第216話 邪竜の号砲
城壁から降り注ぐ魔力弾と空を駆ける火球の息吹。魔力が彩る戦場をただひたすらに駆ける。
「何があっても足を止めるな! 背中の敵は仲間に任せればいい! 各々が眼前の敵だけを斬り捨てろ!」
俺達八人は砲弾の如き勢いのまま一塊となって、狂化モンスターの群れへと突貫した。その狙いは、戦力供給の為に綻びが生まれた魔族陣形の左翼付け根。
こちらとしてもこの規模での実戦は初めてだが、それは魔族勢力だって同様。否、初めから連携を想定して来た俺達とは異なり、強烈な個の集合体である上に種族も多様な狂化モンスター同士の連携の統一性はお世辞にも高いとは言い切れない。故に驚異的で手が付けられない陣形であったとしても、僅かな綻びは生じてしまう。
数が劣る俺達が唯一強引に突破できる可能性があるとすれば、その一点のみ。
「ええ、このまま連中の陣形を引き千切って最奥まで一気に行くわよ!」
激流の槍がギガースを三体まとめて刺し穿ち、そのまま振り抜かれた穂先からも収束された水流が撃ち放たれて辺り一帯を両断。
「了解っすよォ! “グランドブレイク”!!」
土撃の拳がマンティコアの頭を
「セラス、背中は任せるよ!」
「心得た!」
セラスとルインさんはそれぞれ長物を引き、互いへと迫りつつあったミノタウロスとリンドヴルムを石突で跳ね飛ばすと、自らの刀身へ魔力を炸裂させる。
「今は貴方達に構っている暇はないの!」
「魔獣たちよ……道を空けろ!」
刃が振り下ろされると同時に雷光と紫天が吹き荒び、二重斬撃が視認範囲内の敵を一気に斬り刻んだ。それに続くように戦場を疾駆する俺達も魔法を放ち、迫る牙を、強靭な爪や武器を粉砕しながら最短距離で敵軍の最奥を目指す。
思考を巡らせろ。足を止めるな。一瞬でも相手の動きを阻害出来さえすればそれでいい。
戦友たちに背中を預け、再生の可否は問わずに眼前の敵を薙ぎ払う。我武者羅なまでに、ただ前だけを向いて進み続ける。
「■■■■■■■■……!!!!」
「“絶・黒天新月斬”――ッ!」
黒閃を放ち、狂化モンスター四体を瞬時に両断。ハイウォルフ、ライラプス、カーバンクル、オルトロス――足元に転がる骸に誰も目を向けることなく、地を蹴り飛ばす。そんな調子で相手の陣形を引き千切りながら一直線に進撃する俺達だったが、その甲斐もあってか狂獣たちが折り重なる血肉の壁にも終わりが見え始める。
「“スレイブボルケーノ”――ッ!」
オルトロスの骸を蹴って跳躍したジェノさんの剣が爆炎を帯び、重たい斬撃が隕石の如き勢いで飛来。焔の幕が立ち昇った後に対面側の景色が空になる。
「行くわよッ! エリル!」
「ええ、伊達に前に出てきたわけではないと思い知らせてあげましょう!」
瞬間、これまで最小限の動きに留めていた後衛二人が躍動。生成された矢と長杖の先端に魔力が収束していく。
「“アクアリオンディーズレイン”――ッ!!」
放たれた矢が巨大化しながら空中へ舞い上がり、折り重なるように魔力球が融合。そのまま下方へ向け、長槍のような形状に変化した矢が豪雨宛らの勢いで地表に降り注ぐ。
「■■■■■■■■!?!?」
次々と狂化モンスター達を地面へと縫い付けていく弩轟矢雨。これこそがアリシアとエリルの“
「進路クリアー! これで……!」
「突っ切るぞ!」
魔族陣形を引き千切り、弩級の大穴を抉じ開ける。そして、俺たちは誰一人欠けることなく大部隊を無理やり突破し、侵攻の傍らで手薄になった魔族の本陣へ突入した。
「なっ、貴様ら……人間の分際で我ら魔族の神聖な領域に……!?」
「やれやれ、思わぬ客人じゃないか。エレガントではないね」
「まさか我々がこれほど早く引っ張り出させられるとは……」
そこに居たのは魔族たち。本陣に残っている中には見覚えのある顔も散見される。
「でもそれはそれとして、獲物が自分から飛び込んできたんだから手間が省けたってもんじゃないさ!」
俺達の眼前には、アドアとダリア、それからケフェイド攻防戦でジェノさん、キュレネさんと戦っていた男性魔族達が立ちはだかる。その背後には――。
「ほう……これはこれは……見事に雁首揃っているじゃないか」
「っ! マルコシアス!?」
巨大な竜影の上から見下ろして来る存在。俺達が闘うべき相手――マルコシアス。偃月刀を持つ手を震わせているルインさんの隣で、久しく目の当たりにした魔王を見て俺も身構えた。
「あの時の童と小娘か……随分と凛々しい顔つきになったものよ。それに……魔族の誇りを棄てた愚か者が童たちと共に我の前に立ちはだかろうとはなァ……」
「――魔族の誇りを穢したのは貴様の方だろう!? まだ少しでも魔族の誇りが残っているというのなら、今すぐ軍を退け!」
セラスもまた、立ちはだかる過去の亡霊に対して怒りを露わにする。
「嘆かわしい。今代の者の中でも選りすぐりの精鋭だと思って、貴様には期待していたのだが……。そのような俗事如きで気を乱すとはな」
「俗事、如き……だと!? この戦いで一体どれほどの犠牲が出ると思っている!?」
「犠牲? 結構な事ではないか!」
「貴様ァ! それが王の言う事か!?」
「戦わなければ自らが望む未来を掴み取る事は出来ん。故に戦わぬ者に価値などないのだ。無力は罪……ならば戦うしかなかろう!? その果てにどれほどの犠牲が出ようとも、当然の帰結でしかないのだ!」
全身が押し潰されそうなほどの威圧感。気を抜けば、こちらの方が膝を折りかねない。
恐らくこれが奴の真なる姿なのだろう。やはりポラリスでの戦いでは本気など欠片も出しておらず、遊んでいただけだという事だ。その証拠と言わんばかりに以前喪失させた片腕も再生しているし、数々の戦いを乗り越えて遥かに力が増したはずの俺達の方が圧倒されている。
「そんな暴論が!」
「ごちゃごちゃうるさい小娘ねェ!!」
「ぐ……ッ!?」
「セラス!?」
そして、神話の時代から蘇った魔族と今代の魔族による問答の最中、セラスに向けて閃光が奔る。迫る棘付き鞭をどうにか
「魔王様! こいつらの相手は私たちにお任せくださいな。全員血祭にしてみせますわ」
「そうです! この程度の連中に魔王様の手を煩わせるなどありえません! 貴方に頂いた力があればこんな奴ら!」
「ふん……まあいい。好きにしろ」
その間にアドアやダリアを含めた魔族十数名ほどが俺たちの体面に立ちはだかり、背後の巨大な翼が躍動する。
「な……っ!? 逃がすと思っているのか!?」
「逃げる? それは何の冗談だ? 我は弱き生命を蹂躙しに向かうだけだ。貴様らは我が戻って来るまで臣下達と遊んでいるがいい」
「蹂躙……戻る……まさか狙いは……!?」
セラスとルインさんが険しい顔で叫んだ。
「狙いは帝都での殲滅戦……王が自ら、最前線に立つつもりなのか!?」
「ふっ……我と相まみえたくば、臣下共を蹴散らして再び帝都へ戻るか、ここで生き残り続けるか……強き力を示してみせよ!!」
これだけ潤沢な戦力があり、戦いは始まったばかりであるにも拘らず、王自らの出陣。俺達が驚愕に目を見開いた瞬間――。
「■……■■■……!!!!」
「……ッ!?」
邪竜が開口し、破滅の号砲となる灼熱の闇が天を裂いた。
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