第222話 激流ノ舞姫

「ほう……それは以前、金色の貴婦人が見せた……」

「そっちこそ、似たような形態を見た事があるわね。まあ、こっちの誰かさんのだけど……」


 小さな一個人から神話への回帰を果たした二人の戦士。ある種、異形とも取れる互いの姿を目の当たりにして、互いに訝しげな表情を浮かべている。

 しかし、それも一瞬の事。これから始まるのは、人智を超えた戦いだ。


「まあ、お楽しみは戦いながらってのが、愉しいわよね!?」

「同感ですね!」


 先に仕掛けたのはキュレネさん。天にかざした槍の先端に膨大な水球を生成すると、ジェネレアに向けて撃ち放つ。魔力を纏う水流はとても片手間に生み出したとは思えない出力を誇っており、必殺の砲撃となってジェネレアに襲い掛かる。

 だが、奴の眼前で真紅の薔薇が咲き誇り、虚空を彩る盾となった。


「“ローズシルト”」

「へぇ……流石にこの程度じゃ押し切れないか……」


 ジェネレアが生成した花弁を模した盾によって水流の砲撃がシャットアウト。こちらも一瞬の内に生成したとは思えない硬度を誇っている。


「なら、零距離でぶち込みましょうか!」

「大した火力……そして機動性……流石に今の私でも、まともに攻撃を受けるのは危険ですねぇ……!」


 攻撃が防がれる事を分かっていたかの様にキュレネさんが疾駆。蒼い残像を残しながら戦場を躍動する。

 “原初魔法ゼロ・オリジン”を用いた戦闘なんて数えるほどしか見た事はないが、ケフェイド攻防戦の時にルインさんが使っていたのとは、明らかに様子が違っている。激しく全方位に振り撒かれていた燐光フレアは清流の様に自然体であり、限界地点を無理やり乗り越えて力を使っている緊迫感は消え失せていた。

 使い手の差異というよりも、“原初魔法ゼロ・オリジン”自体の精度が上がっているのが端からでも分かる程だ。


「“ハイドロアクエリア”――ッ!」


 長槍の穂先が激流を纏って巨大化し、新たな刃を形作る。そして、刺突。鋭利な蒼刃が打ち出され、クレーターの中心から抉れた大地に大穴を空けた。


「ちょろちょろ逃げないでよね!」


 蒼刃による超速刺突の嵐。それは弩級砲弾を連続で撃ち出すかの様な激烈さを見せており、突き、薙ぎ、払い――全身を使ってのラッシュは一撃ごとに荒野の地形を変えていく。


「くくっ……! ああ……素晴らしい……この力……! 美しいッ!!」

「まったく、ちょっと下品よね。貴方ッ!」


 それに対抗する様に刀身が巨大になった細剣レイピアが虚空を裂き、薔薇が咲き誇る朱色のイバラの檻が出現した。だが、両端に刃を生成したキュレネさんは長槍を手に大車輪。大出力かつ伸縮自在な蒼刃を豪快に振り回し、硬質な殺人菜園を細切れにしてしまう。この間、一瞬――。

 正しく人智を超えた闘い。帝都騎士団一群の戦いですら、子供の遊戯にしてしまう程までに次元の違う戦いだと言えば分かりやすいだろう。故に完成形の“原初魔法ゼロ・オリジン”も当然だが、それに追随する“古代魔法エンシェント・オリジン”の凄まじさも浮き彫りになっている。


 更に大蛇の様に力強く動き回る朱色のイバラは際限なく出現し、一方では穂先から撃ち放たれた激流が津波の様に押し寄せ返している。そして、激流を裂き、イバラを足場にして二人の戦士は戦場を駆けていく。


「はああああぁぁっ!!!!!!」


 重細剣レイピア両刃槍ツインランスが交錯。


「“シュトゥルムローゼス”――!!」


 長剣とは違う巧みな剣捌きで、ジェネレアの細剣レイピアが連続で突き出される。朱色の残光すら置き去りにして放たれる連続斬撃は、重量の軽い得物が魔力で超強化されているが故の剣戟。


「――くっ!」


 得物の重量が軽いという事は、刀身強化の上限が低い代わりに取り回しに優れているという事。だが、“古代魔法エンシェント・オリジン”の加護を得た細剣レイピアは、短所を打ち消した上で長所のみが爆発的に向上している。重量級寄りの長槍を扱うキュレネさんからすれば、超近距離クロスレンジを保たれたまま切り結ぶのは分が悪い。

 そんな不利な状況であっても、ひらりと舞う様に躱しながら対応するキュレネさんも大したものだが、ジェネレアも一筋縄でいく相手ではない。それ故に、今も激しい剣閃と魔法の応酬が繰り広げられている。


「いい加減に……!」

「その長物……中々、器用ですね! ですが……」


 全身を捻っての袈裟斬り。得物の重さと魔力出力に身を任せてジェネレアの身体を押し流す。そのまま背後に飛んで行くジェネレアに対して、穂先の激流を強めるキュレネさんだったが、棘の槍と大蛇の様な幹が彼女の全方位を覆い尽くす。

 今キュレネさんが放とうとしているのは、中距離ミドルレンジへ向けて突き点集中の斬撃魔法。対して眼前の薔薇の檻は、長槍を横に振り払ったとしてカバーできる攻撃範囲じゃない。“原初魔法ゼロ・オリジン”発動中なのだから、以前のルインさんの様に全身に奔っている魔力で防御出来るのかもしれないが、相手が今の・・ジェネレアである以上、それを試すのはあまりに危険過ぎる。

 何より、さっきまで繰り広げられていた一進一退の攻防の中、これだけの大技を仕込んでいた事に対して驚嘆を抱かざるを得ない。


「咲き狂え、“ブラッディローゼス・エクスプロージョン”――!!」


 朱色の薔薇に黒が混じったのを合図に棘の槍が撃ち放たれ、巨幹が脈動する。キュレネさんに迫る血染めの薔薇は、それぞれの棘が大きさを増して赤黒い血管が蠢いており、巨幹が地中を抉っているのか、地面そのものまでもが揺れる規模でジェネレアの大技が撃ち放たれた。


「“エアリアルブラスト”――ッ!!」


 キュレネさんは迫る大技を前に激流刃を破棄。即座に烈風の壁を全身から放って攻撃を塞き止めている。滅多に見られない“水”以外の属性魔法ではあるが、サブ属性とあって練度が劣るのだろう。一時しのぎであり、状況の解決には至っていない。


「それから、“バニシングヒート”!!」

「なるほど……激流纏う戦姫かと思えば、このような芸当まで……!」


 “風”から“炎”へ――。一瞬塞き止めた薔薇の檻を無造作にばらまかれた爆炎が塗り潰していく。一種類の習得ですら困難とされている属性魔法を、ここまで自在に操る魔力制御は見事としか言いようがない。

 一方、やはりサブ属性の魔法では、虚を突くことは出来ても危急からの打開と言うには一手足りない。僅かな拮抗の末、巧みな魔法連弾はジェネレアの大技によって強引に突破されてしまう。


「ですが、所詮は……!」

「ええ、だから……最後はコイツで行くわよ! “ダイダロック・ハイドロウェイブ”――ッッ!!!!」


 直後、激流の壁が立ち昇り、キュレネさんの全方位を守る強靭な盾と化す。津波の壁が押し寄せる巨幹と棘の槍を遮断している光景は、多少の差異こそあるが戦闘当初の焼き直しとも取れるだろう。尤もジェネレアは勿論、キュレネさん側も、次元が違う規模で魔法を行使しているわけだが――。

 その上で全てを押し流す激流と破壊の薔薇が織り交ざり合い、戦場は混乱を極める。それは俺達や他の戦場にまで影響を及ぼす程だった。


 だが、戦場を巻き込む激突の直後、激しく渦巻く水流から一つの影が飛び出し、せり上がった瓦礫の上に佇むジェネレアに向かっていく。


「予測不可能! なんという豪胆!? 全身の血が沸騰する、この感覚を待っていたッ!!」


 瞬間の反撃。空中に出現した棘の槍の数々が散弾の様に広範囲に散らばり、キュレネさんに向けて射出される。しかし、キュレネさんは全身に纏う膨大な魔力によって攻撃を阻みながら、反撃をものともせずに直進。大技を放った直後という事もあり、ジェネレアとしても急ごしらえの反撃だったという事なのだろう。明らかに威力が減衰している。


「――っ、ぁッ!!」


 先ほど威力が落ちるサブ属性で反撃したキュレネさんがそうであった様に、それはジェネレアも承知の事。棘の槍を牽制として、迫って来るキュレネさんに向けて超速の一突きを撃ち放つ。正しく最高のタイミングと最速で繰り出されたカウンターアタック。魔力を纏った細剣レイピアがキュレネさんの腹部を刺し貫いた。


「な……っ、ぁ!? く……っ!?」


 肉体を貫く刃から魔力を炸裂させ、血肉が消滅。上半身に大穴が開く。その光景を前に、戦場の誰もが言葉を失った。


「――まさか、この私が、あのような大道芸で……」


 そう、背後から・・・・長槍で胸を刺し穿たれているジェネレアの姿を目の当たりにして――。

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