第245話 黒雷天燐双破斬

 紫天ノ堕女神と巨竜が漆黒の空を疾駆する。


「私が鎧を引き剥がす! 後は任せる!」


 先行したのは、言うまでもなくレリティスの背に立つセラス。次は自分の番とばかりに槍斧ハルバードの矛先をファヴニールに差し向ける。しかし、魔力を帯びるのは彼女の得物だけではなく――。


「“原初魔法ゼロ・オリジン”――ッ!!」


 セラスの内に留められた魔力が紫の燐光フレアへと変質。その全身から凄まじい力が迸る。


「なッ!? セラスが……」

「“原初魔法ゼロ・オリジン”を使いこなしてる?」


 そんなセラスの背後を飛ぶ形となっている俺達だったが、まさか過ぎる展開に驚きを隠しきれない。何故かと言えば、こちらの切り札である“原初魔法ゼロ・オリジン”に関して、現状の使い手はルインさん達三人と騎士団長だけだというのが当然の認識となっていたからだ。

 確かに開戦前、担い手を増やす為に主戦力達が“原初魔法ゼロ・オリジン”を身に付けようとしたのは事実。結果、習得者は現れなかったが、その中において全く成果がなかったと言えば嘘になる。

 現にブレーヴやリゲラ、アリシア、エリル辺りに関しては程度の差はあれ、新たな境地の扉の前に立つぐらいまでは進捗が進んでおり、セラスもその一人だった。だから一瞬の火力を高める事に“原初魔法ゼロ・オリジン”を利用するというのなら、まだ理解は出来るだろう。

 しかし、目の前のセラスは、これまで見てきた三人とそれほど遜色ない精度でその切り札を発動して使いこなしている。それ故の驚きだった。


「俺達に悟られない様に隠し玉を用意していたとは……」

「セラスも大戦を見据えて、前に進み続けていたって事だね」


 一方、俺達が知っている固定観念を取り除いて考えてみれば、セラスが“原初魔法ゼロ・オリジン”を使えるという事自体は驚くべき事ではないのかもしれない。

 そもそもセラスの戦闘能力が現在“原初魔法ゼロ・オリジン”を使える面々に比肩しうるものがあるという事は、これまで接してきた中で明らかになっている。であれば、会得も時間の問題であり、練度が増せば実戦投入も目指せる領域にあったとすれば、とりあえず目の前の現象についての説明は付く。


 もう一つ、人間の最終奥義を相克魔族であるセラスが使えるのか――という驚きもあるが、これに関しての説明は、“俺が居るから”――の一言で済んでしまうだろう。というのも、現状の俺は人間でありながら、魔族の最終奥義である“古代魔法エンシェント・オリジン”を疑似的に会得し、曲がりなりにも実戦で使いこなしている。

 つまり魔力運用技術に限定すれば、種族間における隔絶した差は存在しないという事。そこにあるのは属性の差異と、出来るか出来ないかという技術練度だけだ。


 そして、目の前のセラスは俺と真逆の状態――魔族でありながら人間の最終奥義足る“原初魔法ゼロ・オリジン”を行使する存在。彼女も種族の領分を逸脱した異邦人ストレンジャーであるという事。

 元々の居場所を追放され、世界から弾き出されようとも双方の種族の為に戦う。その果てに待っているのが自らにとっての地獄の未来なのだとしても――そういう意味では、確かに俺とセラスは立場や思想が似通っているのかもしれない。皆の言う事も一理あったのだろう。


「神話の時代より存在する邪竜――生ける伝説が相手ならば不足なし!」

「■■■!!!!」


 そんな俺達の驚きとは裏腹にセラスとレリティスは紫の残光を残し、爆炎の檻から脱出しかけているファヴニールの前へと一気に躍り出た。既に彼女の槍斧ハルバードには途方もない魔力が収束されており、これまでとは別次元の光を放っている。

 それ即ち、必殺の一撃――。


「黙示録の闇よ……覚悟の刃となって吹き荒べ! “アルカディアゲイザー”――ッ!!!!」


 紫天を纏った槍斧ハルバードが袈裟に振り下ろされ、側面の三日月の様な形状をした刃から斬撃が飛翔した。その直後、振り抜かれた槍斧ハルバードが元の位置に引き戻され、激しく魔力が迸る先端部の刀身がファヴニールに向く。

 そして、一寸の迷いすら無き刺突。先ほど以上の巨大斬撃が放たれた。


「■■■……!?」


 連続で繰り出された二重斬撃――燐光フレア纏う連撃が要塞と称したファヴニールの腹部を斬り裂き、鎧を粉砕しながら鮮血を撒き散らす。漸く通った決定打。この機会を逃さまいと脇に逸れていくセラスを尻目に、俺とルインさんは戦線から飛び出した。


「これで決めるよ、アーク君!」


 並んで飛ぶルインさんの言葉を受けて首を縦に振った瞬間、隣の彼女が金色の燐光フレアを纏う。後は力の全てを眼前の邪竜に叩き込むだけ――そんな想いの表れだろう。それに関しては俺も同様であり、処刑鎌デスサイズに纏わせた魔力を超収束していくが――。


「■、■■■■■■――!!!!!!」


 未だ死せぬ邪竜の咆哮が轟いたかと思えば、奴の首から上が爆炎の檻から抜け出してしまう。その上、敵意を帯びたファヴニールの視線は、接近している俺達をしっかりと捉えていた。

 打たれ強いの一言では済ませられない狂気的な生命力。最早驚愕を通り越して感嘆の念を抱いてしまう。同時に首から上がフリーになった事で、奴の脅威度はさっきまでよりも遥かに増していた。


「まだ動くのか……!? でも……!」


 だが、ここで決めきれなければ勝機はない。故に為すべき事も変わらない。眼前で収束されていくブレスを前に、俺達は全ての魔力を開放する。


「閃光撃滅――ッ!」


 闇黒を纏う処刑鎌デスサイズ

 雷轟を纏う青龍偃月刀。


 互いに得物を振り上げれば、形状の異なる二つの刃が突き合わされる。更にその中心で俺達の魔力が混ざり合い、爆発的に出力が増していく。これから放つのは、恐らく――共同戦線内でも最高火力に位置するであろう一撃。

 今の俺達の全力――。


「■■■■■――!!!!」


 対して眼前のファヴニールも、たった一撃で帝都を壊滅寸前まで陥れた竜の息吹ドラゴン・ブレスを俺達に向けて撃ち放った。闇纏う灼熱――先程までより威力が増しており、もし地上が灼かれたとすれば、一撃で帝都の半分以上が吹き飛びかねない程の極大劫火だ。

 しかし、俺達は速度を上げ、最大加速で奴の一撃に突貫していく。一筋の光明を手繰り寄せる為に――。


「“黒雷天燐双破斬こくらいてんりんそうはざん”――ッッ!!!!」


 そして、過剰供給に等しい魔力を纏った得物を同時に差し向ければ、融合した闇雷の極大斬撃が顕現。天空を駆ける俺達は、眼前のブレスに向けて得物を振り抜いた。

 その瞬刻――。


「――ッ!?」


 俺とルインさんが放つ“合体魔法ユニゾン・オリジン”と、ファヴニールの竜の息吹ドラゴン・ブレスが激突。世界そのものを揺るがしかねないと錯覚させられる程の閃光と衝撃が帝都ごと俺達を包み込む。

 だが、それでも俺は立ち止まらない。何があっても、どんな事があっても――。


「はあああああああぁぁぁ――ッッ!!!!!!」


 激突の果て――自らの覚悟を束ねる様に全ての力を爆発させて闇纏う極大劫火を斬り裂いた。

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