第208話 新たな同盟

 わざとらしく響き渡るセラスの咳払い。皆の表情が引き締められる。


「ん、んっ! では自己紹介はここまででよろしいか?」

「ああ、すまんすまん。年甲斐もなくはしゃいでしまったのぉ。続きを頼むぞ」

「了解した」


 すっかり忘れかけていたが、今回の本題はレリティスが合流した事に端を発する何かしらについてだろう。あのセラスが自分の従者を見せ物になるのが分かっていてこんな大騒ぎを起こすはずがないし、用件は自己紹介などではなくて何か報告があっての事のはず。それは皆も分かっているようであり、浮ついた雰囲気など当の昔に吹き飛んでいた。


「まずだが、今回攻めてきている魔族は人間を滅ぼす為に犠牲をいとわない開戦派と捉えて貰って構わない。しかし、私のように闘いを望まない者も数多く存在する。既に説明したが、これが大前提だ。それから皆には明かしていなかったが、帝都に保護された当初もこの飛竜ワイバーンを通じて、そんな非戦派とやり取りを行っていた」


 セラスは言葉の中で一瞬俺の方を向いてそう言った。俺やルインさん、キュレネさんはある程度事情を訊いていたからそれほど驚きはない。その反面、エリルやリゲラは目を見開いているが、意外にも騎士団長は落ち着き払っていた。帝都側からセラスに対しては監視の目が光っていたとの事だが、その辺りが機能していたのだろうか。だが、セラスが密文書の存在を悟らせるとも思えない。

 まあ、騎士団長なら度量の深さで何とでもなる気がするし、そちらが濃厚なのだろう。


「お前さんの立場が悪くなるだけだろうに、何故今になってその事を明かすのじゃ?」

「そうだぜ。仲間を疑いたくはねぇけどよ……今も魔族と繋がってるって訊いちゃあな……」


 といっても、はいそうですかと皆が頷けるはずもない。更に突然の開戦となってしまった以上、民衆の反魔族感情が増したのも当然の事。

 そもそも敵対勢力であったセラスが共同戦線に身を置いていられる理由は、主流である開戦派の魔族から実質的に追放された事。彼女自身の戦闘能力や情報の重要度が高い事に尽きる。ただでさえ裏切り者という事で肩身が狭いのに、このタイミングで魔族と個人的なパイプがあったなどとカミングアウトしてしまえば、どうあってもスパイ疑惑をかけざるを得ない。


「皆がどう思ってくれているのかは分からないが、私は魔族と繋がりを断つつもりなど毛頭ないし、人間の味方になったつもりもない。呉越同舟……双方の力だけでは太刀打ちできない相手を打倒する為に力を貸しているだけだ」

「そりゃあそうだろうけどさ……」

「貴方達が私を信頼しきっていない様に……私も人間全般を信頼しているわけではない。それは分かって欲しい」


 だが、共同戦線とセラスの間柄が対等・・な同盟関係である以上、彼女自身の個人的なパイプや関係性を必要以上に制限する事など出来ない。故にセラス個人の意思や想い、魔族としての誇りや尊厳に干渉する事も同様だ。


 俺とセラスは仲間だが、彼女と人間という種族自体が心を許し合ったかといえばそうではない。同時に俺達と魔族という種族が友好関係になったかといえば、残念ながらそんな事もない。だからこそ、互いにの間には不可侵な境界線が存在しているわけだ。魔族勢力を取り込みたいという欲望や押し付けた善意でその境界線を越えようとすれば、それもまた新たな争いの火種となってしまう。まあ、“親しき仲にも礼儀あり”という事だろう。


「――では改めてだが、生き別れになった従者と再会できたと報告するだけで済んだものを、どうして今になってそんな事を明かしたんじゃ?」


 とはいえ、全く疑うなというのも無理は話だし、結局の所そこに帰結せざるを得ないわけだが――。


「先ほども言った様にこのレリティスは、非戦派の魔族との伝書交換の為に飛んでもらっていた」

「まさか……その戦いを望まない魔族達からのコンタクトがあったって事か?」

「ああ、犠牲が出た上に散り散りにはなってしまったがな」


 俺の言葉に対し、セラスは一瞬の苦渋をにじませながら小さく首を縦に振った。


「血気盛んな多くが開戦派について行ってしまった上に、魔獣達と新たな魔王……事は魔族内だけで抑えられるものではなくなっていた。故に今代の長であった者は粛清され、非戦派は命からがら敗走。結果、残った者達で開戦に踏み切った。ここまでが今の戦争の主な要因だ」

「ウァレフォル嬢、ならばコンタクトを取ってきた者たちは何と言って来たのかな?」

「彼らいわく、この戦争に残った戦力を投入する用意があるとの事だ。勿論、対等な同盟関係が築けるなら……の話だが」

「なんと……」

「それって、魔族が人間に協力してくれるって事かよ!?」


 これには流石の騎士団長やジェノさんも目を見開いて驚きを露わにせざるを得ないようだった。無論、俺達も同様だったのは言うまでもない。ただ、リゲラに関しては大口を開けて間抜け面を晒している。


「交渉が成立すれば、そういう事になるのだろうな」


 今まではセラスという個人が俺達と協力関係にあった。しかし、もしこの話が上手い事成立すれば、今後は魔族という種族が人間と協力関係を結ぶという事でもある。些細な違いに思えるかもしれないが、この二つは衝撃的なまでに大きな違いを秘めていた。故に皆も驚きを隠し切れないでいる。


「こちらとしてもお前さんの様な人材なら大歓迎じゃが……」

「状況的なものもあって、猛者中の猛者と言えるような者はいませんが、戦力と見ていただいて構わないと思います。無論、移動も考えれば、今日明日で合流という話にならない事はご留意いただきたい。ぬか喜びになるという可能性もありますし……」

「いや、それでも心強い援軍じゃ。少しは希望が出てきたかのぉ」


 だが、今回の戦闘で戦力を失って先行き不安な共同戦線としては、魔族からとはいえ頼もしい協力要請を断る理由がない。セラスが人間と魔族の間に入って軋轢あつれきを抑制する潤滑油的働きをしているのが、様々な面で功を奏した結果と言えるだろう。


「でも、どうしてこんなに早く情報を教えてくれたの? まだ合流出来る確証がないんなら直前に教えてくれてもよかったし、なし崩し的に援軍って事にしておけばこんな風に尋問みたいなことをしなくても済んだのに……」


 ルインさんは先ほどの問答の中で、唯一解消されていない疑問を改めて呈する。


「万が一、戦場に魔族我らが協力すると現れたとしても混乱を引き起こすだけだ。心の準備は必要だろう? お互いにな……」


 しかし、セラスは少し陰のある表情で悲しげに答えるのみだった。

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