第229話 炎聖ノ騎士

 自らの魔力を推進力とし、漆黒の軌跡を残しながら空路を翔ける。狙いは最奥の聖母。その首元――。


「■■、■■■■■■■――!!!!」

「この音叉……物理攻撃にも……ぐっ!?」


 そんな俺の存在を感知したのか、聖母は唄の音調を変えるかの様に口元から魔力の波動を撃ち放ってきた。幸い咄嗟の判断で薄い魔力の膜を全身に巡らせて防御した為、事なきを得ているが、もし間に合わなければ聴覚はおろか、全身を魔力圧で圧し潰されていたかもしれない。

 それはそれとしても、凄まじい圧力を受けて足を止められてしまっている。


「生憎と音楽鑑賞は趣味じゃないんだが……なッ!」


 推進機関でありながら強靭な盾にもなる“死神双翅デスフェイザー”だが、ほぼ視認不可の全方位無差別攻撃に対しては、武装特性の特性上大きな効力を発揮出来ない。手持ち武装以外ならどうだと氷結の槍を虚空に生成して撃ち放つが、俺自身と同様に聖母の唄で塞き止められて圧し潰される。

 現状を言い表すのなら、まるで押し寄せる津波の逆流に向かって、ひたすら正面から突っ込んで行くかのような状態。そんな徒労感と現状を受け、思わず毒づいてしまう。


「くそっ!? 進めやしねぇ!」

「厄介だな……それに、周りの魔獣たちも……!」


 それは他の皆も同様であり、唄に妨害される形で進撃を阻まれていた。その上、周囲には生ける骸と化した痛みを知らない戦士達が闊歩しており、動きの鈍った俺たちに襲い掛かって来る。


「皆、避けて……! 流石に全員はカバーしきれないわよ!」


 比較的唄の影響が少ないエリアからアリシアが矢を連射して援護してくれてはいるが、少々火力不足とあって蘇った狂化モンスターを塞き止めるには至らない。尤も、腕や首を吹き飛ばし、身体に大穴を開ける程の矢の威力自体は申し分なく、どちらかと言えば相手が異次元過ぎるのは言うまでもないだろう。

 しかし、何を言っても現状は変わらない。


「近づけねえなら、離れて超火力をぶち込むしかねぇ! こうなりゃ、一番体力が残ってる俺とアリシアで……ちっ、こいつら……ちょろちょろ鬱陶しいんだよ!!」


 リゲラはが自らの主戦闘域である近距離クロスレンジを棄ててまで唄から逃れようとするも、それをさせまいと周囲の狂化モンスターの勢いがどんどん増していく。

 このままでは全滅は必至。ならこの距離で最大火力を叩き込んで強引に消し飛ばすしかないと、処刑鎌デスサイズに魔力を込め始めるが――。


「■、■■!?」

「な……ッ!?」


 戦場全体を包むかと錯覚させられる程の劫火に煽られ、行動を中断キャンセルさせられてしまう。それは眼前の聖母も同様であったようで、無機質だった口元が僅かに歪んだのが見て取れた。


「――やれやれ、もう少し後まで取っておくつもりだったのだがね」


 何が起こったのかと現象の中心に目を向ければ、真紅の燐光フレアを全身から発するジェノさんの姿。その様子からして“原初魔法ゼロ・オリジン”を発動させたというのは言うまでもなく、携えられた真紅の長剣――“プロメテオンセイバー”の刀身には、紅蓮が渦を巻いている。正しく炎聖ノ騎士といった所か。


「こうなってしまった以上、長期戦は好ましくない。悪いが圧倒させてもらう!」

「■、■■■■!?」


 上段からの一閃。ハウリングする魔力の唄が、力任せに掻き消される。驚愕からか動きを止める聖母を尻目に、俺たちは奴の拘束から解放されて自由を取り戻した。

 そして、あのジェノさんが相手の隙を見逃すはずもなく、真紅の残像を残して疾駆。聖母を強襲する。


「でぇぇぇいっ!!!!」


 更に上段からの一閃。振り下ろされた紅蓮ノ剣と聖母が全方位に展開した深淵の障壁とが音を立ててぶつかり合う。爆炎を煌めかせる一閃の威力は凄まじく、単一の生物としての領分を超えているであろう全方位障壁を少しずつではあるが、確実に押し始める。


「間近で見ると、やっぱりすげぇ……」


 リゲラの感嘆の声に無言で同意せざるを得ない。近づいて剣を振る。たったそれだけで、戦況が一変しているのだから間違いないだろう。その上、聖母自身が自らの周囲を障壁で覆ってしまっている為、現状の奴は最大の武器である“唄”が使えない。

 故に唄の副産物として周囲を闊歩していた狂化モンスターは、再び力なき骸へ逆戻りしている。


 攻めるなら今しかない。


「■L■A!?」


 反撃の一閃に続くべく、双翅の機動力を活かして聖母の背後に回り込み、処刑鎌デスサイズを一閃。切っ先を障壁に突き立てながら、基部からの魔力噴射で斬撃の威力を高める。


「――ッ!!」


 劫火と闇黒閃の二重螺旋。咄嗟の行動で前後からの挟撃に持ち込むと共に、最大火力で一気に押し込むべく俺達は斬撃の威力を高めていく。

 目の前の聖母は常識の範疇はんちゅうを逸脱している。あの唄以外も何をしてくるか分からないし、別の能力を披露されて絶望的な状況になる恐れも十二分に考えられる。加えて一刻も早く帝都に戻らなければならない上に、俺たち自身も長期戦をやれるようなコンディションじゃない。


 だからこそ俺達がすべき事は、奴が防御に全リソースを割いて動きを止めている間に即時殲滅。他に勝ち筋はない。


「はあああああぁぁ――ッッ!!!!」


 直後、二つの斬撃によって障壁が砕け散り、処刑鎌デスサイズが左脇腹の大部分、劫火の剣が右半身を抉り斬る。


「■、■■L■■■■!!!!」


 身体部分を大きく欠損した聖母であるが、まるで痛みなど意に介さずとばかりに魔力ハウリングを再開。先ほどの唄を零距離で俺たちに打ち込むつもりであるようだ。

 その上、随分と凶悪な見た目になった棘付き鞭を呼び出し、残された左腕で掴み取る。同時にスカートの中――下半身からは触手がうごめき、上半身の傷口からは獅子の顔、背中には竜の翼を出現させ、一気に全てを躍動させた。

 異質さ極まれりとでも称するべき、目を疑いたくなるような光景。だが、動き出した刃を止める事はない。俺は全身の推進力を使って大車輪、ジェノさんは返しの刃を煌めかせ、二の太刀を打ち込んだ。


「■■■――!?!?」


 再びの二重斬撃が瞬き、聖母の口から苦悶の声が漏れる。


「声が止まった……今なら……!」

「さっきまでの借りを返せるってもんだなァ!!!!」


 辛うじて躯体を保っている状態の聖母は、背の翼をはばたかせて空へ逃げようとするが、そこに襲来するのは水流の矢。翼膜を刺し穿って飛翔を阻害し、更に突っ込んできたリゲラが跳躍し、浮かび上がりかけた聖母に向かってダブルスレッジハンマーを打ち下ろす。


「■■■■――!?!?」


 漆黒の太陽を背にして、魔族でありながら神聖さを宿している異形の存在――堕ちた聖母が天から落ちて来る。対して地上の俺達は、刃に魔力を纏わせて待ち構え――。


「終わりだ――ッ!!」


 炎と氷の斬撃魔法を奴の前後から叩き込んだ。

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