷しているという事だけだった。

 元々からして三群連中の戦力では、魔族と渡り合うなんて不可能に近い。その上、負傷しているともなれば、彼らを戦力として数えるのは相当に厳しいものがあるだろう。せっかくの再会の上でこんな事を思いたくはないが、今の彼らは足手纏いでしかないというのが正直な感想だった。

 だが、そんな事など彼らが最も理解しているはずだ。何故なら、自らの才能の無さを嘆いて一度歩みを止めたのは彼ら自身。そんな三群達が魔族相手に勝てるだとか、この局面で戦功を挙げようなどとは、まかり間違っても思うはずがない。現にこの大戦における配置が決まった際、一部の二群連中が後方待機に不満を噴出させかけたが、そんな彼らを嗜めてくれたのはクリーク達三群だった。

 だからこそ、彼らが自分達の領分ではないと理解しているであろう、この戦場に姿を現した意図が理解出来ないでいた。


「まあ、そんなこたぁどうでもいい! お前達は先に行け」

「ッ!? 待ってくれ、この陣容では……っ!?」


 そして紡がれたのは、有難くも悩ましい言の葉。しかし、彼らだけを残していくのは戦況的にも無理がある。すぐさま止めようとしたが、辛うじて残ったままである建造物の上から三群達を援護するかの様に波状攻撃が繰り出された。

 何事かと視線を上に向ければ、他の二群やボルカ・モナータの一件で左遷された者達が、次々と攻撃を繰り出しているのが見て取れる。それ自体だけでも相当な驚きではあるし、これまでの事を思い返せば胸に込み上げる思いがないわけじゃない。

 それでも尚、戦力的に心許ないと言わざるを得ないが――。


「確かに俺達じゃどうひっくり返っても、あの嬢ちゃん達をたおす事なんて出来っこねぇ。そんなこたぁ端から分かってる。でも、こんな俺達でも時間を稼ぐ事ぐらいは出来る。いや、しねぇといけねぇ!」


 戦火の影で向けられるのは、強い意志を秘めた真っすぐな瞳。

 しかも、そんな眼差しをしているのは、目の前のクリークだけじゃない。


「攻撃を散らしていけ! 絶対に押し切られるなよ!」

「おうさ! ここまで来たんだから、やり切るしかねぇだろ!」

「もうどうにでもなっちまえッ! こんちくしょう!!!!」


 その場に現れた全ての戦士達が決死の覚悟で対処に当たっている。それもただ投げやりなだけじゃない。各々が持てる全ての力を結集して戦いに臨んでいる。

 プライド、利権、才能、家柄、職業ジョブ、騎士と冒険者というそれぞれの立場――様々な要因が絡み合い、お世辞にも結束しているとは言い難かった面々のこんな姿は想像の斜め上をぶち抜いていく程の予想外。

 俺達三人は図らずも呆気に取られてしまっていた。


「――これでも皆、お前さん達には感謝してるんだぜ」

「え……?」

「気恥ずかしくて言葉に出す機会はなかったし、素直に認めてる奴は少ねぇかもしれないがな」


 しかし、次のクリークの発言によって、俺達の思考は更なる混乱を見せる事となる。


「ちょっと前までの俺達は、手前テメェの力の無さを嘆いて腐り切っていた。目指した理想と目の前の現実の狭間で夢も希望も失い、心が錆びついちまっていた。だから、最低限金を貰って楽々に過ごしていければいいと思っていたんだ。でも、そんな死人の様だった俺達に前を向かせてくれたのは、坊主や嬢ちゃんたちだった」


 紡がれる言葉は彼らの独白。俺達という異邦人が聖地である帝都に足を踏み入れたが故に起こった結果――その副産物について。

 “感謝”とも取れるクリークの言葉は、俺達に大きな衝撃をもたらした。


「どんな困難を前にしても、頑なに戦おうとするお前達の姿勢。凝り固まっていた騎士団の常識をぶち壊したお前達の強さ。目の前で若いお前らにそんなもんを見せられちまったんだから、俺達大人が腐ってていいはずがねぇ。いや、こんな俺達だとしても、もうちっと頑張ってみようと思わせてくれたんだ。それに半端に気取ってお高く留まってた連中の性根を叩き直してくれたのもお前達だったしな」


 元々帝都に住んでいた者達からすれば、完全に部外者で身分の低い俺達の存在なんて到底歓迎出来るものじゃなかったはずだ。

 何故なら“魔族が攻めて来る”という一見荒唐無稽にも思える話を盾に突然冒険者がやって来たばかりか、帝都の象徴である騎士団に対して“共に肩を並べよう”などと意見するなど、侮辱どころの話ではないだろう。しかも帝都側から刃を向けて来てあの様だった上に、騎士団の力不足が原因で旧騎士団長が祭り上げられた挙句、遠征組と一部の冒険者に共同戦線のトップ層を独占される事になったのだから尚更――要は殴り込みに来た冒険者によって、帝都が折れたという形になるわけだ。

 少なくとも俺は、その行動で誰かが損をしたのだとしても後悔などしていない。そんな事など始めから分かっていたし、人類存亡に必要なプロセスであったと断言出来るからだ。だからこそ、俺達に対して帝都の面々が好印象を抱いているはずがないと思っていた。ボルカ・モナータの一件もあって、特に俺には――。

 だが、付き合いがあったクリーク達はおろか、恐らく俺達が来た事によって最も損益を被ったであろう狭間の二群連中までもが、こうして志を同じくしている。俺にとっては、その事が何よりの驚きだった。


「結局、一番大事な所は任せちまうことになるが……せめて最期ぐらいはお前達が進む道の端っこにでも居させてくれや」


 そして、ここまで頑な眼差しを前にしてしまえば、彼らの覚悟を否定する事など出来ない。ルインさんやセラスも概ね同様だったのか、全ての選択を委ねるとばかりに俺へと視線を向けて来ていた。


「後は……任せたぜ」

「ああ、了解した」


 故に彼らへの返答など考えるまでもないだろう。信じて先にく――ただそれだけだ。


「どうか気を付けて……」

「相克魔族である私が言う事ではないのかもしれんが、武運を祈る」

「おう、あんがとよ」

「へっ、特上の別嬪さん達に気遣われるったぁ、俺達もまだ捨てたもんじゃねぇなァ!」


 ルインさん達も近くの団員達と口々に言葉を交わす。


「こちらの戦力も数名置いていく。戦闘が長引けば、他からの援護もあるかもしれんが……」

「いや、十分過ぎるぐらい有難い。今は種族だなんだと四の五の言ってる場合じゃねぇし、頼りにさせてもらうぜ」


 その中でも特に驚きだったのはメイズの行動だった。確かにレーヴェ達がこの戦域を突破して後を追って来ると仮定すれば、マルコシアスとの戦闘中に背後から撃たれる可能性は高くなる。だからこそ、それを阻止する為に防衛ラインを強化するというのは、分からないでもない。

 しかし、言葉を交わす彼らの様子を見る限り、そんなものは固辞付けでしかないのだろうと感じてしまう。もしそうなのだとすれば、あくまで相克魔族の為にというスタンスを取っていたメイズ達らしからぬ行動だと言えるだろう。

 ましてや初見かつ武器を持った人間相手なのだから、俺の驚きも一入だった。


「まあ、こっちとしてはそういうわけだ。だから後は振り返らず、前だけ見て走りやがれ!」

「おうさ! さっさと決めてこい!」


 これが今生の別れになるであろう事を理解していようとも、男達は満足そうな表情を浮かべて笑っている。そんな彼らと俺達を送り出してくれた父さんやセルケさんの面影が、どこか重なって見えた。


「……ッ! 逃げるつもり!?」

「ゼロス……!」

「おっと! ここを通ろうったぁ、そうは問屋が卸さねぇぜ!」


 その直後、遮蔽物の向こう側にいるレーヴェ達が戦域から離脱しようとする俺達に対して大技を放とうとしたようだが、こちらの波状攻撃の勢いが増して彼女達の動きを阻害した。

 血を吐く様な魔法の雨は、漢達の意地と誇りなのだろう。


「さあ、とっとと行きやがれ!!」


 クリーク達の覚悟は本物――俺達もそれに応えるべく、踵を返して戦場からの離脱を図る。走り出した俺達からは、もう彼らの顔は見えない。だが、これ以上は言葉を交わす必要もない。

 彼らが命を懸けて俺達に託した想い。それすらも背負い、再び前に進む以外に選択肢などないのだから――。


「あばよ、ダチ公! ここは任せやがれぇッ!!!!!!」


 そして戦場に響くクリークの叫びを背にして、俺達はこの戦場を後にした。

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