第232話 顔ノ無イ虚像《フェイク・ネームレス》

「ガルフとリリア、それに……」

「市民の人達や私達の仲間まで……これは一体……」


 俺達の視線の先――甲冑を着たかのような風貌をした人型の狂化モンスターが佇んでいる。そのモンスターは、俺よりも二十センチほど高い背丈に両腕の鋭利な鉤爪。見た事がない種族、個体だった。


「彼はゼロス。私の遊び相手だよ。すっごく強いからお兄さんの仲間たちはこんなになっちゃったかな」

「この連中は人質。人間界ではこういうの、よくあるのよね?」


 怪訝そうな表情を浮かべる俺たちの前で二人の魔族が笑みを浮かべた。


「大した物知りだな。人質を解放しろ、お母さんが泣いているとでも言えばいいのか?」

「強がっても無駄よ。この中には顔見知りも混じっているのでしょう? 下手に動けばどうなるのかは、そっちの方が理解していると思うけど?」


 極力顔に出さまいと努めていても、人質にされている連中が顔見知りと民間人の混成だという事には変わりない。


「“顔ノ無イ虚像フェイク・ネームレス”――私が“古代魔法エンシェント・オリジン”を使って帝都に居たのは、挨拶の為だけじゃないって事だよ。お兄さん」

「ええ、貴方達には手痛い目にあわされたもの、対策を立てるのは当然よね?」


 ガルフとリリア、ストナとデルト――それから五名ほどの団員に加え、元々いたであろう多くの民間人。これはジャンネットの他者に化ける能力を用いて、俺達の素性を探った上での布陣。恐らくは戦闘が進み、交代部隊と入れ替わって補給中のところをゼロスとかいうモンスターに襲われて連れてこられたんだろう。しかし、人質を取られるというこの陣容は、真正面から切り結んできたこれまでの敵との戦闘よりも質が悪い。

 普段少人数で行動しているが故に、こういった搦め手には俺もルインさんも警戒が薄かったのかもしれない。というよりは、これに関しては俺達側からは対策のしようもないのだが――。


「武器を棄てて降参なさい。勿論、反論は聞きません」

「まあ、何をするにしても、ゼロスがあの人達を殺っちゃう方が早いもんね」


 民間人が巻き込まれている以上、何とか助けたいところだが、俺やルインさんの斬撃魔法では火力が高すぎる上にモーションも大きいとあって、人質救出には不向きだ。逆に小回りの利く遠距離魔法では、火力が足りない。それは俺が武器を変えたとしても同様。

 であれば、“死神双翅デスフェイザー”を閉じて突っ込み、人質からゼロスを引き剥がすというのが一番現実的だろうが、レーヴェや飛竜ワイバーンの飛び道具まで考えると、やはり人質への負担が大きい。故に一手足りないというのが現状。

 ルインさんの方もまだ“原初魔法ゼロ・オリジン”が使える程は回復していないし、仮に使える状態であったとしても分が悪すぎる賭けだろう。

 それでも人質が一人や二人ならどうにかなったかもしれない。その内訳が戦闘員だけであれば、多少の無茶は出来たかもしれない。でも、現状は違う。結局の所、どこまで行っても人質が足手纏い――そして、ジャンネットが言っている事に帰結してしまう。敵を倒す戦いよりも、誰かを守る戦いの方が遥かに困難であるという事だ。


「さあ、早くした方がいいわよ。こっちにはまだまだ人質の替えがいるんだからね」

「は、ひっ!? た、助け……」


 ゼロスが鉤爪を鳴らしたかと思えば、足元に転がっている子供の顔面に切っ先を突き立てる。それは周りの連中への見せしめと俺達への示威行動。倒壊した瓦礫の上に鮮血が広がり、悲鳴が響き渡る。


「あ、ぐああぁぁぁっっ!?!?」


 しかし、鋭利な爪が突き刺さったのは、少年ではなくガルフの左腕。本人が意図してかどうかは定かじゃないが、結果的に子供を庇う様に突き出された形となっていた。当然ながら流れ出る鮮血もガルフのものであり、苦悶の悲鳴が周囲に木霊する。

 攻撃を受けたのは急所ではないが、急いで止血しなければ命はない。流れ落ちて地面を濡らす真紅は、宛ら命の残量を計る死の血時計。


「あら? でも、王手チェックメイトね」


 人質を見捨てるか、自分たちを犠牲にするか――究極の二択を迫られている俺たちの前で、愉し気にレーヴェがわらった。

 その瞬間――さっきとは逆側の壁が引き裂かれるように倒壊し、響き渡る轟音の中で瓦礫と噴煙が舞う。


「行きな、二人とも!」


 誰もが驚愕に身を強張らせる中、戦場に響き渡る快活な声音。その声を訊いた瞬間、俺とルインさんは弾かれたように噴煙の中を疾駆する。


「一体……何なの!?」

「お話は後回し! 今は!」

「くっ……!?」


 豪快な一閃。偃月刀の一振りが噴煙ごと二人の魔族を吹き飛ばす。レーヴェたちはギリギリで自分の武器を挟み込み、ルインさんも直接殺傷する気はなかった為、無事だったようであるが戦況を見失って混乱。

 その間に双翅を展開して加速した俺自身が人質を捉えているゼロスに斬りかかる。


「■■――?」

「ぐ、がぁぁっっ!?!?」


 漆黒の魔力を放出しながら迫る俺を前に飛び退こうとするゼロスだったが、返しの付いた鉤爪を無理やり引き抜いた為、ガルフの腕が切り落とされて吹き飛ぶ。しかし、目の前に広がる凄惨な光景に構っている場合じゃない。


「――ッ!!」

「あが、あぁうっっっ!?!?」


 目つぶしと化して迫って来るガルフの鮮血を全身に纏った魔力で蒸発させ、方向転換することなく加速しながら直進。横に寝かせた処刑鎌デスサイズの柄を前面に押し立てて突っ込んでいく。


「■■■――!?!?」


 甲冑のように固い前腕で防御されるが、そんなものは想定内。双翅の推進力を活かし、ゼロスの体を押し出しながら帝都図書館の壁面に叩きつけた。


「リリア! 連中は俺達で引き受ける! 今の内に体勢を立て直せ!」

「う……うん!」


 圧倒的不利だった状況は一転し、ネックであった人質の解放に成功。足元に転がる腕を拾い上げ、ガルフ本人の切断箇所を含めて氷で止血。最低限の処置を施してリリア達の方に腕を放り渡すと共にレーヴェ達へ向き直る。

 向こうは二人と一体。こちらは三人・・


「ジャンネット、どういう事なの? 貴方の調べでは、あんなのは人間側の特記戦力に居なかったと思うのだけど?」

「そんなこと僕に言われてもなァ……」


 状況好転の要因。それは魔族にとっても完全に予想外であったようだが、ある意味当然だろう。何故なら、この現状を引き起こした彼女・・は共同戦線の一員でもなければ、戦闘員として登録すらされていないからだ。


「――ったく、こんなロートルが前線に出てこないといけないなんて、最近の若いもんはだらしないねぇ」


 そう、身の丈を超える巨大な大剣バスターソードを肩に担ぐ大柄の女性――セルケ・ダイダロスは――。

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