第248話 想いを受け継ぐという事

「ん、んっ!」

「あーコホン!」


 ルインさんとセラスは顔を赤くしてスカートを正すと、わざとらしく咳払いをした。黙って治療を受けながら行儀良くしているが、猛獣もかくやという殺気が表に出てしまった以上、今更淑女を取り繕うのは不可能だろう。それどころか、尻を鷲掴みされてズレてしまった下着を指で直す仕草が男子諸君の胸を熱くさせてしまったのは言うまでもない。

 その上、当の二人が俺を挟んで座っている所為で、殺気混じりの視線と生暖かい視線が現在進行形でこちらに突き刺さっているというのも、口にするまでもないだろう。


「まあ、この状況でパニクってないんなら一流さね。これなら、後を任せても大丈夫そうだ」


 しかし、セルケさんが発した言葉によって、少しばかり戻って来た穏やかな空気も四散してしまう。


「セルケさん……それって?」

「魔族達との乱戦にあのデカブツの相手……ロートルがはしゃいで無理し過ぎたかねェ……。まあ、生憎とアタシはここまでだ。これ以上は足を引っ張っちまう」

「でも……」

「こればっかりは日々の積み重ね……引き際を弁えない大人は嫌われちまうもんさ」


 親交が深いだけあってルインさんが不安そうに言葉を投げかけるが、当の本人は飄々と肩を竦めるのみ。固唾を飲んで次の彼女の言葉を待っていれば、俺達三人に向けて掌がかざされ、翡翠の光が撃ち放たれる。


「受け取りな、“ディバイドエナジー”……」


 セルケさんの掌から放たれた翡翠の光弾――それは着弾した俺達の身体を駆け巡り、治癒魔法にブーストする形で失われた魔力を装填されていく。つまりは戦う為の力が急激に息を吹き返している事を示していた。


「コイツでちっとは足しになるはずさ」

「自分の魔力を……!?」


 セルケさんが行使した“ディバイドエナジー”は、他の術者達が俺達にかけてくれているのと同種の補助魔法。その効能は自分の魔力を他者に分け与えるというもの。本来なら前衛であるセルケさんが使うような魔法ではなく、直接戦力である彼女が俺達に魔力を分け与えたという事は――。


「アタシの回復を待っていたら、アンタ達は出遅れちまう。まあ、この辺は流石に若さの差かねェ」

「そんな事……」

「武器の方もちゃんとしておいた。これで直ぐに戻れるはずさ。なぁに、そう心配な面すんじゃないよ。アンタ達が行ったらこの連中に魔力を貰って、すぐにアタシも戦線に戻る。とてもほっとけるような状況でもないしね。ほら、安心だろ?」


 激戦を乗り越えた戦友の離脱宣言を受けて皆が動揺してしまうが、セルケさん本人は至って冷静だった。だが、大きな戦力を失う事にはなるものの、彼女自身が回復に時間がかかるというのならその様に受け止めるしかないだろう。

 他の皆がどうしているかは分からないが、一番大事な戦闘が今も続いているのだけは事実。しかも、帝都に侵入されてしまっている以上、長期戦になる程こちらが不利になっていく。戦力総量やスタミナの関係もそうだが、人類存亡の最終防衛ラインを超えられてしまっている俺達には撤退して体勢を立て直すという選択肢がないからだ。

 だからこそ、勝率を一パーセントでも高めるべく、こちらサイドの戦力が揃っている内に決着を付けなければならない。今の俺達に時間がないというのはそういう事だ。


「急いでんだろ? さっさと行きな」

「――分かった。セルケさんも気を付けて!」

「気を付けんのはそっちの方さ! ほら、前見て走んなっ!! 後は……任せたよ」

「うん!」


 俺達三人はセルケさんが差し出した武器を執り、再びの戦場に目を向ける。

 そして、ルインさんが背後を一瞥したのを見届け、自らの足で止まっていた時間を動かす事を選択した。後ろ髪を引かれる想いがないわけではない。だが、セルケさんの魂が籠った魔力を引き継いでしまったのだから、最早待つという選択肢など存在しない。


 目指す場所は、激しい戦禍轟く帝都最奥部――アヴァルディア宮殿。皇族が住まう聖域にして、彼らを護る共同戦線の重鎮達が腰を据える人類最後の砦。

 俺達は取り戻した力を糧に――立ち止まった者達の想いを胸に秘め、戦場を疾駆する。

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