第218話 悪意の刃《Maricious Edge》

「どうしてここまでして戦おうとする!? 気が遠くなるほど過去の因縁を今更蒸し返してまで!」


 視界の端で遠巻きに見捉えた先――顔見知りの女性団員が腹部に剣を突き立てられて絶命した。しかし、死に際の彼女が自らの槍でリンドヴルムの首を刺し穿って魔力を爆発させれば、短い竜の首が弾けて飛び散る鮮血と共に肉塊までも蒸発する。

 別の場所では大柄な男性団員が二体がかりで攻め立ててきたギガースの下敷きとなってしまう。一方、その直後にはスリーマンセルを組んだ団員たちの連携攻撃によって、二体のギガースが全身を斬り刻まれ、肉体の再生と破壊を繰り返している。

 だが、そんな団員達も彼方より飛来したレーヴェの小剣で射抜かれ、影も残さずに蒸発した。今度はそれに対抗すべく、城壁から後衛部隊の魔法攻撃が降り注ぎ、逆に上空からは竜種たちの火球が飛来する。


 一瞬で多くの命が消えていく。

 不条理で激しく凄惨な戦い。戦う者たちが行き着く終着点。これが“戦争”。


「何故こんな事が平然と出来る!?」

「先の時代で魔族が受けた屈辱……それを晴らさずして我が一族の繁栄なんてありえないんだよねェ!!!!」

「同胞をその手で殺め、多くの犠牲を払う事になってもか!? その果てに繁栄の未来が待っているとでも……」

「魔族の血は浄化され、強き者たちだけが生き残る。故にこざかしい人間達を滅ぼせば、その先に待っているのは、誇り高い魔族が支配する世界なんだ!」


 処刑鎌デスサイズの上刃を滑らせるようにアドアの鎧腕を受け流せば、眼下の大地が砕け散る。


「人間は醜悪で弱い生物だ。群れるだけしか脳がない下等生物がこの地上を支配するなんてありえないのさ!」

「だから自分たちが取って代わって全て支配するつもりなのか!? 人間と魔族……曲がりなりにも世界の一部となって調和を図ってきたのに、蘇ったマルコシアスに陽動されたという理由だけで!?」

「あのお方がなされたのは、愚かにも腐敗した魔族の浄化だ! 大戦を終えて闘いから離れた勇者と聖女の名を借り、繰り広げられたのが“魔族狩り”。そんな腐った正義に掲げて我らを滅ぼそうとした人間からの屈辱を受け入れ、恨みを晴らさずして何が調和か!? 時を経て力を取り戻した我ら魔族にならば、人間風情などいつでも滅ぼす事が出来たというのに!!」


 物理現象を無視したかのように高速で繰り出される鎧腕のラッシュ。速度だけではなく一撃一撃が必殺の威力を誇っており、一瞬たりとも気が抜けない。無論、攻撃自体にも目を見張るものがあるが、何よりその熱さと重さはこれまでの奴や狂化モンスターの比ではない。差し向けられる拳に宿っているのは、奴の覚悟。練り上げられた魔力が、奴の研鑽の証。


「それが我らの弱さ! それが貴様ら人間の罪! 故に清算しなければならない。そうでなければ、我ら魔族は屈辱と泥にまみれた種族のままじゃないか!?」

「ぐ……っ!?」

「そんな事が許されるわけがないだろう!?」


 振り抜かれた拳を処刑鎌デスサイズの柄で受け止めるが、勢いのままに後ろに流され、間髪入れずに鎧腕が迫り来る。


「ち……このっ!」

「だからこそ、人間は滅ぼさなければならないんだ!!」


 舞踏の様に靴裏で地面を滑る俺だったが、“死神双翅デスフェイザー”を展開して攻撃を回避。しかし、アドアは更に一歩踏み込んで怒涛の追撃を繰り出して来た。


「“ラスティダークスラッシュ”――!!」


 分かれた左の爪先が闇の剣となり、触手のように押し寄せる。その上、更に枝分かれした所為で、剣の総数は数えきれないほどだ。


「っ!? 半自立型の剣群……それに……」

「消し飛べ!!」

「砲撃か!?」


 闇の剣群に対抗するのは、射出する氷の槍と携えた処刑鎌デスサイズ。そして、推進力である悪魔の双翼の機動性で闇の剣群からの脱出を図ろうとしていたが、そんな俺に向けてフリーになっているアドアの右腕から闇の砲撃が撃ち放たれた。

 対する俺は、闇の漆黒を纏わせて刀身を更に強化。処刑鎌デスサイズを袈裟に振り抜いた。


「確かに……お前の言っている事も理解は出来る。だが――ッ!!」

「な……ッ!? ちぃっ!?」

「お前たち魔族にも弱さがないと……罪を犯していないとでもいうつもりなのか!?」


 斬撃魔法で迫る砲撃を斬り伏せ、眼下のアドアに対して言い放った。


 人間は醜く不完全で弱い生物。それに関して否定する気は一切ない。何故なら、この俺自身が人間の醜悪な部分を見つめながら育ってきたからだ。


 無職ノージョブ、魔族という烙印。

 権力と名声を求める底知れぬ欲望。

 自分勝手すぎる正当化と押し付けた善意。


 それこそが俺自身――いや、俺達が経験してきた事。他者と憎み合う事しか出来ない世界の本質だ。故にアドアの理論が満更間違いというわけではない。だが、致命的な矛盾を孕んでもいる。


「所詮お前たちは、人間の可能性の一つに過ぎない。完璧でもなければ、無敵でもない。人間に劣っている部分だってある。それにかつての大戦で最初に人類を滅ぼそうとしたのは、魔族側のはずだ!」

「き、貴様ァ!?」

「もしお前たちが神話の時代の魔族を継いでいるというのなら……その罪はどう背負う? 本当に人間だけが不完全で醜い生物なのか!? この戦いは本当にお前たちが望んだもので、聖戦足り得るのかと訊いている!」


 その矛盾とは、魔族は人間よりも“強く優秀”な生命ではあっても、“完璧な上位存在”ではないという事。確かに人間側にも多くの問題が散見される。遥か昔の出来事など確かめようもないが、アドア達が言う様な虐殺に近い形で魔族を迫害して絶滅させようとしたのであれば許されていいはずがない。しかし、勇者が出現する前の魔族も同じ様に人間を滅ぼそうとした。以前の殺戮はその結果とも言える。この反乱もそれを踏まえての事であるし、魔族間でも血で血を洗う悲劇が起こった。

 連中の理論に従えば、人間も相克魔族もやっている事自体は大差なく、両方の勢力には正当な戦う理由が存在する事になる。それはおろか、成り立ちから考えれば、二つの種族には大きな違いがない事になってしまう。

 つまりは正義など存在しない戦場で不完全な種族同士が潰し合っているだけ。全てはマルコシアスの掌の上だ。


「もしもこの戦いに臨むとして……そこに自らの覚悟が宿っていないのなら、お前は俺には勝てない」


 マルコシアスに付き従う魔族達が過去の亡霊に縛られているのだとすれば、尚更折れるわけにはいかない。魔族と正面からぶつかり合う中で、俺の覚悟も研ぎ澄まされつつあった。

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