第233話 それぞれのすべき事

 突然現れたセルケさんという存在――困惑しながら怪訝そうな表情を浮かべているレーヴェたちの様子は、まるでさっきゼロスと人質を見た時の俺達の焼き直しのようだ。強いて違いを上げるとすれば、鎧頭の様に硬質な無表情であるゼロスの感情が窺い知れないといったところか。


「ふぅ……店の近くでドンパチやられちゃたまったもんじゃないねぇ」


 そんな中、セルケさんは様子を窺っている二人の魔族を見ながらわざとらしく肩を竦めている。


「なに……貴女……?」

「アタシかい? アタシは美人で気前のいい女店主さ!! オラァッ!!」


 力強く大剣が振り下ろされれば地面が裂け、翡翠を纏う魔力斬撃が市街地の瓦礫を吹き飛ばす。


「ぐ……なんて出鱈目でたらめ!?」


 とても片手間に放ったとは思えない威力の斬撃を前に、魔族二人が表情を歪めた。しかし、驚いたのは俺達も同じ。

 かつては二つ名を持っていた超一流の冒険者だとは聞いていたが、攻撃の威力だけを見ればSランク上位帯――どころか、それを上回りかねない出力だ。しかも長いブランクがあってもこの威力。

 もしセルケさんが家庭に入らなければ、もし冒険者ランクの付与がパーティー単位ではなく、今と同じ個人に対してだったら――。彼女も大陸に名を轟かせる戦士となっていただろうという確信を自然と抱かされる――そんな一撃だった。


「さあ、ガキと一般市民はさっさと逃げな! 居るだけ邪魔だよ!」


 セルケさんは解放された人質を一瞥しながら、快活な声を張り上げる。つまり先ほどの一撃は魔族を狙ったものではなく、退路を塞いでいる瓦礫を除去する為に放たれたのだという事。

 頼もしい味方の合流は千載一遇の好機。これを逃す手はないと、ルインさん達が二対三で戦ってくれている間、リリアたちへ指示を出す。


「――俺達が退路を作る。リリアはその間に皆を連れて安全な場所へ向かえ」

「でも……」

「この閉鎖空間で統制の取れない大人数がいても邪魔になる。勿論、戦えない連中を退げた後は、前線に戻ってきてもらうけどな。今皆を守れるのは、お前達だけだ。任せたぞ」

「うん……分かった。アークも気を付けて」


 青い顔をしたリリアが不安げな表情を浮かべてこちらを見て来るが、彼女を安心させるように声をかける。そして、彼女の不安を駆り立てているであろう要因は、疲弊した集団の中でも一際存在感を放っていた。


「はぁ……はぁ……ぐっ……」

「とりあえず止血はしておいた。すぐに処置すれば、なんとかなるだろう。切断痕が綺麗なのも幸いしたな」


 俺はデルトに肩を借りて呼吸を荒げているガルフに対し、淡々と言葉を投げかけた。相変わらず顔色は悪いが、傷口の氷結と元々戦闘中で分泌されていたアドレナリンの所為か、幾許か落ち着きを取り戻している。

 直後、辛うじて持ち直したであろうガルフから視線を外し、奴の足元で顔を俯かせている結果的に庇われた形となった少年と、彼の兄らしい少し背の高いもう一人の少年へ目を向ける。


「だから、君もそんな顔をするな」

「……でも、俺のせい、で……ごめんなさい」


 育ちの良さそうな少年達の顔は、自責の念に駆られてか病的に青白い。膝が笑っており、今にも倒れてしまいそうだ。


「君が悪いわけじゃない。コイツは当然の事をしただけだし、時間はかかるが傷は治る。それと――こういう時は、ごめんじゃなくてありがとうと伝えるのが正しいらしい」

「え……?」

「俺も得意な方じゃないけどな」


 次の時代を担う彼らがこんな戦いで潰れてしまうなど間違っている。いや、そんな事はあってはならない。そんな感情に駆られて声をかけたが、少しは気が紛れたようだ。子供の相手なんてまともにした事はなかったが、ひとまずは上手くいったのだろう。


「僕、は……」

「自らの行動は、結果という形で現実を突きつけて来る。お前がこれまでにして来た全ての事・・・も……残酷なまでにな」


 そんな俺を見て、ガルフが掠れた声で呟く。立ち上がって視線を向ければ、相変わらず死人一歩手前の血色の悪さ。今のガルフなら無職ノージョブだった頃の俺でもどうにか出来るだろう。そこまで弱っている。まあ、見るからに痛みに耐性のなさそうなガルフが片腕を落とされたのだから余計にかもしれないが――。

 でも、奴にかける慈悲はない。ただ、目の前にある現実を伝えるのみ。


「お前が彼を守った。これも一つの結果。もう十分だろう。お前の戦争はここまでだ」

「――ッ!?」


 言葉を投げかければ、ガルフの目が見開かれる。名家である事に人一倍こだわっているであろうガルフの心中を察するのは容易だ。

 だが、起きてしまった事、やってしまった事に今更何を言っても仕方ない。それでもガルフは共同戦線の戦士としての役割を全うし、どんな形であれ自らを犠牲に未来ある次の世代を守った。どんなに無様でも、例え本人にその意思はなかったのだとしても、それだけは事実。


「俺達はもう我儘な子供じゃない。ましてやお前はグラディウスの正統後継者だ。なら個人の感情を押し殺して、今この状況ですべき事を考えて行動しなければならない。それに……お前にも背負っているものがあるはずだ」


 確かに今のガルフの姿は、奴自身が思い描いていたであろうかつての勇者の様な英雄像や、母さんの様な一騎当千には程遠いのだろう。しかし、例えそうなのだとしても、狂刃から守られた小さな彼らや民間人からすれば、ガルフは確かな英雄なんだ。そんな少年達の想いにすら応えられない様では、グラディウスを継げるはずもない。

 その上で戦えなくなったガルフが今すべき事は、グラディウスの血を次代に受け継ぐ為に生き残る事。汚名返上の為に戦功を立てる事でもなければ、魔族やゼロスへのリベンジなどでは決してない。


「だから早く退け。これ以上は戦いの邪魔になる」


 武器を手に戦域に目を向けた俺は、ただひたすらに淡々と言い放つ。仮にも重傷を負って精神的にもズタボロであろう兄弟相手にかけるとは思えない冷淡な言葉だが、今の俺とガルフはただの同志という間柄でしかなく、それ以上の感情は必要ない。

 眼前の景色を睨み付け、闇氷の斬撃を撃ち放つと共にガルフたちに撤退を促した。リリアからの一言以外に返答はなく、代わりとばかりに荒い呼吸と足音が聞こえて来る。だが、それでいい。


 これで気兼ねなく戦える。後は眼前の敵を退け、今も迫る脅威に刃を向けるのみ。

 そう思って足を踏み出そうとした瞬間――目の前で闇纏う銀閃が煌めき、上段から振り下ろされた。

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