第214話 開戦《Open Fire》
共同戦線本部では慌ただしく人が行き交っている。上層部から末端に至るまで誰もが緊張感に溢れた表情を浮かべており、空気がピリピリしているなどという次元ではない。
その原因は至極単純――。
「魔族及び、狂化モンスターの大軍――城壁正面に向けてゆっくりと進軍中! その後方に巨大な敵影あり! 超大型竜種です!」
魔族部隊出現の報が帝都内部に伝わり、どこもかしこも臨戦態勢に入っているからだ。硬質で震えた声が帝都の各所に響き、俺達共同戦線も全面決戦前最後の集合と相成っていた。
「――諸君、いよいよ決戦の時が来た!」
皆の前の立つ騎士団長が声を張り上げる。その隣に並ぶ首脳陣と各家当主たち――。
「危急を要する状況ではあるが、元より想定されていた事態には変わりない。諸君らに課した辛く厳しい修練は、今日この時の為――それを乗り越えた皆も覚悟など当の昔に出来ておろう。人員配置もこれまでの訓練で伝えたとおりだ。故に多くを語るつもりはない。自分が大切と思うものを守り抜け! そして、生きて終戦を迎えようではないか!」
確かに多くを伝えてはいないが、この戦争においては中々厳しい命令だ。しかし、それを果たすために俺たちは力をつけた。生まれも立場も、戦う理由や目指す場所さえも違う者たちが人類の未来を切り拓くという目的の為に集ったのが、この共同戦線。俺達が敗れれば、地は焼かれ、涙と悲鳴が鮮血の雨を降らす事だろう。そうならない為に――護りたい全てを護る為に戦い、憎しみの連鎖を断つ。俺は壇上に立つ騎士団長を見て、そんな事を考えていた。
「以上が儂からの最後の命令じゃ!」
その傍ら、剣を抜いた騎士団長に合わせて皆が武器を掲げ、数多の武具が日の光に照らされて煌めきを放つ。
「己が誇りを剣に懸けろ! 魂に誓った想いを貫き通せ! 全ては
そして、帝都に響き渡る戦士の雄叫びと共に俺たちはそれぞれの戦場へ散っていく。
三群は帝都内の警護。
二郡は二手に分かれて一部は三群と帯同して内の守り、その他は最前線へ。
当然俺たち一群は城壁の向こう――魔族が待つ戦場へ足を向ける。
「――おいおい! こりゃ団体のお客さんが来たもんだな」
城壁を出た俺達は数多の黒影と相対、リゲラの言葉が状況の全てを物語っている。
「魔族は一人一人が一騎当千。その上、大量の狂化モンスター……厳しい戦いになりそうです」
「ああ、だがそんな事は先刻承知。油断せずに行こう」
エリルとジェノさんの表情も険しい。
「という事は、尚更私たちの役が重要になってくるわけね」
「うむ、奴らの精神的支柱はマルコシアスだ。タイミングを見計らって魔族本陣に突撃をかけ、我らの手で討ち取る事が出来るかどうかだな」
「私達でどれだけ指揮系統にダメージを与えられるかが最重要……勝敗を決めるのはスピードと状況判断という事ね」
キュレネさん、セラス、アリシアも表情は芳しくない。だが、俺たちに課された使命の重さを理解しているが故の緊張感。
「漸くこの時が来た。今度はこの手で討つ。これで全てを終わらせる!」
対してルインさんは偃月刀を構えて闘気全開。鋭い目つきで魔族たちの最奥――
(俺たちはまたこうして戦おうとしている――人間も魔族も、互いに自分が思っているより遥かに完璧から遠い存在なのだろう)
地を覆い尽くす魔獣と人型。皆がそれぞれの武器を構え、爪や牙を剥き出しにしている。もしこの世界を一人の神が作ったのだとすれば、その子の中で最も進化したであろう種族がこうして滅ぼし合う光景を見てどう思うのだろう。
淘汰し合って、より強い子孫が残る事を喜ぶのだろうか。憎しみ合い、殺し合うばかりの憎しみ渦巻く世界を見て悲しむのだろうか。答えは誰にも分からない。いや、唯一結果分かるとすれば、後世の歴史がこの戦いの是非を判断するはずだ。
敵である者を全て滅ぼせば、この憎しみの連鎖を断つ事は出来るのだろうか。俺はそうは思わない。戦って、殺して――憎しみと怒りに身を任せて目的を果たしたとして、後に残るのは空しさと虚無だけだ。いや、残された者達の中で噴出する憎しみが新たな戦いを呼ぶ
何も終わらない。何も変わらない。際限なく憎しみの連鎖は広がっていく。だから、そんな未来を否定する為に剣を執って、こうして戦場に立っている。
「無力な自分は罪の証。戦って何かを奪う事も罪。なら俺は……自らの誓いを果たす為に全てを背負って進む」
俺たちは正義ではない。魔族が悪というわけでもない。逆も然りだ。自分の行いが正義か悪かは、自らが――自分の心が決める事であり、普遍的な正しさなんて誰にも分からない。だからこそ、戦いの中で紡いだ
最早対話の卓に付く事は叶わず、刃を向け合う以外に選択肢はない。故に己が成すべきことを果たすのみ。
「ふっ、我が覇道を阻む者無し。
「これが最後の決戦じゃ……勇士たちよ、かかれぇい!!」
そして、人間と魔族――それぞれが胸に秘めた想いと大義の為、全てを賭けた最後の戦いが幕を開けた。
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