第235話 私達結婚します←しません

「――父、さん!?」


 レスターと相対する俺の背後から駆けて来たのは、我が父――グレイ・グラディウスを先頭とする共同戦線の大部隊。見覚えのあるグラディウスの間者やフォリア家当主であるアレックス・フォリアの姿もある。

 武器の紋章や装飾から察するにグラディウス・フォリアが主体の合同部隊といった所だろう。剣士と盾士を中心とする面々が、レスターやレーヴェ達に向けて突撃していく。


「無事だな、アーク!」

「あ、ああ……それより、どうして?」

「魔王襲来の報を受け、帝都中が混乱に包まれていたが……ようやく指揮系統が復活して、連携が繋がり始めた。我らは戦場を回り、モンスター達を抑えながら民間人を保護しているのだ。ガルフ達の身柄もこちらで抑えてある」


 困惑している俺の前に父さんが現れ、手早く状況を伝えて来た。端的に言ってしまえば、父さんたちは俺達を援護する為に来てくれたという事。自惚れでなければ、俺達が魔族の将の頭数を減らして連携を分断した事により、マルコシアス襲来の衝撃から帝都自体が立ち直り始めたという証明でもあるのだろう。

 早い話が――。


「よくここまで持ち堪えてくれた。では、こちらからも攻勢に出るとしよう」


 人間側の反撃開始という事だ。


「こちらの術師に治療の用意をさせてある。アーク達は一端退がれ!」

「でも……」

「力を貸してもらうにせよ、この場から離脱するにせよ、今のお前達には新たな戦闘に臨めるだけの体力は残っていないだろう? 今は少しでも回復に専念しろ」


 人間達の士気が上がる一方、父さんから叩きつけられたのは、有無を言わせぬ一言。その内容は、半強制的に前線から降ろされるというものであり、現状でレスター相手に俺が抜けるなんて――と反論しようとしたものの、いつの間にか隣に来ていたルインさんに腕を引っ張られて言葉を中断させられる。

 父さんはそんな俺達を見て神妙な面持ちを浮かべたかと思えば、重苦しく口を開いた。


「私にこのような事を言う資格はないのだろうが、今だけは許して欲しい。どうか……息子を任せる」

「は……?」


 内容云々以前に、この人が俺を子ども扱いした挙句、心配した風の内容が口から突いて出た事に思考が停止してしまう。俺達の間柄が普通の親子からは程遠いのは言うまでもないし、わだかまりが解消されてもそれは変わる事はないはずだった。

 しかも、今更家族のやり取りなど――という驚きに加え、そんな言葉がルインさん相手に向けられた気恥ずかしさも相まっての倍プッシュだ。


「――貴方達がアーク君にした事は決して許される事じゃありません。私だって許すつもりはありません。でも、アーク君は貴方達の想いを汲んだ上で過去を乗り越えた。だから私から言える事はこれだけ……近い内にお義父様になる方の言葉がなくとも、そんな事は当然です」

「は、えっと……?」


 爆弾発言を受けて思考を停止させていると、更に頭を直接ぶん殴られたような衝撃に襲われる。言うまでもなく原因は俺の腕を抱いているルインさんであり、どういう事かと尋ねようとしたがグイグイと腕を引っ張られて術師たちの元に連行されてしまう。

 いきなり話が飛躍し過ぎやしないかと、困惑しながら振り向いた一瞬――父さんが満足そうに微笑んだ様な気がした。



「――それにしても、随分と仲良くなったもんだねェ。ちょっと前から怪しかったけど……」


 術師によって回復魔法をかけられている最中、一緒に下がったセルケさんが揶揄からかい混じりに声をかけて来る。俺もルインさんも、そっち方面で弄られ慣れていない所為もあってか、顔に熱が集まるのを感じた。


「で、最後までシタのかい?」

「はぅ……!」


 それを受けてか、寧ろ大人のお姉様の追及が激しくなってしまい、真っ赤に染まったルインさんの顔から蒸気が噴出する。しかし俺からすれば、ただでさえ慣れていない上にそれほど離れていないところにガルフ達が居るとあって、気まずい事この上ない。戦闘音で会話が聞こえていないと信じたいというのが正直なところだ。


「若奥様、御加減の方は如何ですか?」

「へ……? あ、えっと、良い感じです?」


 すると、治療に当たってくれているグラディウスの間者から、畳み掛ける様に爆弾発言が飛び出した。別にコイツ個人に昔の恨みがあるとかそういうわけではないし、仮にも当主である父さんが俺の事を認めてくれている以上、臣下達の掌リバースも当然だ。だが、一体今の俺はグラディウスでどういう扱いになっているのかと、本気で頭を抱えそうになってしまう。


「若奥様、若奥様かぁ……えへへ……」


 その上、もう一人の術師も平然としているのを見て顔がひくつくのを感じたが、ならもう一人の当事者は――と、隣に目を向ければルインさんは何やらトランス状態。赤くなった頬に手を当て、全身から桃色のオーラを放ちながらイヤイヤと身体を捩らせている。

 とりあえず上機嫌そうなのは良かったが、全力でウェルカム――というか、この様子では全く役に立ちそうにない。


「へぇ……ホントにな・か・よ・く、なったみたいだねェ」

「言い方に悪意しか感じないんですけど……」

「いやいや、そんな事ないって」


 ルインさんは例の如くトランス状態。セルケさんは妹分に近づく男を拒絶する様子を欠片も見せないどころか、嬉しそうに肩を組んでくる始末。グラディウスやフォリアの面々も横目を向けて来るだけでケロッとしているし、誰も今の状況をおかしいと認識していない。

 いつの間にここまで外堀が埋まっていたのかだとか、まともなのは俺だけなのか――など、ツッコミどころが多すぎて知恵熱まで出そうな勢いだ。加えて、さっきの父さんとルインさんのやり取りは、“娘さんを下さい”というアレを色々と混ぜ繰り回したものだったりするのかもしれないと、多少なりとも落ち着いた今になって恥ずかしさが湧き上がって来る。

 ある意味、新しい黒歴史が出来てしまったという事なのだろう。正直、視線が痛い。

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