第221話 魔法の到達点《Zero Ancient》

 飛翔して空路を行く俺だったが、上方、下方から飛んで来る遠距離攻撃の雨に晒される。


「これはまた、団体さんでお越しだな!」


 魔力弾、火球、土塊――空中で錐揉みしながら躱していくものの、足を止められてしまう。仕方なしで反撃に転じようとするが、別方向から水流の矢が飛来した。


「アーク……この数ばっかり!」

「せっかくの勝利ですが、この陣容では喜んでいる場合ではありませんね!」


 乱戦の中を駆けていたアリシア、エリルと合流するも、互いに表情は芳しくない。俺の方まで敵の手が及んだという事は、さっきまで二人で抑え込めていた狂化モンスターの勢いが増したという現状を意味している。それはつまり、攻勢に回すはずの戦力を本陣に戻す余裕が出来たという事。

 可能性としては二つ。一つは前線で戦っている面々が押され始めた事。もう一つは――。


「帝都の方で何かあったんだろう。早く戻らないと……!」


 この乱戦で詳しい戦況まで把握する事は容易じゃない。だが、帝都の方角で邪竜の灼熱が天に撃ち上げられたのを捉えてしまえば、後者である事は明白。騎士団長を始め、各家の当主や経験豊富な実力者も多く残っているこちらの本陣だが、この混沌極まる戦場ではもう何が起ころうと不思議じゃない。

 だからこそ早急に現状を打破しなければならないのだが、実戦はそれほど甘くない。今も視界に捉えている皆の援護を出来ずに焦燥に駆られる中、そんな俺を尻目に戦場は更なる変化を見せていく。



「咲き狂え、饗宴の薔薇よ!」

「ふん、ねちっこい男! 逆巻きなさい!」


 突き出された細剣レイピアから飛び出す朱色のイバラの幹。真紅の薔薇を咲かせながら攻撃が迫り、激流を纏って振り上げられた長槍がそれを斬り裂く。


「力強い一撃……やはり人間にしておくには惜しいですね」

「それはどうも……。でも、残念ね。一度走り出してしまった以上、もう他の誰にもなれないもの」


 戦っているのは、キュレネさんとジェネレアと名乗った気品に溢れる男性魔族。


「その強さ、気高さ……美しい。破壊しなければならないのが本当に忍びない」

「貴方が剣を引けば、戦わなくても済むと思うけれど?」

「壊れゆくものだから美しいのです。永遠ではないと分かっているのですから……」

「本当にキザったらしいわね。素直に退く気はないって言えばいいのに!」


 流麗な剣舞。舞うように刃が煌めき、魔力が弾ける。


「フフ、答えるまでもありませんね。今日、今、この時……この闘争こそが、私が求めた最高の芸術なのですから!」

「本当に悪趣味……反吐が出るわ!」

「そんな汚い言葉は、美しい貴女には似合いません。凛々しい覚悟と驚嘆の悲鳴こそが相応しい! 貴女とて、闘っている時こそが充実しているのではないですか!?」

「このッ!!」


 剣戟が激しさを増す。得物の差はあれど、両者共に突きを主体として多様な魔法を織り交ぜる技巧派とあってか、舞踏宛ら真剣が舞う激戦は更に熾烈さを極めていく。


「否定の言葉が出て来ませんねェ……所詮私達は戦いに魅入られた者同士でしかないのです! 世界なんてどうでもいい。自分の思うままに生きていけさえすればそれでいい! でなければ、人間風情が私と切り結べるはずもない。違いますか!?」


 ジェネレアが細剣レイピアを振って虚空を切り裂いたかと思えば、薔薇の幹が大量に出現。キュレネさんへ向けて津波のように押し寄せる。それは真紅の薔薇が咲き誇る殺人菜園デスガーデン。回避不能な全方位攻撃。

 細剣レイピアを振りかざして饗宴の薔薇を自在に操る様は、差し詰め死の楽団を率いる指揮者コンダクターといった所だろう。


「――そうね……それに関しては同感かもしれない」

「ほう、力任せに引き千切るとは……」


 しかし、キュレネさんの周囲から立ち昇る激流のヴェールが盾となり、周囲からの攻撃を完全に遮断。その上で、形状変換された激流刃が地中から突き上がり、次々と攻撃を斬り裂いていく。ジェネレアにとってもそれなりに大技だったのか、完全防御された事に驚きに目を見開いている。

 尤も、キュレネさんの発言に対してかもしれないが――。


「こんな世界にも、そこに生きる人々にもうんざりしているの。私が護りたいのは、そんな中のほんの一部だけ……。その人たちが生きる為に必要だから、ついでに世界を護る」

「ふふっ、自軍の大義より私怨ですか」

「生憎と両手を上げて人間賛歌出来る程、ピュアな人生は送って来ていないの。勝とうが負けようが、今のままの世界に希望があるなんて到底思えないわ。あの子達のように業と覚悟を背負うってのも堅苦しいしね」

「くくっ、兵士としては失格も良い所ですね」

「幻滅したかしら?」

「いえ、一個人としては好ましい解答です。その生々しさも貴方の美しさに拍車をかけているのでしょう。容姿や権力だけを鼻にかける愚か者とは違い、内も外も磨き抜かれて輝きを放っている」


 闘いの余波で地表が抉り取られて生成された巨大なクレーターの中で二人の戦士が向かい合う。


「そんなに褒められて悪い気はしないけれど、私は刹那的な破壊にも興味がないの」

「おやおや、これは残念。しかし、ご自分で言われるよりもピュアなのではないですか?」

「それはどうかしら? でも、貴方に言われた言葉では一番嬉しかったかもね」


 相貌の交錯は、ほんの刹那――。二人の全身から強大な魔力が吹き上がったのを合図にして、戦いは最終局面へと移行していく。


「“鮮血男爵ブラッディ・バロネス”――貴女ほどの豪傑ならば、我が全力こそが相応しい」


 ジェネレアの身体を包む魔力が鎧となって顕現する。理論としては俺の“死神双翅デスフェイザー”と近縁であり、アドアの“闇銀ノ魔破鎧ディアブロ・アルミューラ”に酷似している――というか、恐らくほぼ同種の魔力運用形態。そして、“古代魔法エンシェント・オリジン”の一種なのだろう。

 やはりあの鎧を纏う形態は、魔力戦闘の行きつく先としての回答の一つであるという事。


「なら、私も全力を以て答えましょう。“原初魔法ゼロ・オリジン”――!」


 対するキュレネさんも全身から蒼穹の燐光フレアを迸らせながら答えた。長く艶やかな髪からも同色の粒子が舞い、瞳の虹彩には深蒼が宿っている。何より目を引くのは、彼女の周囲を交差するように回る二つの光の帯。宛ら天女の羽衣の様――。


 それは共同戦線にとっての切り札であり、最強形態。

 戦場の一角では、いよいよを以て双方の最強の力同士が激突しようとしていた。

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