第217話 喰い尽くされる光

「外れた……いや、外したのか……?」


 大気が裂け、雲が消え去った。戦場の誰もが息を止め、人々は険しい表情を――魔族たちは口角をつり上げて天空を見上げている。先ほどの熱線、もし城壁に直撃していたら帝都は――。誰もがそう思って言葉を失っていたその時、俺たちに更なる衝撃が襲い来た。


「空が……黒く染まっていくわ」

「一体、どうなっているんですか?」


 ファヴニールの熱線を受け止めた青い空が漆黒に染まる。


「これは……日蝕?」


 月が太陽を喰らい、世界から光を奪っていく。一瞬にして真昼の空が星の無い夜へと変質した。


「レスター……俗事は任せる」

「御意に……」


 漆黒の夜に巨大な翼が翻る。逃がすわけにはいかないと追いすがろうとするが、以前ジェノさんと戦っていたレスターと呼ばれた魔族を先頭にアドアたちが俺達の前に立ちはだかった。その間にマルコシアスは帝都に向けて進路を取って飛び立ってしまい、俺達を取り囲む魔族が迫って来る。


「さァ、俺たちの戦いに決着をつけようじゃないか!?」

「今お前たちの相手をしている暇は……!」

「貴様ら風情にマルコシアス様のお手を煩わせるなど……ありえないよねぇ!!」


 アドアの闇纏う鎧腕と処刑鎌デスサイズが交錯。


「さァ、始めましょう! まずはアンタら二人から!」

「くっ……やるしかない!」

「どうにかこの包囲網を超えなければ……ッ!?」


 次いで棘付き鞭が振るわれ、金色と紫の長髪が揺らめく。


「ダリアお姉様ッ! 私も暴れさせてくださいな!」

「ユリネ……か!?」

「黙りなさい! 裏切り女ッ!」


 それはダリアともう一人の女性魔族がルインさんとセラスに襲い掛かったという事を意味している。


「さて、貴婦人殿……この鮮血の貴公子――ジェネレア・ド・セーレンバルトと一曲お相手願えますか?」

「ふん、答えなんて聞く気もないくせに……よくそんなキザな口が叩けるものね」


 キュレネさんにはジェネレアと名乗った男性魔族が――。


「これほど早く相まみえることになろうとは思っていなかったが、早々に潰させてもらおうか」

「それはお互い様だが……こちらにも譲れないものがある」

「難儀なものだな……互いに!」

「そう思っているのなら剣を引いてくれると僕としても嬉しいのだがな!」


 ジェノさんと鍔迫り合いを繰り広げているのは、マルコシアスから直接指示を受けていたレスターと呼ばれていた男性魔族。多少の足し引きはあるが、ケフェイド攻防戦や帝都の第一次侵攻を思わせるシチュエーションだった。


「皆は各自応戦! エリルとニルヴァーナ嬢は周囲の狂化モンスターに対処しつつ援護を頼む!」

「了か――」

「させないさ! グレイブ!」


 こちらの指揮官であるジェノさんと同時に、相手のトップも矢継ぎ早に指示を飛ばす。


「俺、全部……潰し尽くす」

「な……っ! なんて……!?」

「馬鹿力なんですか!?」


 レスターの指示に従い、グレイブと呼ばれた見覚えのある超巨漢魔族が襲来。拳で地面を叩き割ると、フライ返しの要領で岩塊を投げ飛ばした。


「リゲラッ!」


 眼上から迫る巨大な質量を誇る物体を前にエリルとアリシアが目を見開いて硬直してしまうが、ジェノさんの指示を受けてこちらも陣形を組み替える。


「ちぃっ! さっさと退がりやがれッ!」

「お前……この前、見た」

「話は後だ、デカブツ!!」

「ぬう……」


 彼方より飛来したリゲラが岩塊ごと拳でぶち抜いてグレイブに一撃を浴びせたかと思えば、流れる様な動作で次々と攻撃を加えていく。当のグレイブもケフェイド攻防戦より存在感を増しており、リゲラの拳を意にも介していないといった様子ではあるが、その間に後衛二人は脱出に成功した。しかし戦況が好転する事はなく、更に混乱。


「貴様らも今までとは違うようだが、人間と魔族……互いの生存をかけた決戦ともなれば、この程度やってもらわねば面白くないな!」

「何をッ!?」

「精々俺達を愉しませて死んでくれという事だ!」


 俺達は各自に相克魔族と相対し、アリシアとエリルは周囲の狂化モンスターと戦いを繰り広げる。その一方、マルコシアスが移動し始めた事で、俺達の奇襲が不発に終わったのを本陣が汲み取ってくれたのか、背後の戦況も更に大きな変化を見せ始めた。


「悪いがこっちもまだ倒れるわけにはいかない」

「ふん! 人間の分際で相変わらず口の減らない奴だ」

「逆も然り……お互い様だな、それは!」


 個々の戦闘が激しさを増し、皆の距離が離れていく。合流して連携したい所ではあるが、状況が良しとしてくれない。だが、相手にとっても同じ事であり、各自が孤軍奮戦と相成っている。何故、数の劣る俺達と大軍の魔族軍が正面衝突出来ているのかと言えば、背後の味方達の動きが更に流動しているからだった。

 リリアやストナ達といったブレーヴ隊以外も狂化モンスターを塞き止めてくれているし、俺達と同じような電撃部隊もいくつか出陣している。つまり他の魔族達や狂化モンスターは、こちらの追加戦力に対抗する為に前線へ戦力を投入せざるを得ない状況にあるわけだ。だからこそ、本陣だったこの場所に残ったのは最低限の戦力のみ。残った雑兵も後衛二人が弾幕を張って何とかしてくれているが故に、俺達は目の前の魔族との戦いに集中できている。

 尤も、その最低限が精鋭部隊である為、マルコシアスが向かった帝都へ向かう事すらも困難を極めているのは言うまでもない。

 だが、俺の成すべき事は一つだけ――この場を突破し、前線を維持しながら帝都に帰還。そして、マルコシアスを討つ。


「決着を付けるぞ! 人間ッ!!」

「立ちはだかるのなら……斬り捨てる!」


 刻一刻と混沌に包まれていく戦場の中で、闇を纏う刃を振り抜いた。

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