第219話 闇銀ノ魔破鎧《ディアブロ・アルミューラ》

「この俺が、貴様風情に勝てないだと……そんな戯言!」

「いや、事実だ……というよりも、負けていい道理がない」


 アドアの怒号を受け、一瞬こちらに他の視線が集まったのを感じ取ったが、そのまま続けて言い放つ。


「確かに人間が過去に犯した所業を恨み、種族の誇りを取り戻す為に戦うおうとするのは理解出来る。大手を振って大陸を歩けなくなった事を肯定する魔族社会に不満を持つ者がいるというのも分からないでもない。だが、お前達はマルコシアスの思想にぶら下がっているだけじゃないのか? そこにお前達の譲れない想いはあるのか?」

「何を……!」

「お前自身の戦う理由はどこにある!?」

「ぐ……ぁっ!?」


 処刑鎌デスサイズを逆袈裟に振り上げ、アドアの身体を吹き飛ばす。


「他人の憎しみしか宿っていない一撃など何の脅威でもない。いや……そんなものをいくら束ねたとしても俺には勝てないと言っているんだ!」


 アドア自身の戦う理由を否定するわけじゃない。奴が人間と魔族の現状を憂いて拭いきれない憎しみを抱いているのだとしても仕方のない事だ。しかし、停滞し始めた魔族社会から脱したいという思いをマルコシアスに駆り立てられ、奴に植え付けられただけの思想を糧に他者の――同胞の命を奪うなどあまりにも虚しすぎる。

 だからこそ、見極めなければならない。

 この戦いの在り方と魔族の意志、そしてアドア自身の事を――。


「黙れ! 人間風情が俺の道を阻むな! 貴様ら下等生物は滅びるべきなんだ!!」


 アドアが飛び上がると共に奴の全身を淀んだ闇の魔力が包み、爆発するように右の鎧腕が膨れ上がる。これまでに見た事のない挙動と威圧感。恐らくは奴自身にとっても切り札の一つ。


「“ダークエルナートアバドニア”――ァァ!!!!」


 天高くから流星となったアドアが迫り来る。その様は宛ら闇纏う巨大隕石――万物を滅する破壊の力。一個人が振るうにはあまりに強大過ぎる一撃に驚嘆を抱かざるを得ないというのが正直なところだ。しかし、退く理由はない。


「――斬るッ!」


 自らの魔力を推進力に闇の翼を用いて飛翔。魔力を過剰供給し、巨大化させた死牙の刃を振り抜く。


「“デスオーバーロードマキシマム”――ッ!!」


 最大解放状態の黒閃と闇纏う巨大隕石が激突。凄まじい質量から成る一撃によって斬撃が押し返されるのを感じる。だが、双翅と処刑鎌デスサイズの基部から更に漆黒の魔力を放出。推進力を跳ね上げ、アドアの闇を進化した斬撃で横薙ぎに引き裂いた。


「――ッ!!」


 瞬く魔力光。戦場を衝撃が包み、残滓と化した鎧腕が地表を砕く星屑となって降り注ぐ。その最中、双翅を盾に滞空する俺の眼下の地面にアドアが叩き付けられる。


「……」

「ぐ、ぉ……!?」


 全身から黒煙を上げ、地面に横たわる様は正しく満身創痍。


「――これが結果だ。個としての戦いで俺が打ち勝った以上、魔族が完全な上位存在じゃないと証明されたはずだ。今の俺が普通の人間と言えるかは定かじゃないが、これまでの戦いから考えてもそれは間違いない。これでも本当に魔族だけが素晴らしくて人間は滅びなければならない存在なのか?」

「そんな……当然、の事ッ!」

「もうお前が闘う理由はない。なら退場すべきだ……この戦いの舞台から……」


 どれほど傷を負おうとアドアの眼光が衰える事はない。寧ろ、強まっているようにすら感じられる。その瞳に宿っているのは、怒り、憎しみ――。

 アドアの全身から噴き出す魔力に圧され、僅かに後退されられる。本来なら起き上がる事すら困難なはずの状態だが、魔族の戦士は再び俺の前に立ち塞がる。


「ふ……ざけるな! 高貴な魔族たるこの俺が人間風情に見下ろされるなど……あってたまるか!! 愚鈍で不完全で醜い人間風情が! 貴様ら下等生物に味合わされた我ら魔族の屈辱を晴らすまでは……!」

「まだ……動くのか?」


 奴の怒りは本物だ。そして、その強さも覚悟も、紛れもなく揺るぎない確固たるもの。アドアに対する認識を改める必要があると痛感させられた。奴もまた、確固たる覚悟を秘めた強き戦士であると――。


「はぁ……はぁ……下等な人間の中にも貴様らのような存在がいる。それは認めざるを得ない。筆舌しがたい憎らしさだがな。だが、敢えて問おう! 貴様の方こそ魔族を滅ぼしてまで愚かしい人間を繁栄させるべきだと考えているのか!? それほどの力を持つ貴様なら……この世界の醜さなど、当の昔に気付いているはずだ!」

「――ああ、確かにこの世界は歪んでいる。その歪みの中で生きてきた俺には、それを否定する事は出来ない。だけど、その歪みを創り出したのは、人間であり魔族自身だ。それなら、そうならない道を探す事も出来るはず……そして、どちらかが滅びればその道は閉ざされる。人間だけの世界も魔族だけの世界も致命的な破滅を迎えた。互いに滅ぼし合っても破滅するのなら……道は一つしかない」


 奇麗事だという事は分かっている。偽善と言われても構わない。いや、想いを貫く為なら悪にでもなろう。それでも、俺は――。


「なら、憎しみの眼と心と……悪意の牙が渦巻くこの腐り切った世界を貴様はどうするつもりだ!? そこで生きる者たちの想いは……世界のシステムから弾き出された者たちの憎しみは……!? そんな夢想を本当に貫けると思っているのか!?」


 連続で迫り来る鎧腕。最早、躱す事はない。処刑鎌デスサイズを消し、左腕の鉤爪エッジで防いでいく。


「――貫くさ」

「な……!?」


 アドアの左腕を“ミュグルレス”で受け止め、眼前の双眸に視線を合わせて言い放つ。それは多分、目の前で驚愕しているアドアや周囲の連中に対してだけの言葉じゃない。


「俺はその果てにある未来を信じて進む。だから、お前も……その怒り、憎しみを吐き出してしまえばいい」

「……っ!?!?」

「全て俺が受け止める」


 もう迷わない。立ち止まらない。

 それこそが、俺が闘う理由。長い旅路の果てに見出した俺の覚悟。


「――くくっ……ふはははっ! 全くとんだ大馬鹿者だ。だが、人間にもお前の様な者がいるとは、何という運命の符号……いや、皮肉かな」


 戦いの中、アドアは奴らしからぬ笑い声を上げた。その笑いはこれまで見たような嘲笑や侮蔑の類ではない。表情や雰囲気でも、それだけは明確に理解出来る。


「人の身で闇の力を宿し、下級ながら聖剣を携える者……か。そして自らの力で魔族と同じ領域まで駆け上がって来た。ふっ、面白い。ならば、その力……夢想を叶える力で、このを退かせてみせろ!」


 少しばかり呆けていると背後に跳んだアドアが右腕を振り上げ、再び鎧腕を生成した。いや、恐らくは残存魔力を全て右腕のみに集約しているのだろう。闇腕から鎧腕を経て、更に形状を変化させていく。


「“闇銀ノ魔破鎧ディアブロ・アルミューラ”――これが古代の魔法形態が一つ。そして、僕の全力だ」


 肩までを覆う銀交じりの黒い鎧腕。指先は赤く染まり、肩口から跳ね上がるように鋭利な突起が飛び出している異形の腕。これまでの巨腕とは打って変わって小ぢんまりとした様子だが、”古代魔法エンシェント・オリジン”を発動させたという奴は“原初魔法ゼロ・オリジン”発動中の戦士にも劣らない強大な存在感を放っていた。

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