第207話 デカい子ほど可愛い

 舞い降りる紫天の翼。


「レリティス! よく無事で……!」

「■■……!!」


 セラスはもう叶わないと思っていたであろう再会に表情をほころばせており、対するレリティスもどこか嬉しそうに主の元へ飛び込んでいく。

 二人の再会を目の当たりにして、俺の心に沸き上がって来たのは複雑な感情。


「狂化モンスター……なんて、勝手に呼んで忌み嫌っていたが、それも人間のエゴだったのかもな……」


 低空とはいえ浮遊したままであった為、俺の呟きは誰にも聞こえる事はなかっただろう。


 しかし、これまでの戦いが脳裏を過ってしまい、少しばかりナーバスな感情を抱いてしまうのは今の俺にとって避けられない事象だった。


 狂化因子に適応した者達がいる。例え理性を失って狂っていても、必死に生きようとしている者達がいる。それを一方的に悪と断じて自分の行動を正義の為だと正当化する事など、傲慢極まりない行いだ。

 でも、俺達が人間として生きていく以上、どうしても譲れない境界線は存在する。だからこそ、自分達の為に斬り捨て、踏みにじった想いを背負って進む。俺に出来るのは、それだけだから――。


「お疲れ様……アーク?」

「あ……いや、二人こそいきなりだったけど、ありがとう」

「私たちとしては、ちゃんと説明していただければ構いませんが……それより、どうかしましたか?」


 地に足をつけて二人の再会を遠巻きに見ていると、功労者の二人が居心地悪そうに近づいてくる。その顔には、ボーッとしていた俺とこの事態への疑念が宿っていた。

 事情を説明するのは当然だが、それはセラス達が落ち着いてからだと伝えようとしたものの、俺の言葉を遮る様に明後日の方向から声をかけられる。


「そうだね。詳しい事情は僕たちにも説明してくれると嬉しいな」

「全くだぜ。狂化モンスターの襲撃だって訊いて飛んでくれば、こいつはどういう騒ぎなんだ?」


 そこに居たのは、ジェノさんとリゲラ。それと二人が率いている小隊の面々。皆一応に複雑そうな表情を浮かべている。それもそのはずだろう。俺達人間からすれば狂化モンスターは驚異の象徴であり、そんな飛竜ワイバーン人間型ヒューマノイドタイプの飼い主へ甘える様に体を擦り寄せている光景を目の当たりにしているのだから、超展開にもほどがある。

 オマケに事情が分かっていない俺以外の面々が発する困惑していますと言わんばかりの空気感も相まって、色々と混沌カオスな状況なのだから尚更だ。


「とりあえず、説明は拠点に戻ってからでいいですか? 新しい情報があるかもしれませんし、今昨日の戦場この場所で説明するのは拙いでしょうし……」


 昨日の襲撃で壊滅した区画で、魔族身辺情報を議論するというのはあまり褒められた行動ではない。それに一般団員から言伝で広がる情報など混乱を加速させるだけだと、俺はこの場所からの移動を提案した。

 せっかくの再会に水を差すようで悪いが、セラスに対しても同様。


「む、そうか……」

「セラスも大丈夫だな?」

「あ、ああ……問題ない」


 二人とも俺の意図を汲み取ってくれたようでひとまず共同戦線の拠点に戻り、いつものメンバーと騎士団長たちを交えてのミーティングと相成った。



「ふぉふぉふぉっ! これまた個性的な客がやって来たものじゃなぁ」


 騎士団長は長い髭を手できながら目を細めると、マジマジと飛竜ワイバーンを見やる。戦闘中の気が立った状態や亡骸ならともかくとして、こうして自然体の狂化モンスターを間近で見る機会なんてまずないだろう。

 程度の差はあれ、セラス以外の全員が同じように翼を畳んで鎮座しているレリティスに視線を向けている。


 すると、皆に注視されて居心地が悪くなったのか、レリティスは大きな身体を必死に小さくしてセラスの背後に隠れようとし始めた。


「■……」

「これでもシャイな女子おなごなんだ。もう少し……な」


 セラスは擦り寄って来るレリティスを一撫ですると、苦笑を浮かべて俺達に向き直る。無職ノージョブだのなんだので色々あった俺からすれば、種族の違いを色眼鏡にかけるなんてあってはいけない事だ。これに関しては素直に非を認めるべきだろう。


 何より――。


(図体はデカいが、中々可愛いな)


 ああやって飼い主に甘えている動物を無下には出来ない。色々と認識を改める必要があると内心頷いていたら、頬が張る感覚に襲われる。何事かと目を向ければ――。


「前ばっかり見すぎ……」


 プクぅっと頬を膨らませたルインさんによって、顔を引っ張られていたのが原因だった。何のことかと思って前を向けば、薄っすら赤く染まったセラスの顔。そんな彼女がチラチラとこちらを見ているのが目に飛び込んで来た。

 つまりレリティスに癒されていたはずが、目線の兼ね合いでとんでもない勘違いのされ方をしているという事であり、不埒な考えなど微塵もなかったのだから不承極まりない。というか、心なしか女性陣から向けられる視線の温度が下がった気がする。


 俺とセラスはそんなに似ているのだろうかと内心で首を傾げながら、彼女から語られる更なる情報に耳を傾けた。

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