第209話 可愛いが溢れてる
夕日に照らされる無人となっていた空き家。そんな簡素な家には、俺とルインさん、セラス――それから翼を持つ大きな影が身を寄せている。
「ほう、これは確かに甘えん坊だな」
「■■……」
俺はデカい図体を擦り寄せて来るレリティスの喉を撫でながら、家畜ではなくペットを飼う者たちの気持ちを味わうかの如く癒されていた。セラス曰く人見知りで警戒心が強い個体であるようだが、妙に懐かれてしまっている。
「ほら、怖くない。怖くないよー。一緒に遊ぼ?」
その背後では身振り手振りを使って猫なで声を出しながら、レリティスの警戒を解こうと必死になっているルインさんの姿がある。その健気な行動こそが、闇の魔力を持つ俺やセラスが気を許してもらえたのかと一瞬思った要因でもあった。ただ、ルインさんの健闘空しく、本気で拒否られている――というか、レリティスは完全に怯え切っていた。
(こういうのは大概逆になるような気がするんだが、原因は……ああ、なんとなく分かった気がする)
本能に従う動物なら、自分でも不愛想な自覚がある俺よりも、武器さえ持っていなければ見事な天然お姉さんであるルインさんに懐くのが自然なはずだ。だが、そうならない現状から鑑みるに、多分ケフェイド攻防戦での戦いの内容に尾ひれはひれがついて魔族側に情報が拡散しているという事なのだろう。
ダリアと巨漢の魔族を二人まとめて素手でボコボコにした女戦士。文面だけを見れば、これで怯えるなという方が無理なのかもしれない。まあ、ルインさんが怒った時の
単純に波長が合わなかったのが原因という事もあるし、憶測を本人に伝えるのは酷だろう。
「ううぅ……なんでぇ……」
そうやって苦笑を浮かべながら俺を盾にしようと擦り寄ってきたレリティスを愛でていると、当の本人はガーンという効果音が出そうなほど肩を落として恨めし気な視線を向けて来る。ルインさん的に結構自信があったのか、仲間に入りたかったのかは分からないが、ご愁傷様と言わざるを得ない。当然口には出さず、内心でだが。
「――レリティスがアークに懐いたのは意外だったが……それはそれとして、なぜお前たちは私についてきたのだ? 今日は疲れているだろうに……」
「それはレリティスちゃんを愛でる為! っていうのもあるけど、一番は……単独行動禁止だから!」
「あ……」
「もう! 二人して、あ……じゃないよ! 本当にそういうとこ、そっくりでムカつくなぁ」
戦闘で疲れているだろうにどうしてついてきているのかと、二人して目をぱちくりさせていると突然ルインさんが膨れっ面になってしまう。レリティスに拒否られた事もあってか、いつもとは違うベクトルで圧が強い。今度はセラスと二人して仰け反ってしまうと、またタイミングが同じだったのか、更に不機嫌になってしまうという負のスパイラルに陥っていた。
「というか、レリティスがいるとはいえ、夜に小屋で二人きりなんて許さないんだから」
「あ、はは……それよりも、アークは何故こんなところに来たのだ? 伝えるべき事は伝えたつもりなのだが?」
「まあ、俺も新しい仲間との顔合わせ……かな」
「ふん! それだけじゃないくせに」
「うぐっ! 何のことやら」
勿論、単純に狂化モンスターと触れ合う機会など滅多にないし、興味がなかったといえば嘘になる。だが、それ以上にセラスと話しておきたかったというのが本音なのだが、滅茶苦茶
「でも、単独行動云々を置いておいたとしても、今のセラスを一人には出来ないもんね。帝都の人が近くで見張っているとはいえ、何があっても不思議じゃないし」
「それに関しては同感です」
「全く、人を子供の様に……」
「セラスこそ、自分がどんな目にあったのか忘れたのか? 帝都内にも魔族が潜んでいる可能性がある以上、もう安全な所なんてないんだぞ」
それはそれとして、現状がよろしくないのは言うまでもない。魔族の出方が分からない以上、何が起こっても不思議ではないからだ。特に共同戦線の中でも魔族連中から狙われる可能性が高く、危険な状況に置かれているのがセラスだった。
「帝都中枢の人間が狙われるのは戦略的な理由だろうが、セラスに関しては深い私怨からの問題。ましてや前回の戦闘で人間側に付いた事が魔族にはっきり知られた以上、連中は躍起になって追い立てて来るはずだ」
「それは分かっているが、だからこそ……」
「自分一人で危険な目にあえばいいって事? そんなこと許してあげないんだからね!」
ルインさんは、視線を背けたセラスに向けてビシッと白く長い指を突き立てる。所謂、“めっ!”というやつだ。
「だからといって、わざわざお前たちが……」
「こんな事は言いたくないが、現状帝都の防衛網が正常に機能する保証はない。特にセラスに関してはな。それに自分の身を自分で守るって事になら、固まって行動するのは悪い事じゃないと思うが?」
「むぅっ……」
今の市民感情からして魔族という存在に良い印象を持っていないのは説明するまでもない。そして、どこまで行ってもセラスは魔族だ。共同戦線で共に過ごし、セラスの力を認めている者なら魔族全体と彼女個人を分けて考える事が出来るだろうが、そうでない者からすれば、やはり裏切り者の魔族でしかない。
本人を目の前にこんな事を言いたくはないが、万が一魔族に襲撃されたとしてを見殺しに――最悪、手近な憎しみをぶつけられる相手として人間たちからの間違った報復――なんて事もあり得ないとは言い難い状況だ。
現にさっきの戦闘では、錯乱状態だったのか何だったのかは知らんが、最後まで攻撃を加えてきた連中もいた。
「なんか私たちまで狙われてるみたいだし、一人も三人も変わらないしね!」
それにこれまでの因縁もあって、俺とルインさんも魔族に目をつけられていることに変わりはない。セラスほどではないにしろ、突然の襲撃は想定しておくべき事態だろう。その上で、戦闘になった場合の考え方はセラスと同じ。
もし戦闘になったとして、自分だけが傷付くのは構わない。だが、関係のない周囲の人々が巻き込まれるのは許せない。結局、そういう帰結になってしまうわけだ。
どうせ狙われているのなら、一緒に居ても変わらない。否、頼りになる戦友であれば、有事の際に都合がいい――と建前を述べたものの、実際は戦闘時のセラスの様子を見て心配になったというのが一番の理由なわけだが。
「というわけで、私達と一緒に居る事! 反論は認めません!」
「まあ、今回に限ってはルインさんの言う通りだな。差し支えなければ長老とかいう人や内部事情についても話を訊きたいしな」
「――全く酔狂な連中だ。まあ、私としても他の者達と居るよりは好ましいが……」
「えへへ」
俺達が退く気は無いと悟って呆れたように肩を竦めるセラスだったが、その顔にはうっすらと朱が差している。やはり照れ隠しが丸分かりであり、ルインさんは嬉しそうに飛びついた。ずっと浮かない雰囲気を放っていた彼女が、多少なりとも元気になってくれた事が嬉しかったのだろう。
だが、そんな俺達三人を大きな影が見下ろす。
「あ、ごめんごめん……君もいるから四人だったね」
「■■……!」
「ちょ……!?」
仲間外れにされたとでも思ったのか、レリティスが巨体を擦りつけて来る。因みに苦手意識を抱いていたと思わるルインさんごとの密着だったが、主の味方と判断して一応警戒を解いたという事なのだろう。その証拠に若干及び腰に見えなくもないが、二人の名誉の為に口を噤んだ。
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