第228話 死セル骸ノ独唱
結果的にではあるが、魔族軍の包囲網が崩れた事により、敵・味方の双方とある程度の距離を保ちつつ、俺達は一ヶ所に集まった。皆の表情は一様に険しく、眼差しの先には件の聖母の姿。
「なんだってんだ! 一体!?」
「そう熱くなるな。向こうにとっても不測の事態であるようだが……ウァレフォル嬢、心当たりは?」
「いや……生憎と正答を用意できそうにないな」
異質、異形、不確定要素の塊――何より、奴が唄っている事もあって、不用意に近づくのが
「……そういえば、さっきの二人は?」
「確かにユリーゼの亡骸が消えているな。ダリアの方は、まだ辛うじて戦える状態にあったはず……とてもあの状況で逃げられたとは思えんが……」
そんな膠着状態の中、ふと聞こえて来たルインさんとセラスの訝し気な呟きが、俺の記憶を呼び覚ます。
「アーク君? 何か分かったの?」
「戦っていた二人が居なくなったんじゃなくて、二人が一人に統合された……という事はないですかね?」
思考に耽っている俺が気になったのか、ルインさんが小首を傾げながら問いかけて来た。
「おいおい、スライムや絵の具じゃねぇんだぞ。魔族とはいえ、人間型の生き物がくっついたりなんて……ぐ、ぇ!?」
「アーク、続けて」
「ちょっ!? 俺だって疲れてるのに、どつかないで下さいよ!」
「少し黙りましょうね」
「解せぬ」
それは他の皆も同じだったようであり、俺に向けて視線を注いで来る。一部どつき漫才を繰り広げながら――。
「狂化因子の共鳴、もしくは融合か同調……。それに端を発する異常事態と異形の存在。原理はよく分からないけど、俺達は似たような現象を目の前にした事があるはず……」
俺の言葉に思い当たる節があるのは、この中の三人。
「あ、ランサエーレの人と戦った時の!?」
「そうね、言われてみれば、あの時と状況がよく似ているわ」
「まさか魔族間でも、こんな……!?」
そして、目の前で起こった現象は前に巻き込まれたランサエーレ家のお家騒動の際、その当主一家が狂化因子を御しきれずに暴走させた時のものに酷似している。
「つまり、ウァレフォル嬢が
「ええ、恐らくは……」
「でも、あっちの指揮官がアレを置き去りにしたって事は、ダリアって人の意志はそこに無く、半ば制御不可の暴走状態という所かしらね。全く、厄介なモノを……」
件の事件における顛末は情報共有を済ませているとあって、皆の事態の受け入れが早い。特にジェノさんとアリシアは、即座に情報をアップデートして作戦を立て始めている様だ。
「ただ、前の時は二流冒険者と低級モンスターが素体だったから何とかなった。でも、今回は……」
「素体が魔族同士……。それも単純な能力だけを考えれば、どっちもSランククラスって事は……ちょっとヤバいかな」
眼前の聖母は、生物というよりも現象に近い。明らかに何かしらの壁を超えた存在であるというのが、全身から伝わって来る。不確定要素はあまりに多すぎるものの、下手をすれば全滅の可能性すらあると考えて対処に当たるのが定石だろう。
「ええ、それに今の私たちじゃ余計に……かもね」
その上、ジェノさんとリゲラ、エリルとアリシアはまだマシな部類だが、残り四人はさっきまでの戦いの影響でとても本調子とは言い難い。特にキュレネさん、次いでルインさんは、“
かくいう俺も大技を連発した影響で元気いっぱいとは口が裂けても言えない状況にある。でも――。
「■、LA■、■KO■O■■■■……!!!!!!」
「な……また唄が大きく……!? それに周りの骸が……!?」
戦場に響き渡る聖唱。魔力のハウリングによろめいた一瞬、倒したはずの狂化モンスターがゆらりと身を起こしたかと思えば、光の無い瞳を向けて走って来た。
「おいおい、なんじゃこりゃあ!? 幽霊か!?」
「間違いなく倒したはずです! こんな事、今まで……!?」
「話は後だ。エリルは治療中の二人と共に後退! 残りの者は散開して、奥の敵を討つ!」
理外を超えた現象を前にジェノさんの指示が飛ぶ。俺達は困惑に駆られながら各々戦闘態勢に入り、最奥の聖母目がけて前進。進行方向に立ち塞がるギガースを殴り飛ばすリゲラだったが――。
「この……気味が悪いんだよ! って、マジか!?」
突き出された右腕ごと貫いて首を刎ね飛ばすものの、ギガースは痛みに悶える事もなくもう片方の腕でカウンター攻撃――それも視界を失っているにも拘らず、的確にリゲラの方に打ち返して来ている。
「くそっ!? どうなってるんだよ! 次から次へとよぉ!!」
虚を突かれたリゲラだったが、体勢を崩しながらも攻撃を躱してカウンターの一撃を叩き込む。しかし、当のギガースはカウンターを受けて胸に大穴が開いている状態であっても、お構いなしで動き出し始めた。
明らかに異様な状況。そんな光景に毒づくリゲラによって残った手足を落とされると、今度は糸が切れた操り人形のように地に伏せる。
「再生能力を失っている? いや、原因は奴か!」
驚異的な再生能力を持つ狂化モンスターと言えど、痛みを知らない狂獣というわけじゃない。痛覚自体はあったはずだし、部位を欠損させた時には相応にダメージを負っていた。ただ、そこから再生するというだけだ。
つまり、目の前の連中は死んだはずの狂化モンスターが蘇ったというわけではなく、ダリアとユリーゼを素体に、彼女らの狂化因子によって誕生した――あの墜ちた聖母が絶命した骸を操っているという事だ。その上、魔族が匙を投げる暴走状態ともなれば、その危険度合いは計り知れない。
何より、無数に死体が供給される戦場において、奴の能力はあまりにも強大で質が悪すぎる。さっきの疑念じゃないが、それこそ下手をすれば、あの聖母一人に人間側全てが滅ぼされる可能性すら秘めていた。
しかも、こちらは既に三人が戦線を一時離脱。もうつべこべ言っている場合じゃない。
「あの唄を止めないと、どうにもならない。ならば……!」
俺は“
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