第246話 氷獄の棺

 大海を割くかの如く、劫火の中を突き進む二重斬撃。セラスが繋いだ突破口を更に大きく切り拓いていく。


「■、■■■■――!?」


 そのままの勢いで極大斬撃がファヴニールの躯体を直撃。砕ける鎧と共に漆黒の空に鮮血の大雨を降らせる。確実に――そして、これ以上ない致命傷。これで――。


「■■■■■■■!!!!」


 しかし、鎧の破損と共に爆炎の檻から逃れたファヴニールが血を吐く様な叫びを上げて躍動。巨大な体躯をうねらせて再び戦闘態勢に入ろうとしている。


「な……まだ動くのか!?」


 メイズが驚愕の叫びを上げ、戦場の誰もが身を固くする。皆を代表して紡がれたであろうメイズの動揺は、奇しくもさっきの俺が発したのと同じ内容だった。

 だとしても、俺とルインさんは二つの残光を残しながら天を駆ける。


「悠久なる闇竜、凍てつく棺の内にて深淵の眠りを与えよ! “ウロボロスコフィン”――ッッ!!!!」


 処刑鎌デスサイズで虚空を刻み、氷闇の斬撃を放つ。魔力を最大開放して放った一撃は竜を模し、これまでとは異なる翼を広げた姿へと変質。ファヴニールの首元を締め上げる様に絡みつき、鎧を失った奴の躯体に牙を突き立てる。


「まだだッ! 双竜追閃!!」


 しかし、そこで動きを止めることなく、全身の機動力を活かして袈裟に大車輪。再び処刑鎌デスサイズを振り抜けば、更にもう一体の氷竜が出現。さっきの一体とは逆に回り込み、奴の躯体に闇の牙を突き立てた。そして、自らの身体の巻き付きにファヴニールの左翼を巻き込みながら凍結する。


「■、■■■■――!?」


 氷の星屑ダイヤモンドダストが舞い散り、同時におびただしい鮮血が空を濡らす。だが、これだけの傷を与えても尚、神話の邪竜は猛き叫びを上げる。それは強靭な生命力から発せられたものなのか、それとも誇り高さから――。

 恐怖を通り越して感嘆へ。感嘆を通り越して再び恐怖へと、俺達の心を揺さぶる程の雄叫びだった。

 だが、奴の復活の有無は関係ない。俺とファヴニールが切り結んでいる間――最後の一撃を放つ為の仕込みは既に完了している。


「これで終わらせるッ! 雷轟一閃――ッ!!」


 金の燐光フレアを纏うルインさんが遥か天空より急降下。雷電迸る魔力を纏った偃月刀を振り上げ、飛竜ワイバーンの背から飛び立った。


「“雷竜轟覇煉斬らいりゅうごうはれんざん”――ッッ!!!!」


 そして繰り出されるのは、必殺と神速を兼ね備えた疾風怒涛の二十一連撃。以前、ポラリスの戦いで、マルコシアス相手に繰り出した斬撃魔法の正統進化――恐らくは、今のルインさんにとって最強の技。そして、豪快に振るわれる青龍偃月刀がファヴニールの強靭な装甲を物ともせず、その躯体を斬り裂いていく。

 轟く閃光を全身に纏って戦場を舞うその姿は、正しく金色の女神。


「――お前がどんな想いでこの戦いに臨んでいるかは分からない。どうしてマルコシアスに付き従っているのかも……。だが、俺に出来るのは、前に進む事だけ――」


 そんな光景を前に、横に寝かせた処刑鎌デスサイズへ漆黒を纏わせて振りかぶる。眼前のファヴニールは凄まじい強敵だった。多分、本気を出していない状態のマルコシアスを含めても最強の相手だ。

 たった一人で戦況を変えるその強さ。神話の時代より生き抜いてきた気高さ――。同じ戦士の一人として畏敬の念を抱かざるを得ない。もっと違う形で出逢えていたら、レリティスの様に同じ目的の為に肩を並べる事が出来ていたら――これほど頼りになる味方は他にいなかったはずだ。

 故にこれまで静観を貫いていたファヴニールが、何故今になって侵攻に乗り出したのかが分からない。それでも、今この時がその結果だ。だから、俺は――。


「眠れ、永久に……!」


 ファヴニールに肉薄し、処刑鎌デスサイズの一閃と共に三体目の氷闇の竜を撃ち放った。更に止まる事無く返しの刃で四体目を飛翔させる。


「■、■■……!」


 翼を広げた二体の氷竜が左右から邪竜の首に絡みつき、その眼前に牙を突き立てながら凍結。そのまま全ての氷竜が接合し合って邪竜を埋葬する氷獄の棺と化す。

 不死身もかくやと思われた邪竜も流石に力尽きたのだろう。飛行能力を失った巨大な躯体が高度を下げていく。


「終わった……のか?」


 未だ緊張冷めやらぬ中、疲労感と感傷に耽りながら思わず、そんな言葉が突いて出る。先程まで繰り広げていたのは、これまでに類を見ない死闘。正直、生き残れたのは奇跡に近いだろう。だが、戦いが終わった実感など欠片も湧いてこない。それどころかアドアの時と同様に強敵を討った事への歓喜や達成感など皆無だった。

 どれほど理屈や大義を並べ立てようとも所詮は殺し合い。間違った行為でしかない。それを理解しているが故の感傷だった。


 少なくとも俺は、戦功や武勇伝欲しさにこの場に立っているわけじゃない。ましてや英雄になりたいわけでもない。俺はただ、憎しみの砲火を浴びせ合うばかりでしかないこの戦争を止める為に武器を執り、今も誰かの命を奪っている。

 自らの独善を貫く為に、血染めの刃を振り下ろす。それだけだった。


 そして、巨大な棺に包まれたファヴニールは、奴自身が破壊した城壁に寄りかかる様に墜落。流れ出る紅によって、帝都の一角が鮮血の海と化す。

 これで悲劇の号砲となった邪竜の咆哮が轟く事はなくなった。だが、俺達の心象や混沌に包まれる戦場の凄惨さを写し出すかの様に、未だ空は漆黒に包まれている。

 俺達の光は未だ喰らわれたままだ。

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