第224話 血甚狂亡《トップバーサーク》

「はっ! よく逃げるじゃないさ! 最高の狩猟ハンティングだよ、アンタたち相手はさァ!」

「この……いい加減に……!」


 大きな変化を見せたのは、ルインさんとダリアが戦っている戦域。


「我が種族を裏切った貴女と愚かな人間に裁きの一撃を……!」

「そのような選民思想……無意味だと知れ!」


 同時にセラスともう一人の女性魔族が戦っている戦域でもある。


「ユリーゼだってそう思うだろう!?」

「はい、ダリアお姉様!」


 戦っている四人――ユリーゼと呼ばれた女性魔族とダリア、そしてこちらの二人。単体の戦闘能力だけで言うのなら、恐らくルインさんとセラスの方が相手を上回っているだろう。しかも、他の三人と比べてユリーゼが格落ちと言わざるを得ないという事も、遠目からですらはっきりと見て取れる。それでも、戦況は互角だった・・・・・

 要因は連携の練度の差と使役する武具の性質にある。


 俺達ではダリアとユリーゼがどんな間柄なのかを知る事は出来ない。それでもユリーゼの態度からして、なんらか深い関係であるというのは明白だろう。いくら親しくなったとはいえ、そんな二人と比べるとルインさんとセラスは、急場しのぎのコンビと化してしまう。


 その上、ダリアに関しては言わずもがなだが、直接戦闘力で劣るユリーゼの方も曲者だった。もし彼女を人間の職業ルールに収めるのなら、“魔獣奏者モンスターテイマー”といった所だろう。現に、狂化モンスターを自らの武器代わりとばかりに操りながら戦っている。

 集団戦における狂化モンスターの恐ろしさは俺達が味わっている通りであり、単体戦力で勝っているはずのルインさん達でも相手を押しきれないでいる。


「さァ、行きなさい。私の下僕たち!」


 ダリアが鞭を振るう。それは敵であるルインさん達に対してではなく、味方である狂化モンスターに向けてのもの。鞭を受けたSランクモンスター――アルゴスは咆哮を轟かせながら、その姿を変質させていく。


「■、■■■■■■――!!!!!!」


 アルゴスは元々からしてギガースやマンティコアなどを遥かに超える体躯を誇っていたが、ダリアに叩かれたのを合図にどんどん巨大になっていく。その所為で、ただでさえ筋骨隆々だった全身の威圧感は先ほどの比ではないものと化した。身体の変化は大きさだけではなく、その口先は前方に伸び、口元からは大きな牙が覗いている。更に筋肉で作られた鎧の表皮には鱗が張り、爪が、角が伸びていく。

 あれは正しく――。


「竜人、とでも言うべきか……限界を超え、存在を変質させるなど、強化魔法の域を超えている」

「これも“古代魔法エンシェント・オリジン”……って事?」

「ああ、確実にな。だが、この禍々しさ……とてもまともには思えんが……」


 アルゴスであったモノは目全体から光を放ちながら、全身に浮き出た血管を脈動させている。荒い呼吸の度に口先から蒸気が溢れ、顔や腕の左右の姿ですら対象ではない。その様は異形の一言。ただでさえ、生物としての限界リミットを超えて力を行使する狂化状態ではあるが、今の奴はその一段上と言って差し支えない状況にあった。

 尤もセラス達が感じている通り、正規の強化形態と呼ぶには不格好すぎるが――。


「オラッ! 行きな、下僕達ッ!」

「■、■■■■■■■■■――!!!!!!」

「“血甚狂亡トップバーサーク”――ッ!」


 ダリアの鞭は、異形の姿を前に人間側が目を剥く中で何度も振るわれ、ユリーゼによって既に強化されていたであろうリンドヴルム、マンティコア、ミノタウロスがアルゴスと同様の形態へと変質する。


「このような蛮行……魔獣の命を使い捨てるなど……!」


 ミノタウロスが振り下ろした斧を躱しながらセラスが叫ぶ。無造作に振り抜かれた巨斧は地面を砕き、辺り一帯を深々と陥没させてしまう。確かに凄まじい威力だが、その反動は身体の破壊という形でミノタウロス自身に襲い掛かった。


「■■■■■■■■――!?!?」


 斧を持つ右腕全体が鮮血に染まり、肘が砕け、肩口から腕が捩じり取れる。それが限界の制限を二つも三つも超えた攻撃を放った代償であるのは間違いない。しかし、狂化因子の影響で直ぐに傷口が塞がり、抉れた肩口が接合される。直後、再び巨斧が煌めいたかと思えば、セラスの回避と共にミノタウロス自身の肉体が耐え切れずに損壊――そして、即座に再生。理性を失い、自らの身すら省みることなく暴れ回るその様は、正しく狂戦士バーサーカー

 ダリアの“古代魔法エンシェント・オリジン”は、限界を超えた強化値まで対象のスペックを引き上げる補助サポート型の術式という事なのだろう。


「はっ! 知るかよそんなもん! アタシは裏切り者のセラスちゃんとそこの金髪女をブチのめしたいだけさ。魔族の女王になれたはずの立場を放り出して仲間を裏切ったおバカさんと前に借りを作った脳筋女をねぇ!」

「私はお姉様の赴くままに……ですわ!」


 その“古代魔法エンシェント・オリジン”は、モンスターを強化して使役するユリーゼの戦闘スタイルと恐ろしい程までに噛み合い過ぎている。ただ、ここまでならば、ルインさん達が苦戦して押し切れないまでの陣形じゃない。何より問題なのは、素体となっているのが高位種族の狂化モンスターである事だった。


「■■■■■■■■!!!!」

「足の速さも攻撃力も半端じゃない……だけどこんな自爆みたいな戦い方……!」


 宙返りで攻撃を躱したルインさんが憤りを隠しきれないとばかりに声を上げる。その原因はあまりに単純。先程までと同様に、振り下ろされた剣が空を切ったかと思えば、リンドヴルムの肩口から先が外れて吹き飛んで行ったからだ。直後、膝が形状崩壊を起こし、巨体が地面に横たわってしまう。


「■、■■■!? ■■■■■!?!?」


 そこから始まったのは、地獄の様な時間。悲鳴を思わせる咆哮と共に骨が、血肉が、細胞の一つ一つが脈動し、再生と破壊を繰り返している。狂化モンスターが似たような挙動を取ったのを見た事はあるが、そんなものとは明らかに次元が違う。

 そして、崩壊した地面に鮮血の海が広がり、武器を構えるルインさん達の前で、もがき苦しんでいた竜人が絶命する。


「ちょっとぉ……良い子ぶらないでよ、乳デカ金髪ちゃん。博愛主義なんて戦場ではクソの役にも立たないし……こっちにはまだまだ残弾があるん……ダ・カ・ラ!」


 凄惨な光景を目の当たりにして険しい表情を浮かべる二人だったが、当のダリアは余裕綽々。いや、寧ろ見せつけるかの様に付近のモンスターを強化していく。


「さァ、蹂躙してあげるわ!」


 そして、ダリアの言動からも分かる通り、今この状況は高位の狂化モンスターに守られている彼女達を潰すまで、半永久的に強大な敵戦力が供給され続けてしまうという絶望的なものと化していた。

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