第211話 正義の味方

 割って入った俺の存在を受け、目の前の男が叫ぶ。


「何だとォ!? いきなり割って入ってきやがって……テメェも一緒に誠意見せろや!」

「誠意って……謝ってどうにかなる問題なのか? そもそも、別の場所で敵を倒しながら救護活動をしていたエリルや俺が交戦戦域でもない場所に居たアンタたち家族に対して何を謝ればいいんだ?」

「ぐっ……!」


 エリルは何体もの狂化モンスターを討ち、何十、何百という人間の命を救い、怪我を癒した。あの不測の事態で最大限出来る事を果たしたと言っていいだろう。だが、男の言い分が間違っているかと言えばそうではないし、確かにエリルや俺が市民に対して謝る義務があるのも間違いない。何故なら、俺達は共同戦線の一員であるからだ。

 敵を倒して市民を救うという結果が出せなければ、その過程に何の意味もない。つまり糾弾されても仕方のない立場にある。なにせ、何十人救ったという最良の結果を出したとて、親しい誰かを喪った当人にとっては、結果が出ていないという事なのだから――。


「辛いのも悲しいのも理解は出来る。だが、関係のないエリルやそこの男性に当たり散らす事が正当化されるわけじゃない。ましてやその相手の事情も考えず、過去を否定して踏み荒らす事なんてもっての他だと思うが?」

「だから、俺は……!」

「誰にだって辛い過去がある。貴方は悲劇の主人公なんかじゃない。無論、俺達もな――」


 家族を殺されて辛くて悲しい。それは誰もが理解できる。だが、自分が理不尽な被害を受けたといって、何をしてもいいわけじゃない。


「貴方がやった事は、こちらがその気になれば犯罪として立件出来る。その権利も持っている。ただそれだけだが、“俺は辛い! 悲しい!”以外に言いたい事はありますか?」


 エリルは多くの命を救った。その裏で救えなかった命も少なからず存在する。俺達だってそうだ。この不条理はどうにもならない事だろう。ましてや戦争なら尚更だ。

 無論、喪失それを肯定していいわけじゃない。でも、俺達が全能の神じゃないというのも事実。矛盾と悲しみの中で唯一出来る事があるとすれば、犠牲となった人間の存在を胸に刻んで前に進み続ける事だけだ。


 泣こうが喚こうが失ったものは戻ってこない。次により多くを失わないようにする為にどうするべきかを考えて実行する事しか出来ないのだから――。


「目の前で家族を失ったのが不条理な悲劇なのは間違いない。でも自分よりも二回り以上下で関係ない子供に当たり散らすなよ」

「ぐ……っ!」

「悲しくてしょうがない。だから他人に当たって喚き散らす。そんな事が許されるのは子供だけだ。少し頭を冷やした方がいい」


 俺はこの戦争を止める為――俺が護りたいと思う全ての為に戦う。それを目指して最短距離で突き進む。だからこそ、一人一人に寄り添う正義の味方になるつもりは毛頭ない。

 そんな感情を込めて目の前の男を視線で射抜くと、大柄な身体は力を失ったように項垂れた。自分の子供ぐらいの年齢であろう俺達に諭されるという状況を受けて、少しは思考が冷静になったのだろう。


 男性の境遇を考えれば同情の余地がある上に悪意があっての事ではないし、直接的な被害は出ていない。何より今はこの程度のゴタゴタに付き合っている時間もない。故に冷静になった男二人をさっさと開放して俺達は巡回に戻った。



「――さっきはありがとうございました」

「ん……ああ、別にいい。俺は仕事をしただけだ」

「ふふっ、相変わらずですね、貴方も……」


 それからも火事場泥棒を捕らえたり、“ダイダロスの武器屋”に顔を出したりと順調に巡回を続けていたが、隣を歩くエリルが申し訳なさそうに頭を下げて来た。


「それより、俺が止めなかったら危なかっただろ? あのオッサンの方が……」

「そう、見えましたか?」

「何となく、な……。一瞬殺気を感じたから……。あんな言いがかりに丁寧に付き合って言いなりになる事はないとは思うけど、あまり褒められた行動じゃないな」


 さっきのやり取り、どうして無理やりにでも割って入ってのかと言われれば、男性の糾弾を受け止めているエリルから仄かな殺気を感じたという事が大きい。時折毒こそ吐くが、基本的に常識人で気の強い方ではないエリルしか見た事がなかった為、異常事態だと判断して介入したという事だ。


「私もまだまだ未熟ですね。でも、思い出してしまったから……過去の忌まわしい記憶を――」


 そんな俺の目の前、エリルは陰りのある表情で儚げに呟いた。

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