第234話 魔王の右腕

「な……ッ!?」


 白銀の長剣が処刑鎌デスサイズの柄とぶつかり合い、火花を散らす。


「ほう……まさか、あの体勢から受け止めるとは……」


 突如戦場に現れて銀閃を放ってきたのは、魔王の右腕であるレスター。俺はまさかの増援の存在を受けて驚愕に表情を歪める。


「アーク!?」

「俺に構うな! 早く行け!」


 リリアから不安そうな声をかけられるが、武器全体に魔力を纏わせてレスターを押し返しながらも連中に対して早期撤退を促した。流石にマルコシアスには劣るのだろうが、奴の“古代魔法エンシェント・オリジン”まで考慮した場合、ジェノさんやルインさんを相手にするつもりでいかなければ瞬殺されるのは間違いないだろう。だからこそ、他にリソースを割いた状態で戦えるような相手じゃない。


「ふっ、健気にも足手纏いを逃がそうとしている様だが……」

「させるか!」


 処刑鎌デスサイズを大きく振り抜きながら氷結の槍で弾幕を張り、レスターを背後のリリア達から引き離す。


「良い斬撃だ。それに反応の方もな……!」


 しかし、牽制の散弾程度ではレスターを止める事は叶わない。巧みな身のこなしで迫って来るレスターに対し、俺は処刑鎌デスサイズから換装した長剣を差し向けて鍔是り合う形で進撃を押し留める。


「では、採点を……」

「何様の……くっ……っ!?」


 レスターの突進力は凄まじく、押し留める為にこちらも魔力を全開にせざるを得ない。しかし、奴の右腕が闇を纏ったかと思えば、肘先辺りから牙の様な刃が飛び出し、鍔是り合って動けない俺に向かって刺し向けられる。

 完全に虚を突かれた一撃。今の俺なら背後に飛び退く事で辛うじて回避は出来るだろうが、道を空ければ民間人を含めた皆が殲滅される。ならば――。


「ほう……腕を覆う闇の鎧と盾と化す翼……間近で見るのは初めてだが、中々見事じゃないか」

「何を……!」


 双翅と左腕の鉤爪エッジを急速展開し、理外からの不意打ちを防いだ俺を見ると、レスターは意外そうに目を見開いた。


「その上、アドアを討つまでの次元に昇華させるとは……人間がこれほどの闇の力を宿すなど、何という皮肉だ」

「だろうな。俺だってそう思うさ!」


 剣戟が交錯。衝撃が戦場を揺るがす。


「なら、残して来たアレはどうしたのかな?」

「退けられなきゃここに居ない。かなり手こずらされたがな!」


 白銀の牙と漆黒の翼、闇の砲撃と氷獄の斬撃――激しい攻防を繰り広げながら戦場を駆ける。


「あの聖母は……現象は一体何なんだ!?」

「さあ? ただ、我らの因子は一つに束ねる程、力を増す。単一生物としては異常な現象――世界のバグとも言えるだろう」

「それがあの禍々しい姿……。しかし、味方の暴走をバグの一言で切り捨てるとは……」

「ここは戦場だ。彼女達だって、死ぬ覚悟なら当の昔に出来ている。それは君とて同じだろう!? 何も背負うものがない者が、これほどの力を得られるはずがないのだからね!」


 レスターの背に左右三本ずつの湾曲した牙が生成される。その先端は俺の方に向いており、六つの砲門と化して連続で魔力弾を撃ち放って来た。

 対して俺は、双翅の機動力で攻撃を躱し、直撃コースの魔力弾のみを剣で斬り落としながらレスターへ肉薄。ギリギリ互いの長剣が届く範囲外まで接近した瞬間、リーチの長い処刑鎌デスサイズに換装しながら斬りかかる。

 だが、まるで俺が突破して来るのを分かっていたかのように六つの牙の先が向く中心――レスターの眼前には闇の魔力が収束されていた。それは発射寸前の闇の砲撃――。


「それなら、お前にも譲れない想いが……背負うものがあるというのか!?」

「無論だよ。それがなければ、戦場になど立たないさ!!」


 とうとう撃ち放たれ、眼前を覆い尽くす闇の光に対し、漆黒を纏った処刑鎌デスサイズを魔力で加速させながら振り下ろした。


「ぐ――ッ!?」


 戦場を裂く闇の残光。

 二つの魔法が激突し、反発作用で互いに弾かれる様に距離を取る。


「ふっ……大した力だな」

「お褒めに預かり光栄だ。さっさと退いてくれると助かるんだが」


 未だ奴が“古代魔法エンシェント・オリジン”を使っていないにも拘らず、闇の力を自在に操れるようになった今の俺でも正面から押し切れない。このレスターという魔族は、凄まじい強敵だとはっきりと断言出来る。一瞬も気が抜けない戦いだ。


「――残念だが、承服しかねる。それに……こちらとしても早急に合流しないといけないのでね」

「なにを……ッ!? これ、は……!?」


 俺達が切り結ぶ傍ら、深淵と焔の奔流が漆黒の空に立ち昇った。その後も次々と煌めく魔法の余波に煽られて表情が険しくなったのが自分でも分かる。


「本陣での決戦がもう始まった……!?」

「どうやらそのようだ。万が一にも可能性はないだろうが、援軍に馳せ参じるのは臣下として当然の事。そちらにも油断ならない戦力が揃っているからね。だが、魔王様が本陣に乗り込んだというのに、思ったよりも驚いていない様に見えるが?」

「まあ、アンタを含めてこの戦場だけで魔族が三人。俺達の仲間も動いているんだから、誰かしらが騎士団長達に合流出来ると考えるのは当然だ」

「ほう、余程信頼のおける仲間のようだね。その姿勢は好ましいものがあるのだが……」


 先程見た魔法の性質からして、ジェノさんとアリシアの組がマルコシアスと本陣の戦いに介入したのは確実。なら俺がすべき事は、早急にここを突破して戦闘に介入。最低でもマルコシアスとファヴニールを引き離す事。

 極力顔に出ないように努めてはいるが、レスターが言うほど余裕があるわけじゃないというのが正直なところだった。


「ここまで来てるんだ。今更、焦って解決するものじゃないからな」


 最初の奇襲以降、常に後手に回ってしまっており、どうにか踏ん張る中で最良の戦果を挙げ続けるしかないという苦しい現状。セルケさんという頼もしい援軍があったとはいえ、状況は刻一刻と悪化の一途を辿っていくのみ。

 その上、俺やルインさんだって度重なる連戦で相応以上に消耗している。レスターを含めて三人の魔族とゼロスの存在を考えれば、戦力は拮抗しているとは言い難いだろう。つまりは、この場の突破ですら容易ではないという事だ。


「つくづく人間にしておくには惜しいな。魔王様が気に入った理由が分かった気がするよ」

「それはどうも……とでも言えばいいのか?」


 どこかで切ったであろう頬に滴る鮮血を手の甲で拭うと、処刑鎌デスサイズの刀身に漆黒の魔力を纏わせる。もう次の戦いを考慮するだけの余裕はない。全力でぶつかり合わなければ、一瞬で消し飛ばされる。

 背の漆黒の翼にも魔力を巡らせ、決死の覚悟で事に当たろうと眼前のレスターを睨み付けた時――。


「進め、魔をはらう戦士達よ! グラディウスの名の元に同胞を救うのだ!」


 背後から多数の足音と共に、聞き覚えのある叫びが木霊こだました。

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