第238話 混沌ノ邪竜《Chaos EvilDragon》

 グラディウス・フォリア家当主の戦死。共に命を落とした多くの臣下達――。失ったものの余りの大きさに、焦土と化した戦場に慟哭が響く。


「――アーク、君……」

「分かっています。俺は大丈夫ですから……」


 俺としても、自分や仲間の死については覚悟をしていたつもりだった。それでも胸に去来する想いがないと言えば嘘になる。ルインさんはそんな俺を心配すると同時に、発破をかけようとしてくれているのだろう。

 しかし、もう何があっても、俺が立ち止まる事はない。また新たな想いを背負ったというだけだ。


「リリア……残存戦力をまとめて部隊を退け。指示はさっきまでと同じだ」

「……っ」


 新たな戦場に目を向ける傍ら、呆然と座り込んでいるリリアの方を見ずに声をかける。励ましや気遣いの言葉は敢えて紡がない。淡々と事実だけを並べ立てて、彼女を無理やりにでも突き動かさせる。

 どんな辛くてもこの状況で心が折れたら、戦士としても人間としても一生立ち直れない。だからこそ、今は考えるよりも動くしかない。自分が生き残る為にも、そして命を繋いでくれた者達の想いを無駄にしない為にも――。


 そんな思いを胸にリリア達の方を振り返る事無く、この戦域を後にした。



「アー坊、それでどうすんだい?」

「言われるまでもなく、あの邪竜を討つしかないでしょう。現状では帝都全てが奴の射程内。あんな超弩級移動砲台に制空権を抑えられていたら、俺達に勝ち目はありませんから――」

「勝算はあるのかい?」

「さあ? 神のみぞ知るといった所ですね」


 目下最大の脅威は天を舞うファヴニール。一刻も早く奴の脅威を排除しなければ、そもそも戦いが成立しない。ではその為にどうするか。


「飛行中の奴に近接攻撃は届かない。かといって、あの鎧のような鱗に対してでは、並大抵の遠距離攻撃も意味を成さない。そして、奴のいる距離レンジまで駆け上がれるのは、俺だけです。なら……」

「全力全開の斬撃を零距離でぶち込むしかないって事かい? 何ともまあ、無茶をしようとするもんだねェ」


 近づいて斬る。やる事はいつも通り。

 今回は、その難易度がこれまでとは比肩にならないレベルで高すぎるというだけだ。


「場所が空中場所なので、二人には援護射撃を……という事になってしまいますが……」


 ただ状況は最悪ではあるが、さっきの戦闘中に休養を取れた事により、俺達にとって嬉しい誤算が二つ。


 一つ目は、言うまでもなく城壁外から連戦に次ぐ連戦で消費された魔力が回復している事。体力こそ休養分の回復のみだが、魔力に関しては治療魔法の影響もあって、ほぼ全快状態と言って差し支えない。

 二つ目は、援軍に来たのがセルケさんだったという事。単体戦力として申し分ないのは勿論だが、さっきの休養中や、あの場に居た者達が悲嘆に打ちひしがれている間に俺達の武器の略式メンテナンスを行ってくれていた。


 つまりは気力、武器共に、ほぼベストコンディションまで持ち直せており、脅威と相対するのに申し分ない状態にあるという事。

 そして、荒廃した帝都の街を駆ける俺達の頭上――巨大な影が垣間見える。


「――見えた! 先行して帝都から注意を逸らします」

「分かった。気を付けてね」

「互いに……」


 俺は“死神双翅デスフェイザー”を展開。そのまま地面を蹴り飛ばす勢いを利用して、一気に空へと舞い上がった。

 現状、俺と奴の位置関係は、こちらが背後を取る形となっている。狙うは奴の視覚外からの一閃。


「■■■■■――!?!?」


 “デスオーバーロード・マキシマム”――機動力に物を言わせ、ファヴニールの背に黒閃を叩き込む。極限まで助走距離をつけて加速させた一撃――さしもの邪竜もこれには悲鳴を上げた。鱗が砕け、漆黒の空に鮮血が舞う。ここまでは思惑通り。この一撃を当てる為に背後に回り込んだと言っても過言ではないし、奴の防御を打ち抜いてダメージを通せたというのは大きな収穫だ。


「■、■■■■――!!!!」


 しかし、全身に憤怒のオーラを纏う邪竜は、すぐさまブレスを撃ち放った。


「ちっ……立ち直りが早い……!?」


 辛うじて帝都を地獄に変えた灼熱の劫火を躱す事が出来たが、さっきの一撃が逆鱗に触れてしまったのだろう。怒れる邪竜は俺を捉えるべく猛追して来る。


「やはり単純な空中戦では分が悪いか……でも、コイツ相手に帝都で戦うわけにはいかない!」


 弾幕代わりに“ブリザードランサー”を発射して、距離を取ろうとするも強靭な鱗によって阻まれる。回避はおろか防御すらしようとしない様子からして、想定通り俺の遠距離攻撃の殆どが通用しないという事なのだろう。

 かといって、安直に近づこうとすれば、一瞬で消し炭にされるのは間違いない。何故かと言えば、空飛べる俺と空を闘いの主戦場とする奴とでは、どちらに地の利があるかなど考えるまでもないからだ。

 だとしても、ここで戦闘高度を下げるわけにはいかない。帝都の各戦域から奴の目を逸らさなければ、無茶をしてここまで来た意味がないからだ。


「雷よ、撃ち貫け――ッ!!」

「ったく! とんだ化け物だねぇ!」


 そういう理由もあり、帝都上空でドッグファイトを繰り広げる事となったわけだが、闘う俺達の眼下から雷槍と風の斬撃が飛来した。誰が放ったのかは説明するまでもなく、頼もしい援護射撃だと言えるだろう。

 しかし、ルインさん達の主戦域が近接格闘である事に加えて、あくまで牽制用の魔法である為、ファヴニールの気を逸らすのが精一杯。状況の打開には至らない。


「■■■――!!!!」


 それどころか、眼前の邪竜は長い尾で俺を牽制しながら、ルインさん達に向かって大口を開いて魔力を収束していく。放たれようとしているのは、当然――。


「やらせるかッ!!」


 ファヴニールの思うままにさせるわけにはいかない。ルインさん達が援護で作ってくれた一瞬の間に収束した魔力を刀身から撃ち放つ。奴よりも一手早く撃ち放った斬撃は闇氷の竜となり、邪竜の首元へと喰らい付いていく。

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