第231話 跪ケ、流レ散ル命

 俺とルインさんは帝都を北上しながら、マルコシアスらが戦闘を行っているであろう市街の中央――“アヴァルディア宮殿”を目指して突き進む。

 その最中、逃げ惑う一般市民とそれを追い立てる狂化モンスター、対抗する共同戦線の面々に遭遇。急な戦闘と相成った。


「くっ! 早く進みたいのに……!」

「ええ、防衛戦なんてやっている場合じゃないってのは同感ですね!」


 崩壊した市街地の特性や逃げ惑う人々を壁に使われると味方が肉の壁となってしまい、さっきまでの戦闘とは違って俺達も全力を発揮しきれない。開戦の“挨拶”を思わせるシチュエーションだ。俺たち二人だけでもこの様なのだから、狭い地帯で八人固まって動くよりもバラけて行動するのは、確かに正解だったのだろう。

 とはいえ、この地区は三群主体であり、今俺達が離れるわけにはいかない状況となってしまっている。


「きゃあああぁぁっっ!?!?」

「た、助けてくれぇっ!?」


 リンドヴルムの剣で腹部を切り裂かれた女性が、アルゴスに下半身を踏み潰された男性が泣き叫ぶ。


「この男は……ったく、次から次へと!?」


 隣のルインさんから突出する形で処刑鎌デスサイズから取り回しのいい長剣に換装し、モンスター二体に氷結双閃を叩き込む。最早二人とも手遅れであり、同時に男性の方がこの間、エリルに絡んで来て一悶着あった者だという事にも気づいてしまい、何とも言えない感情が湧き上がって来る。

 しかし、そんな俺に向けて飛竜ワイバーンの火球とオルトロスのブレスが撃ち放たれた。


「“凍穿幻鏡”――ッ!」


 長剣を足元に刺し、攻撃魔法である氷の剣群を壁にして防御。同時に左手に生成した氷の苦無、同様の槍を連射する形で弾幕を張りながら対処する。


「アーク君!?」

「こっちは大丈夫です! それよりもルインさんは民間人を!」


 現状、自分を盾にしている俺も、子供を両脇に抱えながらマンティコアに飛び蹴りを叩き込んだルインさんも思うように動けてはいない。理由は説明するまでもなく周りの連中の存在だが、もう一つは狂化モンスターの練度の高さ。一体一体の脅威度だけであれば魔族を格段に下回るのは当然の事だし、ダリア達が率いていた連中に比べても同様。

 でも、やはり魔族が直接率いて共同戦線の防衛網を突破した個体とあって、連携と単体性能は相当に優秀である事には違いない。更にそれら二つに加えて閉鎖地帯という環境が相まって、いつも以上に油断ならない相手となっている。


「ぐ……ッ!? これ、は……!?」


 そんな状況の中、第六感に従って咄嗟に飛び退いた俺は白銀の長剣で迫る飛来物を斬り伏せた。弾かれるように飛んで行くのは平たい形をした見覚えのある物体。


「へぇ、よく防いだね。完全に殺ったと思ったんだけどなァ」

「それでも、これで終わりね!」


 闇を纏ったブーメランに身を固くした直後、視界いっぱいの小剣群が押し寄せて来る。その術者など明らかであり、長剣から処刑鎌デスサイズに換装して闇氷の斬撃を撃ち放つ。氷華と爆炎が暗い空を彩るが、追加とばかりに遠距離攻撃が放たれていた。


「こっちの連携を崩して各個撃破が狙い……全く、好き勝手やってくれるよね!」


 雷撃一閃。

 偃月刀から放たれた斬撃が残る小剣を爆散させる。


「ちっ!? もう戻って来るなんて……」

「モンスターの群れを使っての不意打ちには、前に手痛い目に合わされた。二度目はないよ!」


 俺の隣に降り立つのはルインさん。モンスターを掃討し終えて戻って来てくれたようだった。

 対して戦場に姿を現し、離れた場所で相対するのは二人の魔族――レーヴェとジャンネット。ジャンネットはともかく、城壁外の戦闘で部隊を率いていたレーヴェが帝都内に侵入しているのは、少しばかり想定外。

 言われてみれば、外から内へ戻って来る中で顔を知っている魔族を見かけていない。つまりこの場にレーヴェが居るという事は、レスターやグレイブだけじゃなくてニエンテらも帝都に侵入している可能性は高い。であれば、この連中に時間をかけている場合じゃないと二対二で連中に対して向き合うが、眼前の二人は余裕そうな風貌を見せている。


「これ以上、帝都で暴れさせるわけにはいかない」


 ルインさんが雷電を弾かせながら偃月刀を差し向けた。

 こう言ってはアレだが、目の前の二人はさっきまで戦っていた魔族と比べて格段に驚異度は落ちる。ジャンネットは工作員というか、隠密行動に特化していて直接戦闘向きではないというのは明白。強いて言うのなら、レーヴェがユリーゼよりも頭一つ分は強いだろうと言った程度のものであり、普通に戦えば今の俺達が勝つのは言うまでもない。

 それはあちらも理解しているだろうに、この余裕さ。どこか不気味だ。しかし、今の俺達に後退という選択肢はなく、砲弾のような勢いで金色の閃光が戦場を駆ける。


「行くよ――!」

「あら、い・や・よ!」


 飛び退く二人――レーヴェがばらまく小剣群。今のルインさんにそんな弾幕が通用するはずはない。だが、その疾駆は別の外的要因によって塞き止められる。

 立ち止まって小剣を払い落としたルインさんの視線の端には、脇に逸れた数本が爆散したことによって壁面を打ち崩し、俺達から見て右側になる大通りであった場所に広がる異様な光景。


「そっちはどうか知らないけど、こっちはまともに戦うつもりなんてないのよね」


 小剣を手で弄ぶレーヴェもまた、そちらを一瞥して口角を吊り上げる。


 皆が見つめる先――そこには、ガルフやリリアを始めとした倒れ伏す共同戦線の団員達と、彼らの周囲で怯える一般市民。そして、その悲劇を引き起こしたであろう、どこか騎士甲冑を思わせる群青色の人型が、そんな彼らを見下ろす様に佇んでいた。

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