第215話 人間の意地
戦場に轟く戦士たちの叫び。瞬く魔力光。
「始まった……!」
「まずは互いに前哨戦といった所か」
現状は狂化モンスターの一部とこちらの最前線が小競り合いを続けているだけに留まっており、両軍陣形に大きな動きはない。人数の多さもあり、下手に動くと囲まれて一気に狙い撃ちにされる事を互いに理解している上の行動だ。時折、遠距離攻撃こそ飛んでいるが、直接武器を交えている者は誰もいない。故にジェノさんの発言が全てを物語っている。
「しかし、全然戦いになんねぇ! ねちっこいなァ!」
そんな戦況を受け、リゲラはしかめっ面で吐き捨てた。両軍とも本隊はそのままに右翼、左翼、それに付随する各後衛部隊が相手に合わせて陣形を変えており、やはりぶつかり合う事がないからだろう。
「いや、闘いならとうに始まっているさ」
「は……?」
「いつもの模擬戦やダンジョン探索みたいに好き勝手突出するのはリスクが高すぎる。だからこそ、上の人たちの間では武器や魔法ではない見えない攻撃が飛び交っているのよ。前線の連中は、貴方みたいに困惑してるようだけどね」
「げっ……俺を一緒にしないでくださいよ」
「なんにせよ、今の俺たちは盤上の駒ってことだ。自軍の損失を減らして、相手の王を取る為に人間側が使える……な」
一見、大部隊同士が睨み合っているだけの肩透かしとも取れる現状ではあるが、実際のところは凄まじい緊張感が迸っており、互いに刃を交えていないだけで激しい戦いが繰り広げられているも同じだ。互いに陣形を取り合い、相手の隙を誘い出して一気に攻め上がる。如何に自軍の損失を減らし、相手にダメージを与えるか。
俺達が行っているのは、相手の王を取るボードゲームのようなものだ。ただし、駒を取られて失われるのが、
とはいえ、普通の戦争であれば、数日間均衡状態を維持したまま睨み合っていたとて何ら不思議はない。こちらには城壁があり、一種の籠城戦という側面も秘めているのだから尚更だ。故に戦闘継続の為には、兵糧や戦士のコンディション等、様々な要因が絡み合って来る――そんな考えに至って持久戦も覚悟するところだろうが、魔族相手にそんな常識は通用しない。
「哀れな人間共よ、最後の祈りは済ませたか? そして、誇り高き魔族の戦士たちよ! 進めェい!! 眼前の敵を殲滅し、我らが大願を果たすのだ!」
「マルコシアス……とうとう引き金を……!?」
新たな王の号令と共に闇の軍勢が押し寄せて来る。マルコシアスの手によって増幅された人間への憎しみが俺たちの想像を遥かに超えていた事。狂化モンスターの特性ともいえる再生能力と半無限のスタミナが人間を遥かに凌駕している事が要因なのだろう。
互いに体力は有限と言えど、戦況に合わせてスイッチし始めればあちら側に分がある。城壁という地の利がこちらにあるとしても、やはり一手遅い。
「行くぜ、レーヴェちゃん! 今日は好き放題やってやるぜェ!!」
「あまりはしゃがないで。まあ、せっかくの切り込み隊長だもの、派手にやるのは同感ね!」
敵の左翼が伸び、レーヴェとニエンテを先頭に狂化モンスターが飛び出していく。
「戦闘回避は不可能……迎え撃つぞ! 合戦用意ッ!!」
「やるしかない……ここから先は通さない!」
対してこちらはブレーヴとロレルを先頭にした部隊が相対。いよいよを以て人間と魔族による全面戦争が開幕と相成った。
「“ブレイドダンス”――ッ!」
「“ダークバニッシュ”――ゥッ!!」
開口一番とばかりに最早見慣れた小剣群と巨大な闇の拳が繰り出される。レーヴェと同様、ニエンテの拳もケフェイド攻防戦の時より遥かにパワーアップしており、脅威とも言える闇の力が人間達に襲い掛かっていく。
「ぐ……ぁっ!?」
「怯むな! 我らから総崩れなど許されんぞ! 持ち堪えろッ!」
戦士たちが吹き飛び、多くが命を散らした。やはり魔族相手に対面戦闘では分が悪く、侵攻を抑え込むのが厳しいのだろう。だが、常に少人数で固まって連携、虎視眈々と反撃の機会を狙う人間たちも一気に蹴散らされるほど柔じゃない。いや、本来ならブレーヴ以外は一撃で消し飛んでいてもおかしくない人間たちだが、帝都騎士団から共同戦線となり変わってからの厳しい訓練によって何とか喰らい付けているといった所か。
「“リーヴゼピュロス”――ッ!」
「“スパークルウェイバー”――!!」
次いで右翼のジャンネットと見覚えの無い魔族がその勢力を伸ばして迫って来る。だが、こちらも遠征組が中心となって陣形を組み、被害を最小限に留めながら応戦中。
「敵軍が散らばり始めました。そして、両翼を同時に伸ばしてきたという事は……」
「左右から同時にこちらの陣形へ揺さぶりをかける。その対処に追われてもたつく本隊に残った面々で殲滅……」
「清々しい程の力押し……今までの冷戦が嘘みたいだね」
実質的にはただの力押しとあって、魔族の陣形は恐ろしく単純。それでも個としての性能の高さと狂化モンスターの不死性によって、ただの正面からの力押しが凄まじい脅威となる。
「怯える人間たちとの駆け引きは十分楽しんだという事なんでしょうね」
「街を焼いて何もしなかったのは、俺たち人間をビビらせる為だってのか!? 舐めやがって!!」
「ただ滅ぼすだけでは、消し去れないほどの憎しみが彼らの中で渦巻いているんだろうさ。でも、そこには多少の計算違いが生まれている」
「計算違い……」
ジェノさんの言葉を受け、リゲラは目を凝らしながら戦場を見つめた。そこに居るのは、押されながらも奮戦している共同戦線の団員達。魔族との戦闘が初めてである面々も少なくないだろうに、どうにかではあるが役割自体は果たせている。
「へっ! そういう事か!」
「ああ、進軍の遅れによって、向こうの陣形も少しばかり綻びが生じ始めている。だからこそ、後方は彼らに任せて僕たちはこのまま先行する!」
「ええ、まどろっこしいのは嫌いだし、勝負を決めるのはスピードだものね」
そして俺達もまた、自らの役割を果たすべく戦場を駆ける。
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