第213話 平和の終焉

「――すみません、長々とつまらない話を……」

「そんな事はいい。それよりもエリルはその過去の事を……」

「乗り切った……とは、言いきれません。考えないように前に進もうとしただけですし」


 廃墟を背に、俺達は静かに言葉を紡ぐ。


「でも、だからあんな言葉程度でナーバスになってしまったという事なのかもしれません。アークさんのように過去を“終わった事”だと、一蹴出来るほど呑み込めていないのでしょう。情けない話ですが……」


 エリルは静かに目を伏せる。


「いや、別に乗り越え方は人それぞれだし、俺のようになる必要なんてない。それに今のエリルは称賛こそされ、非難されるような立場じゃない。今はそれで十分なはずだ。そうじゃなきゃ、何人の命が消えていたか分かったもんじゃないからな」


 だが、エリルは過去の不条理を跳ね返して帝国最高集団のトップクラスに名を連ねる戦士となった。狭く小さな村でふんぞり返っていただけの弱い民衆なんて、とっくの昔に振り切っているはずだ。後は心の問題だけ。例え自分一人ではなくとも、きっと乗り越えていける。彼女の傍にはそれだけ強い仲間がいるし、俺はそう信じている。


「キュレネさんなんかは事情を察してくれているだろうし、辛くなったら回りを頼ればいい。今日みたいに止めてくれる奴もいるだろう。だから、今まで通り気負わなきゃいいと思うぞ」

「――ありがとうございます。でも、それって特大ブーメランだって気付いてますか? 特にアークさんにとっては……」

「耳が痛いが、善処するよ」


 そんな想いを伝えるとエリルは初めて笑顔を見せてくれる。気分が上がって来たのを毒を吐いた事で判断するのは如何なものかと思うが、その辺りはご愛嬌だろう。


「聞く耳持たずですか。全く、貴方の傍に居ると苦労が絶えなそうですね」

「だろうな。俺もそう思うよ」

「なら、少しは直そうとかないんですか?」

「それで直るんなら、今頃もっと上手く立ち回ってるよ。他の連中にもアイツの矯正は無理だって伝えといてくれよ」

「ふふっ、ただのお坊ちゃんなら、私達と肩を並べて戦えるようになんてなっていませんでしたし、貴方にべったりな女の子もいなかったでしょう。残念ながら諦めた方がいいですね。私達は刺激的な方が好みですから」

「全く、やかましい女達だ。それじゃあ、そっちだって五十歩百歩だな」

「かもしれませんね。でも、アークさんだって普通の女の子じゃ満足できないでしょう?」


 毒吐きたい放題の言いたい放題だが、実は二人きりの時はこんな感じのやり取りをしていたりするというのはここだけの話だ。まあ、愁いを帯びていたエリルの顔つきが平時に戻った事で俺もひとまず胸を撫で下ろした。これまで気難しい女性と接する機会が多かったせいか、俺自身も色々とレベルアップしたという事だろう。


「どうだろうな。それよりも落ち着いたならさっさと戻ろう。あんまり道草食っていると後で面倒だ」

「主に怖いお姉さんに怒られたりして……ですかぁ?」

「俺に言わせるなよ」

「ふふっ、残念ながら手遅れですけどね」


 いつもの調子を取り戻した俺達は通常業務に戻ろうと振り返るが、その直後に背後の瓦礫が吹き飛んだ。横目を向ければ青い光が灯った矢が突き刺さっている。


「おいおい、物騒だな」

「大丈夫、絶対に当てないし、アークたちなら当たらないから」


 矢を放った張本人は、健在だった建物の屋上から飛び降りて俺達にジト目を向けて来る。一瞬、水玉模様が見えた気がするが、今そんな事を指摘すれば命はないと口を噤む。


「後から合流するはずの私を置き去りにして、こんな所で乳繰り合っているなんていい度胸よね」

「ちょっとしたイレギュラーだよ。ただサボってたわけじゃない」

「ええ、二人きりでお悩み相談をしていただけです」

「おい、火に油を……」


 そんな俺達のやり取りを見て、アリシアの顔がどんどん険しくなっていく。


「詳しく話を訊かせてもらいましょうか?」

「いえ、一身上の理由ですので、お話するような事では……」

「まあ、そう言わずに説明しなさい。置き去りにしたお詫びは甘味処で済ませて上げるから……ね?」


 やたらめったらドスの訊いた“ね?”を合図に、この細腕のどこにこんな力があるのかというアリシアによって、しがみ付いて来るエリル諸共引っ張られていってしまう。道行くトラブルを解決し、何とか営業している甘味処で一番高いメニューをアリシアに奢らされ、洗いざらい追及されたのは言うまでもない。加えて妙に毒の強いエリルがそれに反抗した所までがワンセットだった。

 色々あった結果、なし崩し的に三人分の支払いを済ませたのも同様だ。幸い武器・防具の整備といった冒険者関連以外の無趣味が祟って金は有り余っているし、大した痛手ではないのが唯一の救いだろう。


 何よりこうしていられる当たり前の時間が、明日も続くという保証はどこにもない。それどころか、今全てが吹き飛んで致命的な破滅を迎える事だって容易に考えられる。いつ別れが来るともしれぬ状況ならば、少しくらい平和を享受する事は許されるはずだ。


 例え、これが最後の平和な時間なのだとしても――。

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