第223話 幻影の果てに

「は……っ!? く、ぁ……っ!?」


 ジェネレアの口から血塊が吐き出される。刺突を放った体勢が崩れ、水浸しになった細剣レイピアごと右腕が下を向く。


「この私が……してやられたものですね」

「悪く思わないで。こっちも敗けるわけにはいかないのよ」


 自嘲するような言葉に反応するのは、背後から長槍を突き刺しているキュレネさん。何が起こったのかを認識するのに暫く時間を要したが、現象としてはそこまで複雑なものじゃない。


「水の幻影……いや、人形とは……」


 先ほど勃発した両者の大規模魔法同士による激突。その直後、爆心地から飛び出したキュレネさんは、彼女が魔法で創り出した質量を持つ分身だったという事。つまり、あの魔法の激突を目くらましとして利用し、水分身を生成して特攻。本体であるキュレネさんは身を潜める。そして、陽動役である水分身によって隙を生み出し、零距離で斬撃魔法を打ち込んだ。

 単純に言えば、ジェネレアが仕留めたのは、キュレネさん本人ではなかったという事だ。


「思えば、先ほど向かって来ていた貴女が無傷、だった事を……怪しむ、べきでしたね。それすらも見失ったとなれば、この決着は、必然……」

「貴方も強かったわ。実戦でここまで死を覚悟したのは、初めてだったかもね」


 途切れ始めたジェネレアの言葉にキュレネさんが答えた。さっきまでの戦いでかなり力を消耗したのか、身に纏う燐光フレア篝火かがりびの様に揺らめいている。


「そう、ですか……ならば、思い残す事、は……」


 その答えに対して満足したかの様にジェネレアの体が力を失い、投げ出された細剣レイピアが音を立てて地面を転がる。

 決着はついた。でも、歓声はない。穂先を引き戻したキュレネさんの表情は、どこか憂いを帯びたものだった。


「キュレネさん……流石、だけど……」


 刃を振り下ろす度に心が軋む。血肉を斬り裂く度に精神ココロが悲鳴を上げる。恐らくそれは、俺達が本来戦わなくてもいいはずであるという事を理解しているからだ。

 その一方、生きる為には戦わなければならないという確固たる事実も存在している。これこそが矛盾。世界の歪み。


 しかし、そんな俺たちの想いとは裏腹に、混沌の戦場は刻一刻と姿を変容させていく。


「……状況が良くない、か」


 俺は飛竜ワイバーンの翼を斬り落とし、鳥の頭を持つ魔人――ガーゴイルを氷華の檻に閉じ込めながら呟いた。

 確かにこちらの戦力損失を最小限に留めつつ、敵の将を二人討ち取れた事は最良の戦果と言えるだろう。しかし、俺達も激しい戦闘で相応以上に消耗している上に、狂化モンスターの数はどんどん増している。これが示すのは、前線部隊が押し込まれ始めたという事。五分五分と言うには、少々分が悪い。


「しかし、これではこちらも動けない……」


 援護に行きたいところではあるが、アリシア、エリルは変わらず弾幕を張って多数の狂化モンスター、他の皆は魔族と交戦中で足が止まってしまっている。それは当の俺自身も同じ。しかもこちらの空中戦力は俺だけであり、ここで持ち場を離れて陣形を崩してしまえば魔族と戦っている皆が陸・空からの挟撃に合う事になるのは確実。


 そうして狂化モンスター特有の半無尽蔵のスタミナと再生能力という性質がこれでもかと猛威を振るい始めた頃、蒼い影が戦場を疾駆する。


「アーク! 貴方は上だけを見て戦いなさい! こっちは私が何とかする!」

「キュレネさん!?」


 さっきまで死闘を繰り広げていたキュレネさんが、リリアやロレル達と戦っている狂化モンスター部隊後衛に向けて水流の一撃を打ち放った。援護に向かってくれたと考えれば心強いが、それは平時の彼女であればの話。

 いくら完成形に辿り着いたとはいえ、“原初魔法ゼロ・オリジン”の性質とも言うべき心身への負担は計り知れない。それも、あれだけ激しい戦闘を繰り広げた直後なのだから、今の彼女は俺達の中で最も消耗しているはずだ。

 現にその“原初魔法ゼロ・オリジン”も、とっくの昔に解除されている。


「そんな状態で……くそっ、数が多過ぎる!? 無限残機も良い所だな!」


 キュレネさんの行動を有難いと思う反面、回復が必要な場面で明らかに無茶をしている事も分かってしまうが故に不安を抱かざるを得ない。だが、そんな状況の中、大柄の蝙蝠――コットンバットや小さな悪魔の精――スレイブインプが織り交ざる混成部隊に強襲を受け、飛竜ワイバーン、ガーゴイルに加えて、大群に囲まれてしまう。


「“ウロボロスコフィン”――ッッ!!!!」


 即座に闇の魔力を氷に変換すると、処刑鎌デスサイズを一閃。闇氷の竜を飛翔させ、モンスター達を喰らい尽くしながら氷華を咲かせた。斬撃魔法の行使によって、一気に数十体のモンスターを殲滅するが、倒した傍から別の個体が押し寄せて来る。倒しても切りがないというのが正直なところだ。

 それに、こちらは腕や足を落とされれば再生しないし、当然ながら命は一つしかない。一方で狂化モンスターは半無尽蔵。数体ならともかく、徒党を組まれるとこれほどまでに厄介だというのは少々想定外だった。つまり戦力数値とするのなら、一対数千、数万。

 突破・合流は困難を極める。


 こうなれば、俺も無茶・・をしなければ押し切られると、魔力を開放しようとした瞬間――視界の端で雷光が弾けた。

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