第247話 束の間の休息
血染めの空から眼下を見やる俺達――。
「神話の竜種……か。一歩間違えば消し飛ばされていたのはこっちだったな」
「そう、だな。もしも皆が援護に来てくれなければ……私達の誰が連携を乱していたら……間違いなくここにいる者は全滅し、帝都への被害も計り知れなかっただろう。まさか、これ程とは……」
「ファヴニールの全体像は、セラス達魔族も把握してなかったのか?」
「正直、アレは御話の中の存在だった。実在している事すら眉唾物のな。我ら相克魔族よりも更に辺境の地を根城にしていたあの竜を復活したマルコシアスが従えたと訊いているが……」
これまで戦ってきた中でも、特に驚異的な力を持った敵。戦闘能力だけであれば事実上、敵対勢力のナンバー二であるファヴニールを討ったのだから、凄まじい戦果を挙げられたと断言出来るだろう。これで戦局は大きく変わるはずだ。
しかし、同時に父さんを含めた仲間達や民間人という多大な犠牲を払う事となった。
そして、援軍に来てくれた魔族達の中でも、ファヴニールに撃墜された人数は決して少なくはない。巧みな陣形で被害を最小限に抑えてくれたものの、あの反則染みた戦闘能力の前には誰もがお手上げだったという事だ。
生き残った者と倒れた者。そして、今も戦っている者達。既に天秤は傾いた。後はこちらに揺れるか、あちらに揺れるか――全ては神のみぞ知る。
「――もう終わった事だ。ともかく地上に降りよう。今の俺達に戦う力は残されていない。他の皆もな」
「ああ、了解した」
だからこそ、今は足を止めるわけにはいかない。でなければ、失った者と討った者の命が無駄になってしまうのだから――。
「そういえばリゲラは?」
「私がお前達の援護に向かう時に分かれてしまったから詳しい位置は分からないが、今は単独行動をとっているはずだ。奴の事だから無事だとは思うが……」
「そうか……でも、途中で皆からの援護が途切れていた。何らかの要因で上に手を出す余力がなくなった可能性も考えられる。レスター達がフリーになってしまっている以上、戦況は混乱したまま……か」
さっきまで一緒に戦っていた面々が次々と地上に降り立つ中、改めて合流した俺とセラスはセルケさんに武器を預け、魔族の術者に治療を受けながら互いの近況と考察を共有し合う。
確かにファヴニール撃破は大戦果だった。大きすぎる犠牲を払っての勝利でこんな事を思いたくはないが、今は結果のみを鑑みて冷徹に戦況を分析するべきだ。その観点から行けば、やはり最小限の損失で最大限の戦果を挙げられたと言っても過言ではないだろう。
とはいえ、戦闘に勝利しても戦争自体が終わったわけじゃない。全体を通してみれば、ここからが本当の正念場となる可能性も多分に秘めている。まだまだ気の抜けるような状態じゃないわけだ。
「ともかく一刻も早く戦線に復帰せねばな……」
「ああ、このままじゃ……ぐごっ!?」
そうこうしていると、突然の衝撃と共に目の前が真っ黒になった。敵襲かと思ったが殺気は感じられない。それに顔中に押し付けられて視界を奪っているのは、張りがあって巨大な質量を持った物体。俺はこの暴力的な感触を知っている。
しかし、対処しようにも頭の裏に手を添えられてがっちりホールドされており、腰辺りにも柔らかく暖かい感触が巻き付いて離れない。
恐らくは大変冥福な状況になっているのだろうが、飛び付かれて顔を押し潰されながら呼吸を奪われている為、倒れないようにするので精一杯だ。どうしたものかと思っていると――。
「いきなり空から降って来たかと思えば、何をやっているのだ! この色情魔!」
「痛いっ!」
セラスに手刀を落とされたであろうルインさんが上体を起こした事で一先ず呼吸を取り戻す事が出来た。そして、目を白黒させている俺を尻目に、だいしゅきホールドをかまして来たルインさんが鬼の形相をしたセラスに引き剥がされる。
端的に何があったのかと説明するのなら、空中で治療を受けていたルインさんが俺達を見つけ、上から降って飛びついて来たという所だろう。ジェノア王国の面々との事もあって心身共に大きく疲弊していた俺を気遣い、明るく振舞って喝を入れてくれているのだろうが、些か愛情が重すぎる。
どの道、回復中は何も出来ないし、少しでも明るくモチベーションを保つのは重要だ。俺一人なら堂々巡りでも考え込んでいただろうから、そういう意味ではかなり助かりはするのだが――。
「そっちこそ物陰に隠れてピッタリくっ付いてた癖に……」
「作戦会議中だと言っている!」
「物は言い様だよね! 泣かされないと分からないのかなぁ!?」
「ふん! そこに直れ! 闘いを前に根性を叩き直してやる!」
しかし、手四つの力比べをしながら睨み合っている姿は何とも強烈だ。二人とも鍛えているだけあって、とても女子同士の迫力じゃない。
「ぅ、っ!! ぐぬぬぬ……」
更に大きな胸を揺らしながら、二人揃ってのヘッドバッド。鉄がぶつかるような音を立てながら接触した額の間から、噴煙を上げながら睨み合う。
周囲の面々も二人のやり取りは初見であり、困惑しながら俺へ視線を向けて来た。いや、俺も知らんと思いながら仲裁する努力はしなければと歩き出そうとするが、突然セルケさんが近づいて来て――。
「はぁ……全く、アンタ達は何やってんだい? デカい尻振って乳繰り合ってるんじゃないよ! ほら!」
二人の短いスカートを捲り上げると、左右の手でそれぞれの臀部――尻肉をガッチリ掴んで揉みしだいてしまう。すると、むっちりと肉が乗って張りと弛みの黄金比を創り出している白い巨尻はセルケさんの掌に収まり切らず、彼女の指が沈んで僅かに形を変えていく。
「あ、ひゃんっ!? んんっ!?」
予期せぬ刺激を受けたルインさん達は、さっきまでの凛々しい声音とは打って変わって甲高い声を上げてしまい、周りに見られている事もあってか頬を赤くしながら俯いてしまう。当然、そのままセルケさんに抗議するが、皆のオカンがそんなものに動じるわけもなくどこ吹く風。ただのじゃれ合いとなってしまっている。まあ、じゃれ合っているのが三人揃って猛獣であるのは言うまでもない。
そんな光景を受け、周囲の面々も色々と意味深な表情を浮かべざるを得なかった。
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