第249話 漢達の咆哮

 破壊の限りを尽くされた帝都は瓦礫の街並みと化し、各所から噴煙が上がっている。その上、これまで以上に立ち込めるのは咽せ返る様な死臭と焦げた鮮血。この世の地獄という言葉かこれ程までに相応しい状況もないだろう。

 戦闘が長期化し始めているのも勿論だが、ファヴニールに灼かれたのが致命的だったといった所か。何はともあれ、今は目的地を目指すしかない。今の俺達には死した彼らに構っている時間はないのだから――。


「しかし、これでは……」

「生き残りは居なさそうだね……」


 俺の両隣りを走る女性陣が周囲を見回し、沈痛そうな面持ちで呟く。


「何という事だ……再び過ちを繰り返すとは……」


 凄惨な光景を前に思う所があるのは他の魔族達も同様でだったようであり、メイズ達も表情を歪めていた。因みにメイズ達は魔族側の主戦力として引き続き行動を共にしてくれるとの事で、彼を筆頭にした一部が先ほどの大部隊から独立する形で俺達の背後を追走している。

 他の魔族に関しては、目立って狙い撃ちにされるのを避けて陸路を行く俺達とは別に、空路で移動する運びとなっていた。


「こんな無意味な戦い……これ以上続けさせるわけには……」


 民間人、共同戦線の面々、狂化モンスター、そして相克魔族――戦場に転がる骸をこれほど近くで目の当たりにしてしまったからか、更なる憤りが込み上げて来る。そんな中で唯一明らかな真実はただ一つ。

 種族や立場は違えど、死という概念は全てに等しく与えられるのだという事だけだ。父さんやアドア達の件もあってか、俺自身も少しばかり冷静さを欠いているのかもしれない。

 兎にも角にも様々な要因が絡まり合った現状は、先ほどまで以上に混沌を極めていた。


 そんな時――。


「――ッ!? 攻撃!?」


 視界を埋め尽くす程に展開された小剣群。

 いち早く反応出来たのは先頭を走る俺達三人だけであり、即座に迎撃態勢へと移行するが――。


「皆じっとしていろ! はあああっっ!!!!」


 跳躍したメイズが湾曲剣ショーテルを振り抜き、闇の斬撃を放って小剣群に対処した。襲撃者と同郷の者という事もあり、互いに手の内は割れているのだろう。攻撃を弾いたメイズは未だ臨戦態勢を取ったままであり、立ち昇る爆炎からは更なる小剣群が切っ先を覗かせる。

 この攻撃を放った術者は当然――。


「“ブレイドダンス”ッ!!」

「レーヴェか! 魔族の力をこんな事に使うなど……!」


 闇の斬撃が煌めき、再びの爆炎が立ち昇った。


「くそっ、こんな時に……!」


 俺達は最悪なタイミングで仕掛けられた奇襲から態勢を立て直すべく、陣形を組み替えようとするが、まるでそれをさせまいと黒煙越しに舌足らずな声が聞こえて来た。案の定というべきか、この声も訊き覚えがあるものであり――。


「種族の誇りとかそう言うの興味ないんだよねぇ……」

「この声……すっかり毎度の事になってるね!」


 隣のルインさんは、左手に雷槍を生成。手首のスナップを利かせて黒煙の中に放り込めば、炸裂音と共に平たい投擲物が跳ね返っていく。あんな特徴的な武器を使っている魔族など、俺の記憶の中には一人しかいない。

 その答えが正しい事を示すかの様に黒煙の中から飛び出す細身の影――。


「というわけで、やっちゃえゼロス!」

「足止めか!? 時間がないというのに……!」


 セラスは槍斧ハルバードで返しの付いた大きな鉤爪を受け止めながら、表情を険しくする。レーヴェ、ジャンネット、ゼロス――さっきまでの市街地戦闘を連想させる面々による足止めなど、この状況では最悪極まりないだろう。

 半端な覚悟で倒せる相手ではないし、本陣突入までに出来る限り消耗は避けたい。何よりセラスが言う通り、俺達には時間がない。それこそレーヴェ達に守勢に徹せられて陣形を引っ掻き回される――なんて事になれば、本当に手遅れになってしまうだろう。

 であれば、全員突破は諦めて誰かしら殿を残し、他の面々で前進するしかない。


「ちっ……無理やりにでも突破するしかないか……! それなら……!」


 だが、この場に残るという時点で、魔族二人とそれに匹敵する狂化モンスターを最小限の戦力で相手にしなければならない事が確定する。はっきり言って生存の可能性は低いだろう。

 戦闘能力の高い小人数を残して頭数を優先するか、その逆を取るか。一瞬の内に選択を強いられた俺達だったが、突如として大地が震動し始めた事で思わず動きを硬直させてしまう。


「退きやがれェ!! “アースクエイク”――ッ!!!!」


 その間、地面がフライ返しの様にひっくり返ったかと思えば、くり抜かれた巨大な土塊が俺達の前に転がる。


「オラオラ! ブチかませっ!!」

「さっきまでのお返しじゃい!」


 飛来する土塊群。

 小規模な斬撃や火球、風の刃。


「これで攻撃のつもり?」

「もう、邪魔だなァ」


 とても必殺足りえない魔法の数々は魔族達に容易く対処されてしまうが、質より量とばかりに波状攻撃が繰り出されていく。例え一撃一撃に大した威力はなくとも、視界を遮られて降り注ぐ攻波は相応に目障りだ。傷を負わせることは叶わないが、レーヴェ達の動きを止めるという効力を発揮している。


「ここがお上の帝都様! 好き勝手やられちゃ帝都騎士団の名が廃るってもんよ!」

「そうとも! これ以上は問屋が卸さねぇ!」


 噴煙と倒れた家屋の数々――。そんな中から飛び出して来たのは、見覚えのある多くの漢達だった。

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